第三話
「今日はありがとう! おかげでいろいろ困らずにすんだよ!」
帰り際、リオスはエルトの手をぎゅっと握りそう礼を言った。
「明日もよろしくお願いします」
ツクヨは丁寧にそう言い頭を下げる。双子なのにこんなに性格が違うものなのかとエルトは驚いた。
一日中、元気に走り回り暴走しそうなリオスをツクヨはよく制御していた。どこかに飛び出していきそうなときは首根っこを掴み、話が止まらないときはやんわりと話を切り、興奮が冷めなときは落ち着くようにと窘める。その手腕のあまりの見事さにリオスは目を丸くした。本当に同い年なのかと疑いたくなる。
手を振って去っていく二人を見送り、エルトも家路につく。
校門を出て学校の塀に沿って歩くと、曲がり角で青年が二人待ち構えていた。エルトはげっ、と眉根を寄せた。
「迎えはいいって言ってんのに」
「転校生が来ると聞いてたんで、心配になって。大丈夫でした?」
背が高く短髪で精悍な顔立ちの青年がエルトと視線を合わせるために屈みこみ心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。校長先生がちゃんと身元は調べてくれてるんだろ」
「それでも、やっぱり心配なものは心配なので」
同じく背が高いが、こちらは幾らか中性的な顔立ちの青年が、同じように屈みこんで顔を覗き込む。頬にかかる少し長めの髪がはらりと落ちる。
「二人とも屈むな! 俺は小さな子供じゃないぞ!」
「はいはい」
二人は適当に返事をして立ち上がる。
どんなに凄まれたところでエルトはランドセルの似合うかわいい子供だ。だが本人にそれを言うと怒られてしまうため、いつも言葉を呑んでいる。
「朝、二人が保護者と一緒に入っていくのを見たんですけど、保護者はただものじゃなさそうだったな。双子ちゃんはどうでした?」
精悍な顔立ちの青年、
「どうも何も普通だったよ。学校に来るのは初めてらしくてすごく楽しそうだった」
「そうですか。他国から来たらしいけど学校制度がないところから来たんですかね」
「いや、保護者の人が護身術かなんかの先生で、あちこちを修行して回ってるのにずっとついて行ってたんだって。勉強はその師匠が教えてくれてたらしい」
「それはそれは」
中性的な顔立ちの青年、
「孤児だったところを引き取ったと聞いてましたけど、修行の途中で出会った孤児を引き取って育てるなんて、なかなか男気のある人ですね」
三人の関係は学校の校長から話を聞いている。身元の保証まではできないが経歴を詐称している様子はないとのことだった。
エルトは首を傾げる。
「二人の話だとちょっと変わった人みたいだけどな」
「どんな風に?」
「なんかよくわかんないけど、すごい『なるしすと』? っていうやつだって」
「そんなにいい男だったんですか?」
「顔はすごい美形だった。なるしすとって顔がいいってこと?」
二人の青年は顔を見合わせる。
柳士が顎に手を当て考えるしぐさをする。
「自分に対する評価が異様に高い人の事、かな。あまりいい意味で使う人は少ないので、安易に人に言わないほうがいいですよ。仲のいい人同士で冗談交じりに言う人はいるかもしれないけど」
「なるほど。気を付ける」
双子と師匠の間だからこそ言える言葉なのだなと、リオスは真面目な顔で頷いた。柳士と翠虎はこの素直さがたまにかわいくてたまらなくなるのだが、それもエルトには内緒だ。
「まあ、何もなさそうだとは思いますが、気になることがあれば絶対に言ってくださいね」
「遠慮は無しですよ」
二人同時に顔を覗き込まれ、リオスは頬を膨らませる。
「だから、覗き込むな! 聞こえてる!」
夕日に照らされた帰り道に平和な笑い声が響いた。
「やっと寝たか」
リオスもツクヨも見たことがないほど興奮し、まだ夜の八時だというのに電池が切れたように寝てしまった。
学校の力は恐ろしい。これほどまでに子供を興奮させるとは下々の人間もなかなかやるものだ。
どんなクラスメイトに話しかけられたのかもわざわざ聞き出すまでもなくリオスがすべて話した。なかなか隠し事のできない性格なのはいいことだが、あまりにも何もかもを明け透けに話しすぎて将来が心配になってくる。興奮した様子のまま横からリオスの言葉足らずなところを補完するツクヨもいつになく楽しそうだった。ツクヨのその様子はなかなか感慨深かった。いつもリオスが暴走して話すため話したくても話せないことが多いツクヨにとって、たくさんの子供がいる環境が吉と出るか凶と出るか心配していたのだが、楽しそうな様子に少し安心した。同じ目線で話ができる友達が一人でも多くできるといいのだがと、すやすやと眠るツクヨの頭を撫でる。
権蔵は冷蔵庫を覗き、次の日の朝食の下ごしらえをしながら自分の身の振り方を考える。地域に溶け込むために仕事を探さなければならない。貯金を切り崩して生活していることにするのもいいのだが、それではこの国にどのくらい二人にとって生活する利益があるのかを見極めることができない。
仕事として護身術の道場を開いてもいいのだが、この国に基から根付いている護身術と権蔵が教えることのできる護身術はあまりにもかけ離れていた。権蔵が教えられるのは体力作りや格闘技のようなものではなく、もっと実践に近い、相手の動きを封じ必要とあらば命も取れる護身術だ。見栄えもしないし格好いいわけでもない。大衆受けはしないだろうと思った。
それに、誰も知らない技のほうが子供二人に何かあったときに身を守りやすいかもしれない。リオスとツクヨには自分の身を守るための護身術は仕込んである。
となると、自分で勉強用の塾を開くかすでにある塾の講師につくか。だがツクヨとリオスに集中したいため、あまり日常生活まで差し出すような仕事にはつきたくない。
考えてみれば、この国に長く居るかもわからないのだ。あまり根付くような仕事はやめたほうがいいかもしれない。
仕方ない、明日は町中をぶらぶらとしてみるか、と権蔵はため息をついた。
「しかし、エルトか」
少し釣り気味の大きく勝気なエルトの瞳を思い出す。一般市民とはどこか違う気がする。仕草に洗練されたものを感じたのだ。指先の動きにまで気を使っている。日常的にそう躾られているのかもしれないと思ったが、外でたまたま遭遇した食事の時の様子からすると、一緒にいた二人は年こそ上なようだが立場的には子供のほうが上のようだった。無意識に身につくような厳しい教育をしてるとは思えない。
害になるとは思えないが、注意をしておこうと思った。
次の日、朝食をきれいに平らげ二人は学校へと出かけて行った。送っていこうかとも思ったが道順はばっちり覚えているとの事だったので信じることにした。二人一緒なのだしもし何かあっても何とかするだろう。
一通り洗濯や掃除をしてしまうと周りに人がいないのを確認して玄関周りの雑草を力を使って一掃した。抜いた草を玄関横に積み次のごみの日に出しやすくする。
藪の中のようだった玄関の門から入口までがだいぶすっきりとした。一気にやると怪しまれてしまうだろうと週に一度くらいで少しずつ家の周りは綺麗に片付けるつもりだ。
何も盗まれるようなものは無いが、念のためにカギをして権蔵は出かけた。
短時間でできる仕事を探しに散歩がてら町中に徒歩で向かった。何もない田舎町だが朝は畑仕事をする人で少し活気がある。果物には詳しくないが今が収穫時らしい。何かの赤い実を手でもぎ取っている。もう少ししたら店に並ぶだろうか。買ってみよう。
四十分も歩くと小さな商店街にたどり着く。どれも小さな店だが活気があり皆楽しそうだ。職業紹介所を覗くのもいいが、実際の店を見てから決めたい権蔵は従業員募集の張り紙を直接貼っている店を探しながら歩く。ふと、ガラス戸に従業員募集の張り紙が貼ってあるのを見つけ、詳しく見るために寄っていく。ふといい香りが漂う。店先に生花が並んでいるのを見るとどうやら花屋のようだ。
(ふむ、花か)
全くもって自分にふさわしいではないか、と権蔵は満足げに頷く。花のような容姿の自分が綺麗に咲き誇る花を売るなど、お伽噺のようではないか。
町の小さな花屋では売り上げも大したことはないだろうし稼げるとも思えないが、町に慣れるまでの腰掛にはちょうどいいだろう。
花屋に足を踏み入れると、髪を一つに結んだ三十代の女性が一人カウンターに立ち、花束を作っていた。
「すみません。そこの張り紙を見たのですが」
「え、あ、はい! 従業員募集のですか!?」
女性は手が離せないのか、花を手にしたまま権蔵に顔を向ける。
「すみません。ちょっと待ってくださいね。今、花束の注文が入ったものですから」
「はい。待ちますが」
権蔵はカウンターに向かい女性の前に立つ。女性は平均より背が低いようで頭が権蔵の胸辺りに来る。
「見ていてもかまいませんか?」
「はい、どうぞ」
女性は焦りながらも承諾してくれた。
花の名前は判らないが青を基調とした大輪の花と白い小さな花を組み合わせ、外側を大きな葉で飾り付けるような花束だった。
なかなか美しい。
「花を選んだのはあなたですか?」
「はい、色の指定はあったのであとは私の選定です」
「美しいです」
「あ、ありがとうございます」
女性は照れながらも礼を言った。顔は信じられないくらい整っているが、なんだか変な男だと思った。
花に向かって正面切って美しいという男はなかなか見たことがない。自分の顔が整っていると褒めることにも抵抗がないのだろうか。
花束を作るところを穴が開きそうなほど権蔵に見つめられ女性は手元が緊張で狂うのを必死に抑えながらなんとか花束を完成させた。
「完成ですか」
「はい」
「とてもいいですね。この花束を持った人はきっと五割増しで美しく見える事でしょう」
女性は吹き出しそうになった。
そんな感想をもらったのは初めてだ。
「褒めてくれてありがとうございます。でもそれ、お客さんには言わないでね」
「む、確かに。決して人を落としたわけではないが勘違いされることもあるか」
権蔵は素直に納得した。
昔、あまり顔の良くない女性がとても似合う服を着ていたためその服のおかげでいつもより綺麗に見えると言ったところ、どうせ私は服以下ですよ、と低い声で言われたことがある。褒めたのになぜ、と思ったものだ。
「えっと、うちで働いてくれるんですか」
「そちらがよければお願いしたい」
「この花束をお客さんが取りに来るまであと十五分あるんです。面接しましょう」
女性は店の中央に設置してある小さなテーブルを掌で案内する。カップを二つ置いたらいっぱいになってしまいそうな小さな白いテーブルと、鉄製の唐草模様を思い起こさせる柄が施された白い椅子が二つ並んでいる。
女性は名前を花籠 杏子(あんず)といった。
旦那と死別し、今は一人で店を切り盛りしているのだと言っていた。流石に一人では手が足りないため従業員を一人募集していたらしい。
仕事ができる時間帯、希望の休みなどを話し合い、権蔵はお試しに働いてみるという話になった。花束に髪の毛が入るといけないため、髪を結ぶようにと言われたが他は何も特に言われなかった。
なかなかに感じのいい女だった。少なくとも無体を言うようには見えなかった。権蔵はほっと息をつく。いつも人を選ぶほうだったため選ばれるという経験が少ない。全く気にしてるつもりはなかったが少し緊張していたらしい。これから人を統べる人間を育てようというのに情けないことだ。
近くの八百屋で買い物をして人目がない路地裏に入ると壁に家に通ずる道を開く。人の気配が全く無いのを確認して壁に身を滑り込ませると居間の壁から家の中へ帰りつく。靴を抜いで玄関に揃えて置くと玄関とは逆側の居間のガラス戸へ向かい庭に出た。木造りの縁側があり天気がいい日などは日向ぼっこができるだろう。権蔵は縁側に足を踏み出した。ギシリと軋む音がする。
庭はかなりの広さがあり、隣の敷地との境界も生垣が高く作ってあるおかげで人目にはつかない。と言っても周りは空き地で隣人も居ないためあまり気にしなくていいのだが、遠くから見える環境だと、何のタイミングで見られるか油断できない。高い生け垣は権蔵がこの家を気に入った一因でもあった。
権蔵が腕を一振りするとガラス戸から右側に三畝ほどの簡単な畑ができあがる。あとは種を買ってきて植えれば野菜には困らないだろう。畑は二人に耕させようと思っていたが、この調子では時間がなさそうだ。二人とも山育ちで畑は初めてではないから手がかかることはないだろうが、耕す時間ができるのを待っていたら種をまくタイミングを逃してしまうかもしれない。耕すのは次の季節に落ち着いていたらやらせよう。
部屋の中に入ろうと踵を返したところで突然バキッと大きな音がして足元をすくわれる。
「わあ!」
一瞬で権蔵はひっくり返った。背中から庭に落ちもんどりうった。
「……痛っ」
足元から転がるなど何百年ぶりか、あまりのショックに権蔵はしばらく目を見開いたまま動けなかった。その内尋常ではない痛みが足を襲った。
何事かと足を見るとふくらはぎのところに見事に木が刺さっている。怪我をするのも数百年ぶりだ。こんなに痛いものだっただろうか。
小さく呻きながら何とか力を使って木片を抜き、元通り傷のない足に癒す。そういえば縁側は修理していなかったことを今になって思い出す。古い建物とはこんなにも危険なものなのか。
権蔵はまた腕を一振りして縁側を新品同様に修繕する。黒く木目の美しい縁側は建物が古いためそこだけ異様に浮いてしまったが、外から見えるわけではないしもうどうでもいい。とにかく抜けない縁側になればそれでいい。
土の上に転んだため汚れてしまった衣服を綺麗に直し、権蔵は種を買いにまた出かけた。
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