第一章 最初の難関
桜の花が咲き乱れる春爛漫な並木道の通りを歩きながら暗い表情で盛大な溜息を吐き出す少女の姿があった。
「私の名前はリリアーナ・カトリアーヌ。悪役令嬢エルシア・ブーケルニアことエル様のしもべの様にこき使われ、
肩をおとしとぼとぼ歩き寮へと向けて帰りながら独り言を呟き溜息を吐く。
「……!?」
落胆していた彼女だがあることに気付き目を見開き、口を半開きにして自分の足を見詰める。
「……前世では病弱で歩くことも走ることもままならなかった。だけど今なら思いっきり走り回ることができるのでは?」
ぞくにいう現実逃避というのだろうか。それとも本当に純粋に走り回ってみたいと思っているのか、わくわくとした気持ちに変わった彼女はそっと一歩を踏み出し、かけっこのスタイルになる。
「すぅ~。……よっと」
大きく息を吸い込みまずは軽く走ってみる。すると足は思った以上に軽やかに動き駆け出す。
(た、楽しい! 私今走ってるぅ~)
本当に幸せそうな満面の笑みを浮かべ暫くその辺りを彼女の中での全速力で駆けまわる。
「あはははっ。あははははっ」
「……」
声を出して笑いながら駆けまわる彼女を少し離れたところから眺める少女。
「……なにをなさってますの?」
「……!?」
呆れたような声をかけられ誰かに見られていたことに恥ずかしくて赤面しながらそちらへとふり返った。
「エ、エルシア様」
(よりにもよって一番見られたくない相手に全速疾走をみられてしまった)
そこにいた人物はヒロインに意地悪する悪役令嬢であるエルシア・ブーケルニアであり、呆れた顔でこちらを見ていてリリアーナは内心で焦る。
「……貴女、何だか急に人が変わったみたいにはしたないことをするだなんて、頭でも打ちましたの」
「う……い、いえ。思いっきり走り回ったことがなかったもので、今だったら誰も見ていないからと試しに走ってみたのです、わ」
腕を組み呆れた顔のまま尋ねられそれに彼女はたじろぎながら答えた。
「……なんだか、今日のリリアは……」
「かわいい」という言葉を飲み込み暫くリリアーナの顔をじっと見つめる。
「え?」
「な、なんでもありませんわ。そ、それよりお話したい事がありますの。後で私(わたくし)の部屋に来てちょうだいね」
不安そうな彼女の顔を見るのもいつもの事なのに何だか今までよりかわいくて仕方がなく、それを悟られないようにするため慌てて言葉を連ねると立ち去っていった。
「私がしっかりと守ってあげなくては。そう、お、幼馴染として!」
リリアーナの姿が見えなくなった辺りまで歩いてきたエルシアが大きな声で独り言を零す。
幼馴染であるリリアーナがこんなにも幼く頼りなく見えたのは初めてで、そして可愛くて仕方がない。今まで抱いていた感情が覆されるほどに彼女を守ってあげたいと姉のような気持を抱いた。
「こ、この私がこんな気持ちを抱いたのは初めてですわ。リリアとはし、親友と言ってもいいのかもしれませんね。なにせ、昔からの幼馴染ですからね」
誰も聞いていないというのに言いわけでもするかのように、つらつらと自分の気持ちの変化へ対する弁解をしながら寮の部屋へと戻って行く。
リリアーナがこんな取り乱した彼女を見たらきっと驚いていただろうが、彼女がエルシアの心を動かしたことを知ることはない。
そのころリリアーナは深刻な顔で佇み脂汗を流していた。
「……この後寮のエル様の部屋へって。それって最初のイベント。ヒロインをいじめるように言われる現場のシーンじゃんか。どうしよう。その時エル様の父親がリリアーナの父の借金を肩代わりしてあげた時の話を持ち出されて、拒否権はない。「貴女は私の言う通りに動いてればいいのよ」って言われてさんざん暴言を吐かれたあげく態度が悪いと張り飛ばされて床に倒されるんだよね。うぅ……いきなり難関きた。私それに耐えなきゃいけないの?」
頭を抱えて小刻みに震える身体をごまかしながら、ゲーム画面越しでは何とも思わず見ていたイベントシーンでも、自分がいざ体験するのだと思うと気持ちが沈むと再び溜息を吐き出した。
「……で、でも行かないと。私がいじめっ子グループのリーダーにならないとヒロインが攻略対象者達と出会うことが無くなってしまうのだから」
嫌だなと思い動かなくなる足を何とか動かし寮へと戻って行く。
そうして言われたとおりにエルシアの部屋へと訪れる。
「はぁ~。……エルシア様。失礼いたします」
溜息を一つついてからノックを響かせ入室するとすでに集められた他のモブキャラ達もいて、どうやら自分が最後であると察した。
「リリア。ずいぶんと遅かったじゃありませんこと」
「も、申し訳ございません。これでも急いできたつもりだったのですが……」
思った通りご機嫌斜めな様子のエルシアの言葉に彼女はゲーム通りの台詞を話す。
「……まぁ、いいですわ。それよりも今日壇上に上がって声明文を読んでいた女の事覚えていて」
「は、はい。メラルーシィさん、ですよね」
(あれ、たしかここで最初の罵倒をされたはずでは?)
彼女の言葉にゲーム通りの内容と少し違うことに違和感を覚えながら、黙り込むと良くないと思い口を開く。
「そう、あの子貴族じゃないのは貴女でもわかったわよね。なのに貴族しか通えないはずのこの学園に入学してきました。それも王家のお墨付きなうえに首席でですわよ」
「そ、そのようですね」
ここにはいないメラルーシィを睨み付けるように鋭くなった瞳で怒りをあらわにするエルシアへとリリアーナは返事をする。
「この私がこの学園内トップスリーに入るこの私よりも入学してきたばかりの何処の馬の骨とも知れない子が学園トップだなんて……そんなこと理不尽だと思いませんこと?」
そこまで言うとリリアーナ達へと体を向けて決断を下すかのような顔をする。
「言いたい事は分かりますわね。あの女はこの学園にふさわしくありませんの。ですからあの女が辱めを受けてこの学園にいられなくしてちょうだい」
「つ、つまり。メラルーシィさんをいじめろと?」
にやりと笑い言われた言葉にリリアーナは再びゲーム通りの台詞を呟く。
「そうですわね、そういうことになりますわ。でもいじめだなんて下品な呼び方私は好きではないので、辱めを受けさせるって言って頂戴」
「し、失礼しました」
不機嫌そうな顔でエルシアが言う。それに彼女は慌てて頭を下げて謝る。
「……さて、リリアーナ。貴女にはその計画を実行するリーダーになって頂きますわ。私の言った通りにあの女をいたぶって差し上げてちょうだいね」
「わ、私がですか?」
(あれ、何か今一瞬エル様の顔が悲しそうだった?)
言われた言葉に返事をしながらエルシアの表情が一瞬だけ悲しそうに見えた気がして内心で同時に心の声を発した。
「そうよ。貴女以外に私の気持ちを理解できている者なんていないもの、しっかりとやって頂戴ね」
首を傾げたかったがそんなことすれば何か言われるだろうと思い姿勢はそのまま彼女を見たまま動かずにいたのだが、これが良かったようでエルシアは特に疑問も抱かず再び口を開いて話し出す。
「……は、はい」
(あれ、たしか私がですか? ……って聞いた時に親の借金の話とか持ち出されて言う事を無理矢理聞かせて無かったけ)
展開がちがうことに疑念を抱きながらでも黙っていたら不審に思われるだろうと思い慌てて返事をする。
「貴女達はもう出て行って構わないわ。リリアは、話があるから少し残りなさい」
「は、はい」
(ここで二人きりになっていじめの内容とかを決めるんだったよね。罵倒されて張り倒されるシーンが無くなってるけど、もしかしてここで「口答えするな」って張り倒されるとか?)
エルシアの言葉にリリアーナ以外のモブキャラ達が退室していき二人きりになる。緊張する彼女の心境など知りもしない令嬢はふと不機嫌そうな顔をして彼女の顔を見やった。
「リリア。貴女私に怯えすぎではなくって?」
「そ、そんなことはありませんよ。エルシア様」
不機嫌そうな顔のままそう尋ねられゲームと展開がちがうことに驚きながらも恐れていないと伝える。
「また……私を呼ぶときはエルと呼びなさいって言ってるでしょ」
「は、はい。エル様」
エルシアの言葉に返事をしたリリアーナに更に不機嫌そうな顔をすると腕を組む。
「エル様だなんて、なんだかよそよそしいですわ。幼馴染なのですから普通にエルさんって呼んでくださってかまいませんのよ」
「……!?」
(ゲームと全然内容が違う!!)
照れた顔でそう言ってきたエルシアの様子に彼女は内心で絶叫した。
「どうしたの、返事は?」
「はい、エルさん。分かりました」
完全にゲームの内容と流れがちがうことに焦っていると疑問を抱いた彼女が尋ねる。
その言葉で現実に戻ってきたリリアーナは慌てて返事をした。
「よろしい。それと、私と貴女だけの時はもっと普通に話してくださってかまいませんからね。なにしろ、幼馴染なんですから」
「は、はい。分かりました」
エルシアからこんな話を持ち掛けられるなんて思っていなくて驚きながらも肯定する。
「……では、リリア。これからあの女を貶め辱めるために貴女にはいろいろとやってもらいますから、その事についてゆっくりお話ししましょう」
「は、はい」
ようやく本題に入った令嬢の言葉に彼女は返事をしてこれからの事についての話を聞かされ、それが終わるとようやく部屋を出て行ってよいと言われた。
「……はぁ。なんか、展開が私がプレイしたゲームと少し違うんだけど。なんで?」
自室へと戻って来るとようやく一息つけるといった感じで溜息を吐き出しベッドへと腰を下ろす。
「もしかして私が前世の記憶を思い出したから、それで少しシナリオが変わってしまったとか? だとしたら気をつけないとヒロインが攻略対象者達に出会えないまま終わってしまうかも!? だめ、それだけは絶対に避けないと!!」
これからは言動に気をつけようと心に誓いこれから始まるゲーム通りの日常へと身を投じていくのであった。
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