第七話
授業参観は午後の授業の二時間目に設定されていた。開始時刻は二時からだ。いつもの時間割とは少し違っていて、授業参観の後は保護者と一緒に帰ることができる。
権蔵は授業参観の後に少し時間を貰えないかと担任から電話を貰っていた。これから先の色々な催し物について転校生であるリオスとツクヨには初めてのことも多いだろうから、詳しく説明したいとのことだった。
了解の意を伝え、リオスとツクヨには担任の先生と話があるから授業参観が終わったら教室で待つようにと前もって伝えた。
当日の朝、二人は権蔵に詰め寄った。
「絶対マント被ったり山の人みたいな服着てこないでね!」
リオスの言う山の人みたいな服とは、山の中で生活していた時に愛用していた狩人の格好の事だ。革製の上下に編み上げのブーツを履き、山で獲物を追いかけたり捌いたりするのに恰好の服装だ。確かに町中向けの服ではないことは言われなくても分かっている。だがマントを被ったことなど一度も無い。何のことを言っているのだろうか。
「だから、私を何だと思っている。ちゃんと適した服装で行く」
「だって師匠、すごい山育ちじゃん。わかるの?」
リオスの心底心配そうな顔に眩暈がする。一体何をまかり間違って権蔵の事を山から出たことのない世間知らずだと思ったのか。
「田舎で育とうが山で育とうが常識くらいは分かる」
権蔵の言葉にリオスは不服そうだ。あろうことかツクヨまで何やら心配そうな顔をしている。
「お前たち、誰かに何か言われたのか」
「誰も何も言わないよ。師匠のこと知ってるのエルトだけだし」
「では何を心配してる。私が完璧なのは知っているだろう」
二人は更に眉根を寄せて悩ましそうな顔をする。
「何だ。何の文句があるんだ」
「文句は無いよ。師匠がすごいのは知ってる」
「じゃあグダグダ言わずに行け」
「師匠、絶対来てよ。ちゃんとして絶対来てね」
「絶対だよ。普通の感じで来てよ」
二人は念を押して学校へ向かった。二人の背中を見送りながら、何をそんなに心配しているのか全く分からない権蔵は首を捻った。今まで色々な町を回ったが状況にそぐわないことをした事は一度も無い。エルトとリオスを連れていたこともあるが、権蔵の行いのせいで二人に恥をかかせたことも無い。なのに何を心配しているのか皆目見当もつかない。
権蔵は新しい環境で少し不安なのだろうと結論付けた。家に入り姿鏡の前に立つと、授業参観に行くための様々な服を試してみる。思うだけで衣服を変更することができる権蔵はそれから五十着ほど試してみた。だが、どれもピンとこない。どの服を着てもリオスとツクヨの不安そうな顔が頭にちらつくのだ。
いつもなら三着も試せば決めることができた。権蔵は頭を抱えた。何事も完璧に熟す自分にあるまじきことだ。何かの間違いに違いない。世界の軸でも狂っているのだろうか。
ふと鏡を見ると、全身に金色の刺繍が施された裾の長いどこかの王族が好んで着そうな紫色の服を纏っていた。どこをどう見ても一般家庭の子供の授業を見に行く恰好ではない。完全に血迷っている。
「何をしている! 私は!」
権蔵は叫びながらいつもの落ち着いたシャツとズボンの姿になる。
ツクヨとリオスの評価を考えるからいけないのだ。大人にふさわしい服装を選べばいいだけの話だ。権蔵は結局とても無難なグレーのツーピーススーツを選んだ。
授業参観の案内用紙に書いてあった通りに、権蔵は授業が始まる十分前に教室に入った。一クラス三十人ほどの教室には続々と親が集まっていた。ほどんどは母親で父親は四、五人ほどしか見当たらなかった。すべての生徒の親が来ているわけでは無いらしく最終的に教室の後ろには二十五人の保護者が集まった。
まるで絵に描いた様な整った顔立ちにスラリとした手足、周りより頭一つ抜けている高身長とスーツを着ていてもわかる均整の取れた肉体に、権蔵は周りの母親たちの視線を独占していたが、自分の容姿が素晴らしいことを十分理解してる権蔵は特に気にしなかった。むしろ当たり前の反応だ。
席についている子供たちは皆そわそわと落ち着かず、ちらちらと後ろを振り返り保護者に手を振っている。リオスとツクヨも権蔵の姿を見つけて顔を輝かせ手を振る。応えるように手を振ると二人とも興奮した様子でニコニコと笑っていた。
「転校生の子の親御さんなんですね」
話しかけられて右を向くと、柔和な雰囲気の男性が一人立っていた。丸い顔に眼鏡をかけ、人のよさそうな顔をしている。権蔵と視線が合うとぺこりと頭を下げる。
「リオスちゃんと仲良くしてもらってます。規加原夏鈴の父、
「夏鈴さんの。これは初めまして、リオスとツクヨの保護者の稲咲権蔵と申します」
「ごっ……」
「はい?」
権蔵が首を傾げると、規加原博典は慌てて口を噤む。
まさかこんな超絶美形の人間の名前が権蔵とは、あまりに容姿と名前の響きがかけ離れすぎて思わず叫びそうになってしまった。だが、そんな失礼なことを本人に言えるはずもなく、博典は誤魔化すように咳ばらいをした。
間近で見ると更にその容姿の整い具合に息をのむ。きっと両親も見目のいい人だったに違いないだろうに、強く育ってほしくて逞しい名前を付けたのだろうか。
権蔵は自己紹介をしたまま黙ってしまった博典に首を傾げる。まだ挨拶しかしていない。何かおかしなことを言ったはずはない。まあ、自分のこの世の者とは思えない祝福された清廉で整った見目麗しい容姿に言葉も無いのだろうと、権蔵は一人で納得し笑顔を浮かべた。
「お話は伺ってます。夏鈴さんには慣れない学校生活を気にかけていただいたようでありがとうございます」
「いえいえ! こちらこそ仲良くしていただいて、今までで一番話しやすい友達だと喜んでおりました。これからもよろしくお願いいたします」
博典は深々と頭を下げた拍子に、尻で隣の人を押してしまい慌てて謝っている。純朴で人のいい親だ。
リオスとツクヨの友人として申し分ない。権蔵は安心した。
授業が始まってしばらくしてエルトの保護者の男が二人、音を立てないように静かに扉を開け、そのまま扉の近くに場所をとった。
(見るのは三度目か)
親子には見えないがエルトは養子なのだろうか。関係性が見えないが悪い感じはしない。
あまり立ち入ったことを聞くのも気が引けるが、得体が知れない者をツクヨとリオスに近づけさせるのも嫌だしどうしたものか。その内どのような家庭環境なのか探りをいれなければなるまい。だが、今はとにかく授業参観だ。
「これわかる人!」
教師が黒板に問題を書き、誰か前に出て答えを書く人はいないかと問いかける。皆、親の前で張り切っているのか元気よく手を上げる子が多かったが、中でも一番元気がよかったのがリオスだ。
他の子が座ったままきちんと手を上げるのに対し、リオスは立ち上がってアピールしている。権蔵は後ろで見ながらリオスに座れと叫びたくて仕方がなかった。いつもの事なのか教師は慌てることなく三つ目の問題で手を上げるリオスを指名した。
意気揚々と前に出たリオスは、授業参観のために簡単な問題を選んであるだろう計算問題を間違えた。権蔵は倒れそうな意識を辛うじて呼び戻す。リオスの斜め前の席に座っているツクヨはいたたまれず両手で顔を覆っている。
調子のいい子供だとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
これには教師も焦ったのだろう、何か違うなー、とふんわりリオスに教えた。もう一度問題を見直したリオスは間違いに気づき書き直す。
「間違えちゃったー!!」
てへ、と照れ笑いをし、元気に間違えた宣言をしながらリオスは落ち込むことも無く席に戻る。クラスメイトは慣れているのか、生暖かい視線で見守っている。権蔵は白目を剥いて倒れたい気分だった。
(私は一体、どこで子育てを間違えたのか)
どんな時も落ち着いて、焦らず騒がず最適解を導けるように教育してきたつもりだった。あんなアホな目立ち方をするような子供を育てたつもりは無い。
もしかして、いつもああなのだろうか。あんな暴走した状態で一日を過ごしているのだろうか。帰ったらツクヨに聞いてみようと思った。
いやでも、間違えたことを引きずらず正解を考えることができた前向きさをむしろ誉めるべきなのか?いやでも、そもそも最初から落ち着いていれば解けた問題だ。
間違えたことを怒ることはあまりしたくないのだが、いやでも。と、権蔵はぐるぐると自問自答を繰り返す。
その後、授業が終わるまでリオスの元気は続き、果敢に手を上げ続け、張り切り過ぎて教科書を落とし、手を挙げてない子にその答え合ってるから手を上げなよと無理やり手を掴み上げさせるという余計なことまでやらかした。どの口がその答えは合っていると言うのかと思ったが、リオスにとって間違えることは負ではないのだろうから本当に正解かどうかは考えていないのかもしれない。
幸いなことに、その子の答えは本当に正解しておりはにかみながら母親に手を振っていたからよかったものの、間違っていたら一大事だ。
(後で説教だー!)
平静を装いながら何度そう思ったか知れない。授業参観が終わるころには権蔵は息も絶え絶えだった。唯一の救いはツクヨがしっかりとしていたことだ。もしも二人とも暴走していたら心臓が持たなかったと権蔵は思った。
連絡を貰っていた通り、権蔵は授業参観の後に担任に呼ばれた。
「いいな、教室でまってるんだぞ!」
リオスとツクヨに釘を刺すように言うと一階の応接室に連れられて行った。
それぞれの生徒が帰る中、生徒はツクヨとリオスだけになった。二人の教室は三階にある。窓から散り散りに帰っていく生徒を見ながらツクヨはため息をついた。
「ねー、絶対帰ったらリオス怒られるよ」
「え! 何で!?」
全く覚えがないとでも言いたそうにリオスは目を丸くする。
「もう、本当、見てるだけで恥ずかしかった。なんで手を上げるとき立ち上がるわけ?」
「だって、その方が目立つじゃん」
「別に目立つ必要ないだろ。いつもの授業を見せるのが授業参観なんだから」
「せっかく師匠が来てるからいいとこ見せたいしー」
「じゃあ尚更普通にしてればよかったじゃん。あれじゃほかの子にも迷惑だよ」
「え!!」
リオスは今、正にその事に気づいたかのように声を上げた。
「……そうかも」
「そうかもって、もう」
ツクヨはもう一度ため息をつく。
「どうしよう」
「しらないよー」
そんなこと言わないでよとツクヨに縋っていると、エルトが教室に入って来た。
「あ、エルト。どうしたの?」
姿を見つけてリオスが話しかける。エルトはつい先ほど、保護者の二人と帰ったはずだった。
「あのさ、僕の保護者の二人見なかった?」
二人は顔を見合わせる。
「見てないよ。さっき一緒に帰ったんじゃなかった?」
「そうなんだけど、僕がトイレに行ってる間に居なくなっちゃって……」
「二人もトイレなんじゃない?」
軽く言うリオスにツクヨがため息をつく。
「それならすぐに分かるだろ。みんな男なんだから同じトイレに入るよ」
ツクヨの言葉に、エルトは不安そうに目を泳がせながらだよね、と小さく同意した。
「いいや、ごめん。もうちょと探してみる」
「あ、エルト」
引き留める間もなくエルトは教室を出て行った。
「なんか、エルトの顔色悪かったよね」
ツクヨが問うと、リオスも頷く。平常心を装ってはいたがひどく焦っていたようだった。
「一人じゃ心配だ。僕が一緒に探すからリオスはここに居て」
「え、やだ私も行く。私も心配だもん」
「二人一緒に行ったら師匠に怒られるよ。師匠が帰ってきたら今の事伝えて」
「うーわかった」
怒られる、という言葉にリオスは逆らえなかった。自分はすでに一つ怒られる可能性を持っている。これ以上は避けたい。
エルトは風のように駆け出して行った。
もっと小さいころは力も早さも互角だった。けれど今はどちらもツクヨのほうが優れている。
『こればかりは生まれ持ったものだ。仕方がない。性別の差もある』
権蔵はそう言ったが、納得できなかった。ツクヨと同じように強くなりたいし、同じように速く走りたい。これ以上違うところを増やしたくなかった。
ツクヨは師匠に怒られると言ったが、本当は自分のほうが走るのが早いから一人で行きたかったに違いない。
「私を置いて行かないでよ。ツクヨ……」
ツクヨが走り去った方を見ながら、リオスは呟いた。
そう時間を空けて追いかけたわけでは無いのに、リオスの姿は見つからなかった。この階に居ないと言うことは上か下に行ったに違いない。
(上の階に用はない、よな)
上の階には行ったことのない上級生の教室しかない。
お互いに探しているとしても、馴染みのない上の階には行かないだろうと結論づけ下の階に降りることにした。誰も居ないのを確認して階段を下まで一気に飛ぶ。人前でこんなことをしたら、危ないと怒られてしまう。階下にたどり着き左右を見渡すが居ない。人を探しているのに一気に二階分は降りないだろうと思い、カンで右に走る。
開いている教室を一つずつ見るが見当たらない。三つ目の教室を覗いて居ない、と判断して通り過ぎた後で違和感を感じて足を止めた。なんとなく人の気配がする。だがきちんとドアの中に入り見回したが誰も居なかった。
(師匠ならすぐにわかるのに)
どんなに隠れている動物も、権蔵の前では丸見えのようだった。それは権蔵の持つ不思議な力ではなく、長い間森で生活した末に手に入れたものらしい。できればその能力を手に入れるまで森で生活したかった。少しでも権蔵に近づきたかったが、権蔵がここに来ると決めた以上文句はない。いつだって権蔵は二人の将来の事を考えている。
気になると思ったら確認しろ、という権蔵の言葉をふとツクヨは思い出した。そういうカンには従った方がいいと言っていた。足音を消して先ほどの教室に戻り、ドアからそっと教室を覗くと、スーツ姿の年配の男が気を失ったエルトを両手に抱えていた。
ツクヨは混乱する。その男はいつもエルトと一緒にいる男ではなかった。スーツを着ている。やっていることは不審だがその清潔感のある風貌は至って普通だった。
そもそも二人を探しに出たエルトが気を失っているのがおかしい。誘拐、という言葉が頭に浮かぶ。だが、もし違っていた場合、善人を誘拐犯呼ばわりしたと責められ権蔵に迷惑が掛かる。
だが、もし本当に誘拐だった場合は取り返しがつかない。
犯罪をニュースでしか知らないツクヨはいまいち確信を持てなかった。何かの拍子に倒れたリオスを介抱していた可能性もある。
(いやでも、そもそも隠れてたことが怪しい……よな?)
最初に覗いたときには居なかった。ということはツクヨが通りすぎるまで隠れていたに違いない。
うんうん、怪しい、と心の中で頷きツクヨは意を決した。
ツクヨが居る方とは反対側の扉から出ようとしてる二人の前に飛び出した。男は驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「おや、忘れ物かな」
落ち着いた低い声だった。後ろに撫でつけた髪はしっかりと整えられており、四角い顔には紳士のような雰囲気さえ漂っている。
ツクヨをこのクラスの人間だと思ったらしい。どうやらツクヨとエルトが同じクラスだと知らないようだ。ますますあやしい。
「その子、どうしたんですか」
「この子は持病があってね。たまに気を失ってしまうんだよ。早く帰って薬をあげないといけないから、これで失礼するよ」
柔和な笑顔で男はそう言った。
ツクヨは誘拐だと確信する。エルトはそんな病気だと聞いていない。もしそんな持病があったら、もっと担任の先生が気を付けているはずだし、クラスメイトにもそれとなく説明があるはずだ。
ツクヨは横を通り過ぎる男の足をしゃがんで低い姿勢を取り、払うように蹴る。突然の攻撃に男はよろけたが、すぐに体制を立て直した。
子供一人抱えたままでその身のこなしは男がただものではないことを物語っている。
「エルトを放せ!」
「おやおや、困ったな。この子の知り合いかい」
男はにやりと笑った。先程の笑みとは全く違う殺気を孕んだ笑みだった。
「素直に通してくれないかな。でないと君は死ぬことになるよ」
最後まで男の言葉を聞かずに、ツクヨは一瞬で男に肉薄すると腹を狙って拳をつき出した。エルトを抱いている以上、咄嗟に胴体を守ることはできないはずだ。
一発拳を入れたが、何分子供の一撃では軽すぎる。男は呻いたもののすぐに蹴りを繰り出す。ツクヨはそれをぎりぎりで躱した。
「格闘技とか、やってるのかな」
「エルトを放せ! もう誘拐は失敗だろ!」
この男を倒すのは無理だ。エルトが助かればそれでいい。ツクヨはとにかくエルトを諦めてくれいないかと必死に叫んだ。
「大人の世界に失敗は無いんだよ」
男はエルトをぞんざいに床に置いた。エルトの体がもんどり打つ。骨が折れたりしていないかと心配になるが、そんな考えを巡らせる間もなく一気にツクヨに向かってくる。男が振り上げた拳が目の前に迫る。避けきれない! と思った瞬間、男の体が横に跳んだ。
「リオス!?」
「何!? 何なの!? どうなってんの!?」
どうしても心配で、教室の黒板に権蔵への伝言を走り書きし、リオスはツクヨと同じ道を辿りこの場に遭遇した。
何がどうなってるのかさっぱりわからなかったが、とにかくこの男は悪い奴だということは分かる。子供を攻撃している大人が悪くないわけがない。
「こいつやっつける?!」
「だめだ。俺たちじゃ勝てない」
悔しいという気持ちが頭をもたげるが、今はそんなことに拘っている場合じゃない。エルトの身がかかっているのだ。
リオスの蹴りが上手く入ったのは、男の死角から奇襲攻撃ができたからだ。正面から戦えば二人でも歯が立たない。リオスに蹴られた腹が痛むのか男は床に転がったままだが、怒りに満ちた目でリオスとツクヨを睨みつけている。その視線からは殺気を感じた。
じりじりと向き合いながら間合いを測る。転がっているにも関わらず男には全く隙がない。
どう戦っても負けると二人は肌で感じた。
「うー。じゃあ呼ぶ?」
「呼ぶ」
すごい形相で二人を睨んでいる男から視線を外さず、二人はせーので叫んだ。
「師匠、助けてええええええ!」
権蔵は授業が終わってから担任の志士宮凪子に案内され、一階の職員室の隣にある応接室に通された。
「どうぞお掛けください」
「失礼致します」
権蔵は一礼して恭しく凪子の向かいの三人掛けソファに座った。革張りの茶色いソファはふわりと沈み込み座り心地が良い。
「さっそくですが、お家での様子はどうですか?学校には慣れたと思うのですが」
「申し訳ないっ」
苦渋の表情で権蔵は歯を食い縛りながら食い気味に詫びた。突然の事に凪子は顔が固まる。何を謝られたのかさっぱりわからない。
「リオスはいつもあんな様子なのでしょうか。あんな、地に足のついてないような……。私は自分が不甲斐ない。もっと理性の伴った子に育てたつもりだったのにっ」
「い、稲咲さん?! リオスちゃんは元気なだけで、そんな気にするほど大変な子ではありませんよ」
今にも拳を机に叩き込みそうな権蔵の様子に凪子は焦った。
かなり理性的な印象だったが、見た目と違い直情型なのだろうか。なんとなくリオスに似ている。血が繋がってなくても家族になれば性格は似るのかもしれない。
権蔵は尚も苦しそうに眉根を寄せる。
「そのような気遣いは無用です。普段からさぞや迷惑を」
「本当にそんなことありませんから! 何事にも積極的に一生懸命取り組んでくれてます。ちょっと猪突猛進な所は確かにありますが、ちゃんと周りを見られる子ですよ」
「……あれで?」
思わず素っ頓狂な声になってしまった。
権蔵はさっきの様子を思い出す。全てにおいて自分の事しか考えていなかったように見える。確かに授業参観中のリオスは張り切りすぎていたため、凪子は少し言葉に詰まってしまったが、直ぐに気を取り直す。
「てもですね。最後にリオスちゃんが一緒に手を上げていた子なんですが」
「あれは叱っておきます」
「違います違います! あの子はとても気が小さくて、おかあさんに良いところを見せたいけど手を上げるのが恥ずかしいと言っていたんです。だからきっと、リオスちゃんが手を貸してあげたんだと思います」
権蔵は目を丸くした。
てっきりリオスが余計なお世話を焼いたのだと思っていた。
「リオスちゃんだから出来たことだと思います。人のために真っ直ぐに手を貸すことはなかなか出来ることではありません。この事に関しては誉めてあげてほしいです」
凪子はそう言って優しく笑った。
権蔵は目頭が熱くなった。
ちゃんと人に優しくできるように育てたのだから、リオスがしたことは完璧な存在である権蔵が教育した事を考えれば当たり前の行動だ。そう、至極当然な事なのに胸が震える。
そして、そんなリオスをよく観察し理解し認めてくれた目の前の教師に感謝した。早とちりをしてリオスを理不尽に叱ってしまうところだった。
凪子に礼を言おうとした瞬間に、権蔵は二人の助けを呼ぶ声を聞いた。
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