第一話
確か五分ほど前にきれいに片づけたはずだった。
散らかっていたおもちゃは定位置に戻され、食べこぼしのクッキーのかすは奇麗に箒で外へと出されたはずだったのだ。
少し出かけてくると言い置いて家を出て、忘れ物をしたことに気付き家に戻ってくると、カラフルなブロックが床の一面まるで模様のように広がっていた。
「リオスー!」
怒声を上げると部屋の隅で静かに本を読んでいたツクヨがゆっくりと視線を上げる。
「師匠の気配を感じて逃げて行ったよ」
「逃げ足だけは早い! 片付けておくように伝えてくれ」
「はい」
何とか命を取り留めた二人はすくすくと大きくなった。最初は臓器が弱っており,
まともに食事もできず、二人を拾った国とはは違う小さな村を見つけ弱った子供に食べさせるものを教えてもらいながら、しばらくはしたことも無い料理と格闘することとなった。一年もすると体調も良くなりそうなると体力もどんどんと増え、三年経った今では立派なクソガキに成長した。
二人とも自分の年が分からず、取りあえず二人とも七歳ということにした為、今年で十歳になる。誕生日が欲しい、誕生日が無いのはおかしいとせがまれ面倒くさかったので七月二十日にした。二人を拾ったのがそのあたりだったような気がするからだ。連れて行った村で誕生日を祝ってもらう子供を何度か見たことがあり、羨ましく思っていたらしい。
男の子にはツクヨ、女の子にはリオスと名付けた。将来人の世界に帰すことを考え自分のことは師匠と呼ばせることにした。歳を取らない自分を父と呼ばせると後々、支障が出てくるが師匠と呼ばせておけば歳がどうだろうがそう違和感は無い。
ここ数年で二人を拾った国とは違う国をいくつか見つけることができた。
あちこちで国を建て、独自の文化を築いている国が昔より格段に増えていた。国同士の交流はあまりないらしく、各国で法律も治安も制度もかなり違う。
一番栄えている町では本屋が充実しており、学問もかなり進んでいて今まで知らなかった化学や数学も発達していた。偶に教えながら自分の方が没頭してしまい「帰ってきて師匠」と子供に言われる始末だ。
「師匠は本当に勉強が好きだなぁ。教えてる途中で僕たちの事忘れちゃうなんて子供みたーい」
呆れたようにリオスに言われ、歯噛みする。子供とはかように生意気な生き物なのだろうか。一度教育がおかしいのではないかと、恥を忍んで最初に助けを求めた村に聞いてみたことがある。返ってきた答えは子供なんてどこもそんなもん、という何の参考にもならない返答だった。だが、そんなものだと言われてしまえばそんなものなのだろう。悩むだけ無駄なのだと納得することもできた。
昔、部下たちがバカ息子が、バカ娘が、と盛り上がっていたのを思い出す。大して中身も無い話によくそれ程楽しくなれるものだと思っていたが、なるほど愚痴りたくもなるものだと今ようやく理解する。
だが、子供たちは人並み以上に優れた人間に育っているという自負はある。たまに町で見かける子供を観察しては、ツクヨとリオスの方が立派に育っていると実感し満足した。しかし、いつまでも家でばかり勉強もしていられない。人の中に入り人との接し方を学ばなければ将来人を率いることができない。まだ二人の未来は漠然としか見えていないが、非の打ちどころのない自分が育てた子供がその辺の平々凡々な子供と同じ道を歩むはずがない。選ばれた地位で選ばれた道を選ぶに違いないと微塵も疑いはしなかった。
来たばかりの頃は手が触れただけで飛び上がり、言葉も発することは無く口から洩れるのは意味のない唸り声や叫び声ばかり。食事は手で掴み口に入るだけ詰め込むという獣以下の二人だったが、一緒に生活する中で常識を覚え、少しずつだが人としての普通の生活を取り戻すことができた。今では少しも溢すことなく食事をすることもできるし、箸の使い方スプーンの使い方もフォークの使い方もどこに出しても恥ずかしくない。
買い物や祭りに参加したりと他人に慣れる練習を重ね、今では誰とでも普通に接することができるようになった。突然後ろから話しかけられたりすると未だに飛びのく程驚くが、相手が不信さに眉根を寄せる程ではない。せいぜいビックリさせがいのある奴だくらいに思われるだけだろう。
学校に行かせなければと思った。あちこちの国を見て回ったがかなりの確率で学校がある。子供は学校で学ぶものだというのが今の世界の常識らしい。貧困層や家庭に恵まれないものはそれの限りではないが、大半が同年代の中で勉強をしている。ということは将来的に学校に通っていた経験が必要になってくるという事だ。
下手な教師より自分の方が確実に色々なことを効率よく教えることができるが仕方がない。善かれ悪しかれ経験だけは経験しないと手に入らないのだ。
大陸中を探し回り、東の果ての海に面した小さな国を見つけた。穏やかで諍いも無く奴隷制度も存在しない比較的平和な国だ。名前を水地(みずち)の国と言う。
水に囲まれた国だから、という安直な国名も嫌いではない。囲まれているとはいっても海に面して大きく張り出した面の方が多く一方は大きな川が流れているだけなので、隣国はそう遠くはない。そこで学校に通わせようと決めた。三人で住むには十分な家も見つけることができた。
少し郊外になるが、町まではそんなに離れていない静かな木造りの家だ。大きめの玄関に十二畳程の広さの居間と独立した台所。部屋は四つほどあり物置も押し入れも別にある。面積は広くないが家庭菜園が出来そうな庭もついている。かなりの優良物件だ。詳しくは分からないが築年数が百年以上あるらしく雨漏りもすれば虫も出るし、あちこちガタが来ていて強風でどこが飛んでもおかしくないからと格安で売っていた。普通の人間ならば大変だろうが、この程度なら持っている力でいくらでも修復できる。何も問題はない。
この国では自分のような力を持った人間は皆無のようだった。なるべく周囲にばれないように、少しづつ直していくつもりだ。昔は異質な力があった所で神に愛された力だと重宝がられることの方が多かったが、ツクヨとリオスを連れて様々な街に行くと異質な力を邪悪だと決めつける人間もいることが分かった。魔女狩りなどという言葉まで見つけ驚愕したものだ。
便利な力は使えばいい。それだけの事なのにこの狂気としか言いようがない恐怖の示しようは何なのか。しばらく関わらなかったうちに人間の本質まで変わってしまったのだろうか。文化が違えば同じ言語を話したところで意味は通じない。
だが、憂いてばかりでは何も始まらない。この平和な国も合わなければ違う国に移ればいいだけの話だ。
「今日からここに住むのー?!」
「そうだ。はしゃぐな。片付けが先だ!」
「えーお腹すいた~」
言われて時間を見てみれば、確かに昼食の時間だ。ガタついた玄関を不思議な力を使い手を一振りするだけで簡単に修復し、荷物を玄関に下ろす。
「仕方ない。昼食を食べに行くぞ」
二人はその言葉に手を上げて喜ぶ。この国は外食が盛んなようで、自宅で料理をするための鮮魚や野菜を売ってい店もあるが、それ以上に定食屋が多い。しかも美味ときている。外食と手料理と半々くらいにして、二人に料理も仕込むつもりだ。自分で自分の腹を満たすことは人の上に立つ上で必須条件だと思っている。世の中には理不尽な毒殺がある。自分も何度か入れられた経験があるが、完璧なこの身体にとっては毒など敵ではない。だが、この二人は普通の肉体だ。部下をもつ立場になったときは用心するに越したことはない。
「あと、二人とも、今日からの名前は憶えているな」
二人はお互いを見てうなずいた後、リオスが元気に口を開いた。
「大丈夫!苗字ってやつでしょ。私たちは
名字も名前も特に意味はない。事前調査に来たときによくある違和感の無い馴染みやすい名前を調べておいて、その中でこれならと気に入った名前をつけた。
「関係を聞かれたら?」
今度はツクヨが口を開く。
「僕たちが双子の兄妹で師匠が遠い親戚で私たちを引き取って育ててくれている。私たちの両親は病気で亡くなってて、苗字があるのはご先祖様にこの国の人がいるから!」
「よろしい、では行こうか」
「やったー! お腹空いたー!」
「はしゃぐなよリオス。恥ずかしいだろ」
「なによ。ツクヨだってお腹空いてるくせに」
「お腹が空いてるのとみっともなくはしゃぐのは別問題だ」
「どんなにカッコつけてても無駄よ。さっきお腹が鳴ってるの聞いたんだから」
「別に僕はカッコつけてない!」
「はいはい行くぞ」
言い争っている二人の背中を強引に押すと、玄関のドアを閉めて鍵を閉める。子供の謎の言い争いにも最近は慣れた。そうだ、二人のために合いカギも作らなければならない。
移動のための自転車も必要だ。まだまだ揃えなければならないものがある。
歩いて二十分程の場所に定食屋を見つけた。外観もきれいに整えられており入り口に下げられているメニューも豊富だ。
「ここにするか」
「わーい、ご飯だー」
決めた瞬間、二人で我先にと店に入って行く。
「こら、走るな!」
「りょうかーい」
二人で声をそろえて叫び、立ち止まる。さすが教育が行き届いている、と満足し空いてる席を探す。店内は使い込まれているが綺麗に掃除されたテーブルが立ち並び、全体的に年季の入った内装となっている。三席ほど客が座っていた。いずれも親子連れなのを見て安心する。子供も大人も食べられるものを提供している証拠だ。
住む事を決める前に下見は十回以上来ているが、それはあくまで下見でしかない。子供達を連れて本格的に住むとなると下見の時とは違う緊張感がある。子供に対してどのような影響があるのか実践してみないと解らないことが多い。
二人の子供には口が避けても言えないが、下町に住むのは生まれてはじめてだった。いつも町を見下ろし管理する立場だったため、大衆食堂など入ったことすらない。自分の住み処の管理も町を去り一人になってから初めてやったことだ。それが誰かと町に住み普通の生活をするなど、正に考えても見なかったことだ。だが、この私にできないことなど無いという自信がある。
こんな生活、一ヶ月もあれば完璧に慣れてみせる。余裕だ。例え今は多少ハラハラしていてもだ。
だが、だからといって二人の前で無様な姿は晒せない。まるで生まれたときから下町で暮らしているかのようなの堂々たる態度を取らなくては師匠という呼び名が浮いてしまう。
メニューを開くと十品程の定食と、二十品程の単品が並んでいる。セットでもいいし好きなものを合わせて食べてもいいようになっている。
「何を食べるかメニューを見て決めなさい」
「えーどれにしよう」
「僕はハンバーグ」
ツクヨは大きなハンバーグが乗った定食を指す。
「リオスは?」
「わたしはねーえっとーハンバーグ」
リオスも同じ定食を人差し指で示す。
「同じものでいいんだな」
二人ともこくりと頷く。権蔵は手を上げて店員を呼ぶと、ハンバーグ定食と焼き魚定食を注文した。メニュー表をテーブルの隅に立てかけながら入口の方を見ると、続々とお客が入店している。どうやら人気の店らしい。
入店する客の中に、男二人とツクヨとリオスと同じ年頃の男の子を一人連れた三人組が居た。男二人は若く子供がいるようには見えない。どのような関係かは見ただけでは分からなかったが、子供の方がもしかしたら学校で同級生になるかもしれないとふと思った。すぐ後ろの席に着いた三人組は慣れた様子で注文する。
子供は権蔵と同じ魚定食を頼んでいた。子供にも人気のメニューとは食べるのが楽しみになる。
「また魚ですか。肉を食べないと背が伸びませんよ」
おっとりとした声の男が、呆れたように子供に話かける。
「何言ってるんだ。魚を食べると頭がよくなるんだぞ」
「バランスよく食べればいいかもしれませんけど、この一週間ばかり魚ばかりじゃないですか。いくら何でも魚を頼りすぎです」
「いいんだよ! 俺は魚が好きなんだ」
「言っておきますけど、魚を食べるだけではテストの点は上がりませんよ」
「いいの!」
子供は意地になってるようだった。
しかし妙な三人組だと思った。大人が敬語を使い、子供がため口をきいている。どこかの偉い貴族か何かの子息と使用人かとも思ったが、それにしては態度が砕けすぎているし、こんな大衆食堂で食事をとること自体がおかしなことだ。
だが、権蔵はこの土地に来たばかりで勝手が分からない。この国では後ろの三人のような関係が珍しくもないのかもしれない。
「体に悪いものを食べてるわけでもなし、いいんじゃない」
二人の仲を取り持つように、低く落ち着いた低い声がする。
「そうやって甘やかすから、訳の分からない流言に乗っちゃうんじゃないですか」
「かわいいじゃないか。魚を食べると頭がよくなるなんて本当に信じてるんだから」
「お前も馬鹿にしてんじゃねえか!」
権蔵は叫ぶ子供に同情した。今のは確かに馬鹿にした発言だった。
「え、そんなつもりは……本当にかわいいと」
「もういい! 魚食べてとっとと帰るぞ」
権蔵は吹き出しそうになるのをぐっとこらえる。
子育てを始めてから笑いのツボが浅くなった気がする。昔はこれしきの会話では眉すら動くことは無かったのに。それを劣化ととるかどうかは難しいところだ。
そうこうしている間に注文の品が運ばれてきた。白ご飯から湯気が出ており腹がなりそうなほど美味しそうな匂いがしている。
いただきますと元気に叫ぶと二人とも箸を手に取り、食べはじめた。
「ししょー! これ美味しい!」
二人とも食べながら満面の笑みを浮かべている。確かに料理は文句なしの美味しさだった。
「また食べに来るか」
そう聞くと、二人とも口のなかを一杯にしながら何回も頷いた。
最初の店で当たりを引くとは幸先のいい話だ。これからの生活が楽しみになった。
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