告白させてください!

猫山華奈叶

第1話 上

 俺、思井届(おもいとどけ)は今日告白する!

 小金井華(こがねいはな)と名前が書かれた下駄箱に昨日の夜悩み悩んで書いた手紙を入れ、俺はソワソワしながら放課後までずっと待つことにした。

 放課後に近づいていくほど、ドキドキが早くなっていく。彼女にどうしても直接告白して、あわよくばそのまま付き合ってデートなんてしてみたい。甘い考えだと自分でも分かってはいたが、最低限彼女に思いを伝えるのが目標なのである。振られたら振られたで仕方あるまい。本当はもっと前に告白するはずだったのだが、怖くて今日まで意思を固められずにいたのだった。勿論、今の時代スマートフォンで告白すれば良いけれど、男なら直接告白するのがベストだと思う。

 自分の口で伝えると、その時の話し方や表情、声量、声の質などから相手は色々読み取ってくれるものだと思うから。

 授業中にもこういう事をずっと考えていて、時間はあっという間に過ぎていく。

昼休みになると、友人の瀬田風春(せだかぜはる)と糸真斬阿(いとまきるあ)に誘われ、三人でお弁当を食べていた。いつもなら楽しく自分たちの好きな共通のゲームで盛り上がるところだが、俺がそれどころではなくて、話の展開を止めたせいで今日は全く盛り上がらなかった。

「今日は届、何か変だね」

「いつもの元気がなくなってるぞい」

 とか言われていたけど、それでも「うん、そうなんだ」としか返せなくなっていた。

 人生で初めての告白という事もある。二人にはまた別の時に謝るとしよう。今はこうして後のことを考えられているだけでも自分は偉いと思う。

 そういう感じに時間は過ぎて、放課後を迎えた。授業は聞いていなかったので、早いとも感じられたし遅いとも感じられた。不思議な感覚の一日だった。


 十六時三十分に体育館裏に来てもらうよう手紙に書いてお願いしている。

 学校は十六時には終わるが、どちらかが用事があって遅くなった時のために三十分時間の余裕を設けていた。ただ俺は今日何もないのでこの時間はとても長く感じる。正直地獄である。瀬田と糸真に「一緒に帰ろう」と誘われるが、勿論断った。

「ねえ、やっぱり届今日変だね。ノリ悪くなってる」

「ちゃんと病院に行くんだぞい」

 なんて言われて、「うん」とだけ二人に返す。


 学校が終わってから十分が経つ頃には教室に誰もいなくなっていた。俺一人で気を紛らわせるために、ほうきで掃いたりしていた。それでは気を紛らわせる事なんて出来ず、心臓の鼓動が想像の二倍以上早くなっていた気がする。

 教室を何往復も周って時間を潰す。

二十分になり、カバンを持ち、教室の鍵を閉め、職員室に鍵を持って行った。そのまま下駄箱に行き、靴を履き替え、待ち合わせ場所にした体育館裏へと向かった。放課後なら体育館裏は恐らく誰も来ない。この日の為に部活の動きも事前に調べ済みだ。体育館はバスケ部やバレー部などが使っているものの、裏は少し暗い雰囲気があってかあまり近づくものはいない。たまに告白する人もいると聞く。誰にも邪魔をされない良い場所なのだろう。

 五分前体育館裏に到着した。スマホの電源ボタンを押して時間を確認する。

小金井さんはまだ来ていないようだ。心臓がずっとバクバクである。時々吹く冷たい風は緊張している俺の体を更に震えさせる。何も考えることが出来なくて、ただぼーっとその場に突っ立っている。ただ時間がもうそこまで迫って来ていて、ホラー映画よりも今は恐怖である。逃げ出したい気持ちも出てくる。そんな弱気な自分に喝を入れるため、頬を二回叩いて気合を入れる。

 チラッとスマホを再確認する。時間が三十分になっていた。もしかして、小金井さん今日休みだったのか。小金井さんと俺はクラスが違う。ここに来るときは下駄箱なんて確認しなかったから、学校に来ているのかどうかも俺は分からない。それとも、相手にされていなくて来ないのかも知れない。それを友達に広めて明日から俺は……。

「思井君、久しぶりだね」

 俯いていた俺は声を聞いて前を見た。目の前に水色の長髪をした肌白の女の子が立っていた。間違いなく彼女は小金井さんだった。彼女とはクラスが違うため、最近では会って話す事がなかった。俺は一組、彼女は三組。

「あ……」

「どうしたの?」

 首を少し右に傾けて彼女が俺に近寄って来た。サラサラとした髪に綺麗な瞳、そんな美しい彼女を直視出来ず、俺は反射的に目を閉じた。

「あ、いや……えっと、その、うん」

 この語彙力の無さは一体何なのだろうか。自分でも心配したくなる発言である。決して何を言うのか考えていなかった訳ではない。しかし、緊張で何を言うのか全て忘れてしまった。

「ねえ、久しぶりに話せたのに、何で全然話してくれないの?」

 落ち着こうと試みるが、彼女がそれを許してくれない。

「えっと、小金井さんに……言いたいことがあって……」

「ん? なになに?」

 先程まででもかなり俺と小金井さんの距離は近かったのだが、彼女は更に距離を縮めてくる。と言うか、何箇所か当たっている気もするのだが、目を閉じていたので実際どうなのか分からない。ずっと何も言わない訳にもいかない。深呼吸して落ち着かせてから、俺は告白する事を決心する。目を開けて、自分の想いをしっかり伝える。

「小金井さん、俺はあなた……の事が」

 小金井さんはじっと俺を見つめている。目を逸らさないよう俺も彼女を見る。

「す」

「す?」

 その時、恐らく男子バスケ部の多くの部員たちがこっちに向かって走ってきた。ランニング中なのだろう。やばい。これは非常にまずい。人に告白している所なんて見られたくない! 予想外である。見られたら何て言われるか分からない。きっと馬鹿にされる。だって小金井さんは誰からも好かれる人気女子なのだから!

「す、すきー焼きーでも是非一緒に食べに行きませんか?」

ってバカか俺――――。嘘だろーーー。何してんだー。いや、何言ってんだ俺――。

通り過ぎていく部員たちが何度もこちらを振り返っているのが分かった。殆どの部員たちがニヤついている気がする。いや、しているのだろうな。終わった。明日きっと噂されている事だろう。

今すぐにでもここから立ち去りたいところだが、小金井さんが何か言おうとしている。告白した相手に意味の分からない事を言うだけ言って、その場を立ち去るのは余りにも良くない。そんな事をすれば次の日には最低と皆から冷たい目をされるに違いない。

「どうしてすき焼きがいいの?」

「あ、いえ、お肉が好きで……。思い浮かんだのがすき焼きでした」

「なるほど! いいねー、行こー」

 小金井さんは右手を拳にして左手のひらを軽くポンと叩く。その後、ニコニコさせながら、大きな声で一緒に食べに行くことを了承してくれた。

 凄い嬉しいのだけれど、何故こうなったのか。いや、でもまだチャンスがある。二人で食べに行くなら、その時に告白出来るかも知れないな。

「じゃあ、明日学校終わってから校門で待ち合わせにして、そのまま食べに行こ」

「うん、そうだね。じゃあ、二十分に集合?」

「そうしよう。あ、そうだ、折角だし、他の子も誘って皆で楽しも!」

 で、ですよねー。分かっていた。再び、俺の計画が狂わされてしまう。

「私も友達何人か誘うから、思井君も誰か誘っといてね」

「う、うん。分かった……」

 これで誘わなかったら、友達いないとか思われそうだし、瀬田と糸真を誘っておこう。あの二人は帰宅部だし、多分来ると思う。来なくていいけど。

 そして、俺の人生初めての告白はする事も出来ず失敗に終わった。バスケ部が来るとは思わなかった。バスケ部なら、中で走ればいいのに、何でわざわざ外に出てきたのか。考えるだけ無駄なので、次回はちゃんと告白出来る作戦を考えておく。

 今からでも告白遅くないのでは? とか一瞬思ったけど、食べに行く話になって、告白は今ではない気がして諦めてしまった。そこからは告白の事は一旦考えないようにした。ただ自分が弱気になり過ぎているだけなのかも知れないな。

「じゃあ、また明日ね!」

 そう言い残し、小金井さんは手を振って先に帰って行ったのだった。俺は一人その場に取り残される。というか、バスケ部体育館一周しかしてないのでは? わざと邪魔しに来ているような気さえしてきた。けど、終わったことは仕方ないので、次は頑張る。諦めて俺も家に帰る。帰り道がいつもより少し遠い気がした。足もいつもより重く感じる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る