第2話 中

 次の日、いつも通り登校する。教室には瀬田と糸真はすでに来ていた。

「おはよう。病院行ってきた?」

 瀬田が話しかけてくる。

「行くかい! どこも悪くないわ」

 これがいつもの三人のノリ。

「あ、戻ってる。行ったんだな。素直になれよ」

「そうそう、素直になった方が楽やぞい」

 瀬田に続いて、糸真もノッてくる。

「いやいやいや、行ってないわ。そんな事より今日学校終わり、一緒に飯行かない? 一組の小金井さんとその友達も来るらしいんだけど、どう?」

「今日? 小金井さん? 男子に人気のあの小金井さん? 何でお前がそんな人と食事になるんだよ」

 結構驚いた様子で瀬田が話しかけてくる。ちょっと怒っているのはなぜだろうか? あ、でも、確かにおかしいよな……。何も考えてなかったけど、こんな平凡な奴が小金井さんと食事って怪しまれても仕方ないかも。ここは堂々としていれば二人も分からないだろう。

「だから、俺だけじゃなくて二人も誘われてんじゃない?」

「あー、なるほど」

「それなら理解だぞい」

 これで納得するってどういう事だよ。もっと突っ込んで来いよ。あるじゃん? それでも何故そういう話になったの? とかさ、何で聞かれない? そんなに信用されてないですか。左様でございますか。

「で、どうする?」

「うわー。マジで行きてーーー。けど、行けねーー」

 こめかみをつまんだり、ビンタしたりしながら瀬田が答える。所々チラチラとこっちを見てくるのがちょっと気になったけど、スルーする。

「うわー、俺も行きたいぞい。行けないぞいー」

 糸真も足をバタバタさせたりかなり悔しがっていた。というか、糸真もチラチラ見てくるんだけど、どういう事? 二人を無視して俺は話を続ける。

「何でいけないの?」

 正直誰も来ない方が俺的には嬉しいのだが、聞いておかないと怪しまれそうだから念のため聞いておく。このまま男が誰も来なければ、ライバルが増えず小金井さんと彼女の友達何人かと俺で食べに行くことが出来る。

「家の用事があんだよ。てか急に言うなよな。もっと前に分かっていればよかったのに」

「そうだぞい。ずるいぞい」

「そんな事俺に言われても困るから」

「まあいい。楽しんで来いよ! うん、殺す」

 瀬田は爽やかに応援してくれるのかと思いきや、急に口が悪くなる。小金井さんと話す機会さえ貴重だ。一緒に食事するとなればそれはもう大層貴重である。彼らにとったら、俺の事は羨ましいに違いなかった。

「いや、どっちだよ。てか怖えよ」


 そんな感じで俺は一人で行くことになった。授業中は楽しみで集中出来ず、休み時間は瀬だと糸真がとにかく絡んできた。

 耐えて、放課後を迎えた。用事で急いで帰った二人に別れを言い、俺はゆっくり校門に向かった。少し早めに教室を出たので約束時間まで本を読みながら待っていた。

「思井君やっほー。お待たせー」

 声を聞いて俺は振り向いた。小金井さんが歩いてきていた、

「どうもー」

 好きな人の前で正直上手く話せない。ただ昨日の告白するつもりだった時と比べればマシではあった。

「思井君の友達はまだ来てないのかな?」

「あ、それが……二人誘ったんですけど、用事があるみたいで……もう帰ってしまって」

「そうなんだ……」

「小金井さんの友達は何人来ますか?」

「それが……私のクラス女子全員誘ったのに誰も来れなかったの」

「え、女子全員!? え……じゃあ二人……。あ、あの今日は辞めときますか? 僕と二人なんて小金井さんが嫌ですもんね。また別の日にしましょうか」

「いえ、私は全然いいですよ。思井君が良いのなら。と言うより、私からお願いします、昨日折角私の事誘って下さったのに日にちを延ばすのも悲しいですから」

 正直引き止めてくれないかな、と甘い考えをしていた。彼女から他の人も誘おうと言い出したのだから、そんな事がある訳ないと自分でも分かっていたはずなのに。ただ今その願いが目の前で起こって、狙っていたくせにとても驚いている自分がいた。

「え……いや……え!? いいんですか?」

「うん、行こ!」

 彼女は柔らかい手で俺の腕を掴んで引いてくれる。こんな展開になるとは全く思わなかった。道の途中、彼女はどこかに電話を掛けていた。俺はただ彼女に着いていくだけだった。

 俺は小金井さんに連れられて、焼肉屋さんにやってきたのだった。あれ? すき焼きではなく? 小金井さんは焼肉が大好きらしい。聞いた時は意外で少し驚いた。

 店に入って、すぐ案内された。小金井さんが予約してくれていたらしい。行きに電話していたのは予約人数の変更だったようだ。

「予約してくれてたんだ。ありがとう」

「ううん、全然!」

 俺たちが店に入ってすぐに案内してくれる。メニューとお店のちょっとした説明を聞いた。そして、俺たちは食べ放題上中下三つのコースから中を選択したのだった。

「ねえ、何で私をご飯に誘ってくれたの?」

 お水を飲んでいる時に聞かれ、危うく吹きそうになるが、堪えて水を飲み込む。

「いや、それは、小金井さんと一度食べてみたくて……なんて……ははは……」

 咄嗟に出た言葉がそれで何も誤魔化しようがなかった。笑えていないのが自分でも分かる。今の自分の顔がとてもきもい事、とても分かります。

「ふーん、そうなんだ」

 彼女は何一つ表情を変えない。まあ当たり前な事ではあるのか。少し微妙な雰囲気なところに最初の料理が運ばれてくる。

「よっし! 焼いちゃお!」

「うん、そうだね」

 彼女は髪を後ろに回してから、トングを取った。火を調整し、お肉を網に並べていく。手際が良くて、俺は自分も肉を焼く事を忘れかける。

 ハッとして俺もお肉を焼いていく。

「小金井さん焼肉以外に何が好きなんですか?」

 少し静かな雰囲気に耐えられず質問する。

「うーん、パスタとか、かな? 思井君は?」

「僕はピザとか大好きです」

「かなり罪深い物を食べるんですなあ」

 彼女はいつもより少し低くして話した。おじさんの真似でもしているのだろうか。

「ふふ、それって誰のモノマネ?」

 思わずクスリと笑ってしまう。

「練習しといて良かった」

 彼女が小さく呟いて俺は「え?」と反応してしまう。

「ああ、いや、なんでもないよー」

 彼女が少し取り乱しているのが分かる。彼女が取り乱すの何て結構珍しいと思う。他の人たちに見せるために練習していたのだろうけど、取り乱した理由はよくわからない。

「そろそろ焼けてきましたね。食べましょう」

「うん」

 一つの小皿にタレをもう一つにレモン汁を入れる。肉を入れて、一口で食べる。もう一枚取って、今度はご飯を巻いて食べる。

「「んーーーおいしいー」」

 小金井さんと声が被る。小金井さんの顔が少し赤くなる。俺の顔もなんだか熱い。きっと焼肉を食べているせいだ。

 おいしそうなお肉を一杯頼んだ。机が埋め尽くされるくらい料理が運ばれてくる。

普通に焼肉を楽しんでいたが、二人で食事なんてなかなか出来るものではない。今楽しもう。でも、やっぱりこういう時に告白した方がいいのだろうか。ただ、焼肉屋さんで告白するのはどうなのだろうか。もう少し告白出来る雰囲気のお店の時の方がいいのではないだろうか。そんな事気にしている場合ではないか。そうやって、先延ばしされていくのか。じゃあ、食べ終わって、帰り道に告白するとしようか。うん、そうだ! それが良い。俺は告白する事を心に決めたのだった。

「思井君どうしたの? 早く食べないと焦げちゃうよ」

「ああ、うん」

 小金井さんの顔が近くにあって驚き変な高い声が出る。

「ふふ、どうしたの? 考え事してたの?」

「ああ、うんうん。そうだよ」

 心臓が強く早くなっている。告白の事考えてしまったからすごい緊張してきた。やばい、どうしよ。出来るかな。一先ず、お肉を取って、食べる。今は告白は考えないようにする。そうでないと、震えて何も楽しめない。

 八十分ひたすらお肉を食べた。そして、デザートを頼んだ。俺は抹茶アイス、小金井さんは抹茶最中を頼んだ。

 デザートが運ばれてくる。

「ねえ、最中食べてみない?」

「あ、じゃあ抹茶アイスも食べますか? まだ口付けてないので」

「あ、じゃあ頂きまーす」

 彼女はスプーンを自分で取ってアイスを掬って食べた。それから彼女は最中を俺に差し出した。

「はい、あーん」

 最中を割って渡してくれるものだと思っていたのに。

「え?」

「はい、口開けて」

 彼女に言われるままに俺は口を開けた。

「どう? おいしい?」

「はい、おいしいです」

「良かった!」

 そう言いながら俺が食べた最中を彼女は躊躇いなく食べた。

「美味しいね」

「!?!??!??」

 驚きすぎて俺は声が出せなかった。彼女は何も気にせず最中を食べている。彼女の頭の上にハテナが見えた気がするほどだった。やはり異性として魅力的に感じられていないのだろうか。でも、断れても俺は彼女に告白しないときっと後悔する。

「お、おししいデスネ」

 日本語すらちゃんと話せなくなっていた。

 デザートを食べ終わり会計を済ませると、店を出た。

「暗いので、少しだけ一緒に行きます」

「ありがとー」

 それを話してから、何も会話がなくなった。今から告白する相手に何を話すべきなのか全く分からなくなっていた。何も話せないまま時間が過ぎ、彼女の家に少しずつ近づいていく。

「ありがとう。私の家ここだから、じゃあね」

 何を言うか必死に考えたけど、結局何も出てこない。彼女は家に入ろうと、玄関のドアに手を掛ける。

「あ、あの!」

 彼女は何も言わずにこっちを振り向いた。

「もし良かったらまた遊んで頂けませんか? 僕と二人きり面白くなかったかも知れないですけど、今度は他の人を事前に誘って皆で楽しく」

 言おう言おうと思って言えたのがこれだった。二人で行く事になったのが急だったから心の準備が出来なかった。でも、もし彼女がこの返事をオッケーしてくれるなら……。チャンスを……。

「ごめん、無理かな」

「ですよね。すみません」

 俺は俯いた。前を見ることは出来ない。今日一緒にご飯食べててあまり面白い会話が出来てないんだもんな。仕方ない。

「私は楽しかったよ。会話は少なかったけど、それでも私は二人で食事出来て楽しかったよ! また二人で遊ぼうよ! ね?」

 小金井さんは俺の近くまで走ってくると、上目遣いで俺をじっと見つめてくる。

「いいんですか?」

「良いと言うか私からもお願いしますだよ。そう言えば、連絡先も交換してなかったよね。しとこうよ」

「はい」

 携帯を取り出して、交換する。小金井さんに楽しいと思って貰えてた。

「じゃあまた明日学校でね」

「はい!」

 彼女と別れてから俺ははしゃいだ。帰り道を全力で走る。それでも、疲れを感じなくなっていた。家に帰ってお風呂に入って寝てもすぐには寝付けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る