プロローグ

 桜の花が咲き乱れる校舎裏。そこに一人立つ少女。彼女の名はリリアーナ・カトリアーヌ。カトリアーヌ家の長女である。


「なんで、今更……」


真っ青な顔をして焦点の合わぬ瞳を地面へと落とす。どうしても呟かずにはいられなかった。そう、彼女は全て思い出してしまったからである。


事の始まりはつい数分前に行われた新入生の入学式でのことであった。


「それでは、続いて新入生代表より声明文とあいさつの言葉を頂きます」


「本日よりこの学院に入学いたしました。わたくし達は伝統あるこの学園にふさわしい紳士淑女となり卒業するまで、この学び屋で勉学に励み、誠実にそして清らかに成長していく事を誓います」


(あら? あの子どこかで見た覚えがあるような気がしますわね……)


司会を務める先生の言葉に壇上に立った幼さの残る少女の姿を見たリリアーナはどこかで見た事があるような気がして首をかしげる。


(どうみても貴族には見えないのにこの学院に入学してきた少女……いつだったかどこかで似たような状況を見たような。夢でみたのでしたかしら?)


少女の姿に見覚えがある気がして必死に思い出そうと頭をひねった。


(そう、あの時も確かこうして壇上に上がって声明文とあいさつを述べていましたわ。でもあの時っていつ……)


「新入生代表……メラルーシィ」


「……!?」


必死に記憶をさかのぼり思い出そうとしていた彼女の耳に少女の声が聞こえてくる。


その名前を聞いた時走馬灯のようにすべての記憶がなだれ込んできてリリアーナは目を開けたまま暫く放心状態となった。


「そうだ。思い出した……あれは私が以前よくやっていた恋愛ゲームのオープニング映像と同じ……つまりここは――」


ありえない事だ。そして自分がなぜゲームの世界に転生してしまったのだろうと悩む。しかもただ転生しただけではない。


「どうして、よりにもよってゲーム序盤でヒロインをいじめるいじめっ子グループのリーダーというモブキャラに転生してしまったんだろう」


どうせ転生するならヒロインかヒロインの友達が良かった。なんて思ったところで現実は変わらない。


「どうせなら亜由美としての人生を終了したまま成仏したかったよ」


亜由美とは彼女の本当の名前というよりも前世での名前である。しかし現実は転生してリリアーナ・カトリアーヌとして生きていてすでに物語が始まりを迎える時間軸に身を投じているのであって今更記憶を取り戻す前には戻れない。


二年生の春。新入生の入学式により全ての記憶を思い出した少女はこれからの展開を思うと頭痛がする頭を抱えたくなりながら盛大に溜息を零した。そうそれが全ての始まりである。


「今更どうあがいたって無理だ。こうなったら主人公がちゃんとゲーム通りに攻略キャラ達と出会えるように私は悪役を演じてみせる!」


フラグ回避が無理なのであれば主人公がちゃんと攻略相手達と出会い結ばれるように悪役を演じきって見せようと心に誓った。


「ま、どうせゲーム序盤でヒロインをいじめて攻略対象者達にコテンパンにやられたらその後出てくる事のないモブキャラだし。その後は心穏やかに学生生活を送れるはず。いやまてよ……」


そう思ったがふとあることを思い出し考え込む。


「確かヒロインに対抗意識を燃やす悪役令嬢のエルシアの幼馴染で、それでエルシアの奴隷のようにこき使われて最終的には使えなくなって捨てられる捨て駒じゃんか。あちゃ~。忘れてた。ゲーム上でのエル様はすっごく嫌なキャラだった。うう……いやだな。そんな人のご機嫌取りしながら学園生活中こき使われるなんて」


リリアーナと悪役令嬢との関係性まで思い出してしまった彼女は記憶がないまま終わってくれた方がどんなに楽だったかと肩をおとした。


こうしてここからリリアーナとしていじめっ子グループのリーダーで「悪役」を演じる生活が始まりを迎える事となる。

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