第十八章 リリアのために後編

 リリアーナの部屋から飛び出した後自室へと戻ったエルシアは部屋の隅で膝を抱え込み考え込んでいた。


「リリアがいなくなるなんて嫌よ。私は……独りぼっちになってしまいますわ」


そう呟くと過去のことを思い返す。


(私の母はとても教育に厳しい方だった)


『いいですかエルシア。ブーケルニア家の恥にならないように、貴女には上に立つものとして立派になってもらいますわよ』


『はい、お母様』


きつい顔で母親が言うとそれに六歳のエルシアが答える。


(そうして厳しい教育の中、私は周りの者を利用することを覚えた。そしてリリアの事もただの腰巾着程度にしか思ってはいなかった。でも今は違う。私の命を賭けてもいいと思えるほどあの子が大切で大好きなんですわ)


過去のことを思い返していた彼女は内心でそう言うと、顔を埋めて声を殺して涙を流した。


エルシアが声を殺し泣いていた頃。セレスは噴水の縁に座り込み指を組み必死に自分の感情を押し殺していた。


「わたくしは何にも出来ないんですの?」


そう呟くと過去のことを思い返す。


(わたくしの妹はとても弱い子だった。病気のためあんまり友達と呼べる人もいなかった。だけどエルシアさんに目を付けられあの人の付き人の様になった。そしてリリアとも出会った。……妹は病が悪化して十歳という若さで死んでしまったけれど、その後も一度しか会ったことがなかったけれど妹の性格によく似たあの子の事が気がかりでしかたがなかった。そうしてつい最近再会を果たしたあの子に妹にしてあげられなかった分、リリアには良いお姉さんであろうと思った)


「それなのにわたくしはリリアに何もしてあげられないんですの」


内心で呟きを零していた彼女は小さな声で言うと、震える体をごまかすかのように指を組む手に力を込めた。


セレスが噴水の縁で震えていた頃。フレンは裏庭に佇み考え込んでいた。


「リリア……君の瞳を見た時に亜由美と同じ瞳だと気付いた。だから君の事を今度こそ守りたいとそう思ったんだ」


そっと呟くと目を閉ざし過去のことを思い起こす。


『お兄ちゃん……』


『亜由美泣かないで。僕はいなくなるけど、君の側にずっといるから』


涙を浮かべる四歳の少女……亜由美へと弱弱しい口調で顔のそっくりな十歳くらいの少年が呟く。


『お兄ちゃん、いや、いやだよ。いなくならないで! わたしの頭一杯撫ぜてくれるって約束したのに!』


『ごめんね。約束……守れなくて……』


ついに堪えきれなくなった涙を流し訴える彼女へと少年が霞んでいく視界の中謝る。


『お兄ちゃん?!』


『……ご臨終です』


『ぅう……』


力なく握られていた手が滑り落ち驚いた亜由美が叫ぶ。そこに脈を確認していた医師が重々しい口調でそう告げる。それに母親が涙を流し嗚咽する。


『お兄ちゃん……いや、いやだよ。お兄ちゃ……』


『亜由美?』


『大変だ! 発作を起こしている。すぐに診察室へ』


⦅亜由美……ごめんね。一緒に居られなくて。でも見えなくても側でずっと君を見守っているから、君が成長し大きくなっていくのを側でずっと……⦆


診察室へと運び込まれていく少女の姿を霊体になった彼は見詰めながら心の中でそう話す。


『はぁ……はぁ……っ』


『亜由美、亜由美しっかり!』


場面は変わり高校生になった亜由美が病室のベッドに横になり荒い呼吸を繰り返していた。その様子に母親が手を握り励ます。


『病が進行して危険な状況です。すぐに集中治療室へ』


『おかぁさ……苦しいよ……息できない……』


『亜由美!』


担当の先生の言葉に急いで緊急治療室へと運び込まれていく。その彼女の側に寄り添い付いていく母。


そうして治療が始まってから半時が過ぎた頃。


『……お母さん落ち着いて聞いてください。努力を尽くしましたが……』


『っ! ……亜由美……』


『亜由美……僕は君の事を助けてあげられなかった。僕は君の兄なのに守ってあげられなかった……ごめん』


先生と母親が話しているその横で少年は悲し気に瞳を潤ませ懺悔する。


『もしも、次に生まれ変わってきたら。その時は君の側でずっと守って見せるから』


「それなのに俺はまた……君を喪うのか?」


過去のことを思い返していたフレンはそう呟くと唇をかみしめ拳を固く握りしめた。


フレンが一人で思い詰めていた頃。エドワードは図書室で必死に本とにらめっこしていた。


「これにも載っていない。……だめだ、どんなに知識があったって、リリアを助けられなければ何の意味も持たない!」


悔しさで机に拳を打ち付ける。そしてふと幼少の頃の事を思い出した。


(キールは昔からとても弱い子だった。いじめられる度に俺が助けに入っていた。あいつを守りたくて体を鍛える日々。リリア……彼女と出会ってあいつは変わった。キールが心から守りたいとそう思えるひとに出会えたことを喜ばしく思う反面嫉妬にかられた。いつしか俺は彼女の事が好きになりずっと側にいてやりたいと、そう思うようになっていたんだ)


「そのために体を鍛えるのを止めて知識を蓄えてきたというのに……こんな時に何の役にも立たないのなら、俺は……っ!」


幼少の頃の事を思い出していた彼は再び現実へと意識を戻すと、今度は机が揺れるほどに大きな力で拳を打ち付けた。


エドワードが図書室で本とにらめっこしていた頃。キールは生徒会室の会長席に座り悶々としていた。


「僕は無力だ……」


そっと呟くと瞳を閉ざし過去のことを思い返す。


(僕はとても内気な子だった。その為外で遊ぶこともなく友達なんて一人もいなかった。唯一友と呼べるのは幼馴染のエドワードだけだった。いつものようにいじめられて泣いている僕に声をかけてくれたのがリリアだった。その日から僕は彼女の姿を見かける度に目で追うようになり、リリアもエルシアにいいように使われ相当いじめられているということを知った。それで僕はあの子を守りたいと思った。そして今の僕なら守れるとそう思っていた)


「だけど、結局僕は無力だ……彼女が苦しんでいるというのに何にも助けてあげられない。彼女の体調が悪かったことにも気付けなかった。それで、どうして守れるというんだ」


再び瞳を開くとそう震える声で呟き俯く。


「会長!」


「っ!? メラルーシィさん?」


勢い良く扉が開かれメラルーシィが入って来る。見ると背後にはエルシアや生徒会のメンバーにアルベルト達の姿もあった。


「まだ、希望は捨ててはなりませんわ。お姉様を助けられる方法を見つけましたの」


「!?」


彼女の言葉にキールは驚いて目を見開く。


「昔読んだ本に書いてあったんです。どんな病でもたちまち治してしまう伝説の万能薬があると」


「調べたところその万能薬を扱っているお店がこの近くにあることが分かった」


メラルーシィの言葉に続けてエドワードも説明する。


「私はなんとしてでもその万能薬を手に入れて見せようと思い、こうして皆様に協力を仰いだのですわ」


「リリアのためにできる事があるなら、私は何だってやりますわ。その為ならば……例え敵対していたメラルーシィさん達と手を組んでもいいとそう思いましたの」


彼女の言葉に続けてエルシアがそう答えた。


「ですから会長にもお力をお貸しいただきたく、こうしてお話に来たのです」


「……メラルーシィさん話は分かりました。いいでしょう。リリアーナさんを助けるために私も力をお貸しします」


メラルーシィの言葉に彼はふっと微笑み承諾する。こうして皆はリリアーナのために万能薬を売っているというお店を探すため町へと出て行くこととなった。

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