第二章 ヒロインとの対面

 エルシアに言われたとおりにメラルーシィに対して意地悪をするため彼女の姿を探す。


(確かゲーム通りなら中庭にいるはず……)


リリアーナは内心で呟くと中庭へと足を進めた。


「いた」


中庭の花壇の前で花を愛でるメラルーシィの後姿を見つけ、彼女は小さく声を零すと緊張で早鐘のようになる心音をごまかすかのように歩き近寄っていく。


「今よ」


そう言うのと同時に隣を歩いていたモブ令嬢がバケツの水をヒロイン目がけてひっかける。


「っ!?」


「あら~。ごめんあそばせ。お花に水を撒こうと思ったら間違えて貴女にかけてしまいましたわ」


驚き振り返るメラルーシィへと内心で謝りながら悪人面を意識して薄い笑みを浮かべたリリアーナはそう言って見下ろす。すると他のいじめっ子達もおかしそうにくすくすと笑った。


「お花にお水を?」


「あら、ご存じありませんの? この学園では学年別に毎週花の水やりをする当番がありますのよ。それくらいこの学園に入学できたのですから知っていて当然ですわよね」


「リリアさん仕方ありませんわよ。だってこの子は貴族でもない家系の子ですから。この学園の決まりなんか知っているわけないですわ」


知らなかったって顔で呆けているヒロインへと彼女はシナリオ通りの台詞を言ってにやりと笑う。


その言葉にモブ令嬢が嫌味ったらしい口調で吐き捨てた。


「っ!? そ、そうだったのですね。私何も知らされてなくて。まだこの学園のマニュアルしか読んでいませんでしたので。学園の決まりや役割があるなんて全然……」


「そんなことも知らないだなんて、貴女はこの学園にふさわしくないんじゃなくて?」


「そうですわよ。王族のお墨付きがあるからって入学してくるなんて、この学園の事知らないで図々しいにもほどがありますわ」


衝撃を受け俯くメラルーシィへとリリアーナは内心で何度もごめんねと謝りながら更にセリフを浴びせる。


モブ令嬢その二もそれに続けていやらしい口調で彼女を責めたてる。


「……」


「恥をかかないうちにこの学園をお止めになったらどうですの?」


「何とか言いなさいよ」


俯きずっと黙ったままのヒロインへといじめっ子達が口々に悪口を浴びせた。


「……私、何も知らなくて。ですが、今教えていただけたので良かったです。有難う御座いますお姉様!!」


「!?」


ずっとうつむいたまま涙を流して耐えているのだとばかり思っていたメラルーシィが顔をあげたかと思うと勢いよく立ち上がりリリアーナの手を握りしめお礼を言う。


その熱い瞳と言動に驚いた彼女は目を見開き一瞬硬直する。


(は、え? 何? 何が起こったの? こんなの全然ゲームの流れと違うんですけど)


パニックを起こしかけた頭を落ち着かせようとしながら慌てて口を開く。


「な、なにか勘違いしてませんこと? べつに私はあなたのためを思って言ってあげたのではなくて――」


「な、なんて謙虚な……お姉様はこの学園の決まりを教えてくれただけではなく貴族階級の上下関係まで教えて下さいました! 私は貴族ではない家系の子ですが、いずれは伯爵令嬢として生きることになります。その厳しい世界の常識を教えて下さったんですよね」


「はい!?」


捲し立てるように喋るリリアーナの言葉にメラルーシィがうっとりとした瞳で彼女の事を見詰め紅潮した頬を隠すことなくそう言った。


その言葉に驚きの言葉が口から放たれリリアーナは完全に思考を停止する。


「ああ……やはりそうでしたか。お姉様はなんてお優しい。これからも何か間違ったり失態をおかしたりしましたらいつでも教えて下さいませ」


彼女の言葉を肯定と受け取ったヒロインが嬉しそうに微笑むとそう言ってリリアーナの手を握りしめた。


「き、今日の所はこれで許して差し上げますわ!」


「あ、リリアーナ様。お待ちください」


これ以上はここにいると取り返しのつかない展開になる。瞬時にそう悟ったリリアーナは言うが早いか踵を返して駆けだす。その後ろ姿へとモブ令嬢が慌てて声をかけると後を追いかけるように他のいじめっ子達も走っていった。


「……お姉様の名前はリリアーナ様というのね。ふふ。素敵なお名前……」


一人取り残されたメラルーシィがリリアーナの名前を覚えたといった顔で頬を紅潮させ喜ぶ。


「そこにいるのは……メル? お前どうしてそんなずぶぬれに?」


「アルベルト様」


誰かに声をかけられ彼女はそちらへとふり返りそこに立つ青年の顔に驚く。


「なんでそんなに濡れてるんだ? お前……まさか誰かにいじめられたのか」


「ち、違います。お姉様はそんな人ではございません! お姉様は私に貴族社会の常識とこの学園での決まりを教えて下さったのですわ」


メラルーシィが全身濡れている事にいじめられたのではないかと気づいた彼がそう問いかけると、彼女は怒った様子でそう言い返した。


「いや、何をどう教えてもらえば、お前がずぶぬれになるんだよ。ここには川もなければ湖もないんだぞ。どう考えたってお前に対するいやがらせだろ」


「リリアーナ様はそんなひどい人ではないです! お姉様の事知らないくせにそんなふうに悪く言うのはやめて下さい」


「お前な……」


彼女をいじめた相手に対して怒りを覚えながら話すアルベルトに対してメラルーシィも眉を跳ね上げ抗議する。


その様子に呆れて言葉を失った彼はしばらくの間彼女を見詰めた。


「今度何かされそうなときは俺に言え。いいな」


「どうしてアルベルト様に言わなくてはいけないんですか? はっ! ……もしかしてアルベルト様もお姉様と友達になりたいんですの?」


「……」


そう言って優しく頭を撫でるアルベルトへと彼女が不思議そうに首を傾げたがあることを思い至りそう言って微笑む。


そんなメラルーシィへともはや返す言葉も無くなるほど呆れた顔をして黙り込む。


(こいつは人がいいからいじめられてることに気付いてないんだ。俺が、助けてやらないと)


そう心の中で誓うとメラルーシィの顔を見て小さく溜息を吐き出した。


それから数週間後。アルベルトは彼女がいじめにあっているところに遭遇する。


「あいつ等が……おい、お前達何やってるんだ!」


(ついに来た。最初の攻略相手とのイベントシーン。いじめを目撃したアルベルトがメルの前へと立ちはだかり、リリア達いじめっ子グループを問い詰め追い返す。上手くいけばこれでメルとの攻略イベントが発生するはず!)


突然声をかけられその姿を確認したリリアーナはストーリー通りの展開に持ってこれたことに安堵する。


「な、なんですの。貴方は……部外者はここから出て行って下さいませ」


「俺はメルの婚約者だ。部外者じゃない」


リリアーナの棒読みの台詞にも気付かずに、怒りを押し殺した顔でアルベルトが言い放つ。


「貴方がこの女の婚約者? おほほ。おかしなことを言わないでください。この女に婚約者がいるだなんて聞いた事なくてよ」


「お前には関係ないだろ。これ以上こいつに何かするっていうなら許しはしない」


(よし、ここまでは展開通り。このままコテンパンにやられて捨て台詞を吐いて逃げれば……)


ゲーム通りの展開に持ってこれていることに内心で安堵しながら次の言葉を放とうと口を開く。


「アルベルト様待って下さい。お姉様は私にこの学園のしきたりを教えて下さっていただけですわ!」


「はっ?」


「えっ?」


その時メラルーシィが鋭い声をあげてアルベルトを諫める。


その言葉に驚く彼と同時にリリアーナも呆けた声をあげた。


「この学園には決まりやしきたりがあり、それを知らない私にお姉様は厳しく教えて下さっているだけです。お姉様は私をいじめてなどおりません」


「お前、まだそんなこと言って……」


彼女の言葉にアルベルトが少し声を荒げて言う。


「そ、そうですわよ。私は貴女に決まりやしきたりを教えてなど……」


「まあ、お姉様は相変わらず謙虚なのですから。そんなお姉様だからこそ私……」


(え? えっ? 何がどうなってるの?)


彼の言葉に同意するようにリリアーナも言うがそれを聞いたメラルーシィがうっとりとした顔で右手を頬に当て微笑む。


その様子に混乱してしまった彼女は冷や汗を流し暫くその場で硬直する。


「あ、貴方。メルさんの婚約者でしょ。メルさんに違うって教えてあげなさいよ」


「俺が言ったところでこいつが聞くと思ってるのか? ていうかお前も相当混乱してるな」


「お姉様にメルって呼んでもらえた!」


つい口に出してしまった言葉に気付いた時はすでに遅く、アルベルトはその言葉に盛大に溜息を零し答えており、メラルーシィは高揚した頬ではにかみ嬉しそうに両手の指を胸の前で組んで喜んでいた。


「こ、これは何かの間違いで……というより、どうすればそう解釈されるのか私にもわからなくて……ああ、もう混乱して頭がおかしくなりそう」


(こいつ意外と抜けてるな。まあ、メルの言葉で混乱したのは分かるけど心の声がだだ漏れだ)


頭を抱えてパニック状態のリリアーナは訳が分からなくなり心の声を口に出して話す。


それをしっかり聞いているアルベルトはおかしくて吹き出しそうになる衝動を抑え彼女の様子を見ていた。


「と、とにかく。これ以上事がこじれる前にここから逃げ出すのが一番! ということでさらば」


「ちょ、ちょっと。リリア様お待ちください」


「私達を置いていかないで」


最後の最後まで心の声がだだ漏れの状況だという事に気付かないまま彼女は言うと慌てて踵を返し立ち去る。


その背後を追いかけるように他のいじめっ子達も慌ててこの場から離れた。


「リリアか。何だかあいつ……」


「お姉様の悪口ですか。アルベルト様はまだお姉様の事を誤解なさっておいでなのですね」


隣にいるメラルーシィを見ながら呟いた言葉に気付いた彼女が怒った様子でそう言い放つ。


「いや、もうあいつがお前の事いじめてる張本人だとは思ってない。おそらく誰かに騙されてるんだろう」


「そう言えばお姉様はエル様という方から言われてるからとか話してましたわ」


彼の言葉にメラルーシィがそう言えばといった感じで話す。


「エルってエルシア・ブーケルニアの事か?」


「同じ学年にはエルシアという名前の方はいませんから恐らくリリア様と同じ二年生の方だと思います」


その名前で思い当たる人物が一人だけいたのでそう尋ねてみるも、彼女は首をかしげてわからないと言った感じに答える。


「エルシアか、あいつならやりかねないな。リリアはきっとあいつに騙されているかもしくは脅されてお前の事いじめるように指示されてるのかもしれない」


「お姉様はいじめてなんていないって言ってるじゃないですか」


顎に手を宛がい考え深げに話すアルベルトへとメラルーシィが唇を尖らせ言う。


「何とかリリアをエルシアから引き離す方法があればいいんだが……」


「エルシアさんてそんなにひどい人なんですか? はっ! もしやお姉様はその方にいじめられて……そんなひどい事許せませんわ」


彼の言葉に彼女はまさかそんなと言った顔で驚き会ったこともないエルシアへ対して怒りを覚える。


こうして二人の中でリリア救出作戦が決行されかけていることに当の本人はまったく気づくことなく今回の展開が変わってしまった事について頭を悩ませていたそうだ。

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