ひとりとふたり

ひとりとひとりとひとり

 全てを手に入れた。

 力、権力、富を持ち眉目秀麗で頭脳明晰。世界に並ぶものなどいない、この世に存在するものは全て己より下の存在になった。

 四百年程、国を治めた。周りは皆頭が悪く終ぞ並び立つ者はいなかった。暴君ではあっただろうが、国が傾くことはなかった。そして不意に、国を治めることに飽いた。

 国を治めたいものがあれば好きにしろ、と言ったら何人かが名乗りを上げたため好きに決めろと言い残し国を出た。統治の仕方や戦への対処法、商売のコツなどは全て本にまとめてある。見ながらでもがんばればなんとか治められるだろう。素人ばかりの国ではないのだから。

 そのまま人が立ち入ることのない深い森の中で一人気ままに過ごした。

 言葉を忘れそうなほどの時が経った頃、人の世はどうなっているのだろうかとふと気になった。滅んでいるだろうか、それとも繁栄しているのだろうか。

 興味が湧き久方ぶりに森を出た。

 まず、以前治めていた国の辺りを目指した。たどり着くと国は無くなっていた。残骸すら無く鬱蒼とした森がどこまでも広がっていた。

(無能ばかりだったからな。仕方のないことか)

 もし繁栄していたら、と思っていたが過ぎた望みだったらしい。

 それからしばらく空から集落を探していると、城のような建物を中心に広がる恐らく国として機能しているだろう場所を見つけた。

(ほう。これは)

 昔治めていた国より微かに大きい。どのくらいの月日が経ったのか定かではないがそう短くない時の中で人間も学んだものだと感心する。

 せっかくだから入り口から入ってみるかと思ったが門番らしきものが目を光らせている。門を行き来するものは何やら通行証のようなものを門番に渡しているのを見ると、身一つで門から国に入るのは無理そうだ。

 人の目に映らないように体を消し、人気のなさそうな路地を空から見つけるとそこに降り立つ。通りを覗くと皆、清潔な格好をしていた。物乞いや路上生活者は見当たらない。なかなかできた国だと思い、通りを歩く人間の服装をまねて身に纏うと、姿を消すのを止め路地に出て人波に混ざる。

 建物はレンガ造りが多く、石畳の道もホコリやゴミも少なくきれいに保たれている。道行く人々も活気があり、知らずに気分が高揚した。

 しばらく歩くと商店が居並ぶ路に出た。見たことのない果物や料理を売っている。

 手に取ってみたいが通貨を持っていない。買い物をする人の手元を見てみる。出しているコインは金属製に見えるが、偽金を流通させて騒ぎを起こすわけにもいかない。手に取ることができれば本物と同じものを生成できるのだが盗むわけにもいかないし、何とか落ちている通貨がないかと下を向き歩きながらうろうろしていると、細い路地に子供が一人蹲っているのに気付いた。

 手足はやせ細り服というより破れて汚れたぼろ布をただ纏っているだけという有様だ。

(孤児か?)

 近付いてみるとしばらく身体を洗っていない饐えた匂いが鼻を突いた。奇麗で整った国だと思ったがそうではないらしい。以前治めていた国では家のない子供は一人も作らなかった。どうしても孤児や捨て子は出てしまうものだがその分受け入れ場所もしっかりと作っていた。だがこの国は放置する方針らしい。

「どうした」

 声を掛けてもびくりとも反応が無い。手足は枯れ木のように細く、黒く汚れている。

「家は無いのか?」

 更に声を掛けてみるが指先すら動かない。聞こえているのかも疑問だ。

 何か反応があるかと抱え上げてみる。年のころは四、五歳くらいだろうか。長い間栄養を取っていないならまだ年上の可能性もある。

 しゃがみ込み足に座らせるようにしても全く反応が無い。手足をだらりと下げたまままるで人形の様だ。死んでいるのかとも思ったが息はしているし、死臭は感じない。顔を覗き込むと頬は扱け皮膚は所々めくれ、殴られたような痣が散見している。

(私の国でこのようなことをすれば死罪だな)

 その場に捨て置くこともできずに子供を抱きかかえたまま歩いていると、一人の女とすれ違った。

「すまないが少しいいか」

「はい?」

 話しかけられ振り返った女は腕に抱えた子供を見て小さく悲鳴を上げた。

「そこの路地でこの子供を拾ったのだが、どこか治療をしてくれるようなところはあるか?」

「さぁ、知りません」

 汚いものを見るように眉根を寄せて女は答えた。

「では、近くに川はあるか?」

「川? ここを真っすぐ行ったところの公園の中に小さな小川がありますけど」

「わかった。礼を言う」

 女の不審な眼差しを気にすることなく、言われた通りに歩くと緑豊かな公園に出た。水の気配を辿ると小さな川に出た。どうやら国を囲う塀の外から水を引いている人口の小川のようだ。本物を模して造られた川はよくできており、川幅は三メートルほどで深さは膝まで、子供の遊び場にはもってこいのようだが時間のせいか人影は少ない。太陽は今真上にある。丁度昼ご飯の時間だろう。

 川の水に子供を浸して汚れた皮膚を手で擦る。土や垢がこびり付いていてなかなか思うようには落ちないが、黒ずんだ皮膚が肌色を見せるくらいには汚れを落とすことができた。汚れで固まった服が多少柔らかくなったところで服も全て脱がせた。女の子だった。顔や髪を洗うと隠れていた顔立ちが少しわかるようになった。子供らしい頬の膨らみも無ければ無邪気な寝顔でもなく、造形の美醜もわからないがどこか女の子らしさを感じた。ある程度全身を洗ったところで腕を一振りすると手に白い布が現れた。それで子供を全身が隠れるように包みこむと、腕に抱いて街中の探索を始める。

 一時間ほど、回った中で同じような子供を三人程見つけたが、内二人は既に死んでおり一人だけ生きていたため同じように洗い白い布で包む。今度は男児だった。歳は恐らく二人とも同じだろうと思う。

 男児を拾う前に道を行く恐らくこの国の宗教者だろうと思われる人物に声を掛けた。明らかに道を行く人間とは着ているものが違う上に、背筋を伸ばし悠々とした足取りで街中を見回るように視線を動かしている。深緑色で統一された腰を絞らず足首まで流れるような衣装を着ている。

「少し聞きたいことがあるんだが」

 声を掛けると、男はニコリと微笑み足を止めてくれた。体ごと向き直りなんでしょう、と先を促す。

「この子供はなぜ放置されている?」

 道の端に隠れるように倒れている男児を指差しそう問うと、足を止め年の頃四〇代であろう男は慈悲深い優しい笑みを浮かべた。

「旅のお方ですか?」

「そんな所だ」

「子供連れで大変でしょう」

 白布に包んだ子供を抱きかかえているのを見て、見下すのではなく本心から同情するように目を細める。その視線には愛情を感じ取ることさえできた。

「そう大変でもない」

「それは素晴らしい。私にも子供が居るのですが、なかなか言うことを聞いてくれませんし、毎日奮闘ですよ」

「そうか。子供が道に捨てられているのを見た。理由を知らないか」

「ああ……」

 話を戻すと男は苦笑した。男はあまり答えたくないらしく、少し考えてため息交じりに話す。

「その子供は、神に見捨てらてた子供です」

「犯罪者の子供か何かか」

「いいえ、過去がどうであろうと、親になれば子供を育てようとするものです。この子供はそんな親の元に生まれることができなかった。生きることを生まれた時から許されなかった子供です」

 男の言うことは意味が解らなかった。言葉は解るが何を言っているのか内容が理解できない。

「病気か? それとも孤児か?」

「いいえ、親はいます。持病があるかは知りませんが、言葉の通りですよ。この子供たちは子供を愛情深く育てる家に生まれることができなかった。親を持ちながら生きることを神に祝福されずに誕生してしまった子供です。この子供は親からこのような仕打ちを受けているのです。それはこの子供の持つ宿命です」

 男は眉根を寄せ目を閉じ、祈るように手を胸の前で合わせる。まるで自分は心を痛めているのだと見せつけるように。

「ああ、なるほど。つまりこの子供は生まれた時から運が無かったからどうなろうと知ったことではない、ということか」

「いいえ、違います」

 男は慈悲深い笑みを浮かべる。

「これは試練なのです。神が許せば生き延びることでしょう」

「もし、誰かがその子供を引き取り育てたらどうなるんだ」

「親が生きている限りそれは許されません。親が居る限り子供は親が育てるものなのです」

「だから放っておかれているわけか」

「放っているわけではありません。旅の方にはわからない事でしょう。神の思し召しはすべて意味があるのです」

 その決まりが宗教観なのか国の方針なのかがわからないが、馬鹿な話だ。この国でこの子供が生き残るには食べなくてもいい体と教育をしなくても育つ脳を持たなくてはいけなかったらしい。

 男は子供を抱いている男にに憐れむような視線を向けてくる。神の意志とやらが理解できない人間をさぞや気の毒に思っていることだろう。

「時間を取ったな、礼を言う」

 会話をするのも馬鹿馬鹿しくなり、それだけ言うとさっさとその場を離れた。目の前で子供を拾い上げて人攫いだ神に背くだなんだと謎の理論を振りかざされては面倒だと思い近場を一周して同じ場所に戻ると、誰も居ないことを確認して倒れていた子供を抱き上げた。子供は細く息をしていた。


 白い布に包まれた子供を二人河原に寝かせ、これからどうしようかと逡巡する。計らずも助けた形になってしまった。どこか別の国を探して子供たちを預けるところを探すのが一番の手だろう。

 離れたところで子供の遊ぶ声が聞こえる。町は整い一見何も憂いは無いように見える。このような大きな国を作り上げるとは、人も進化したものだと思ったのにとんだ勘違いだったようだ。だからと言ってこの国の上に立ち再度、国造りをするのは面倒だ。本当に飽きたのだな、と自分を再確認した。このもやもやとした気分を一掃するために一番手っ取り早いのは、先ほどのような男もすべて纏めて国ごと破壊してしまえばいいのだろうが、それも面倒くさい。

 目も開けない子供二人を見ながら、そういえば普通に子育てをしたことが無かったな、と思い至った。国を治めている間、妻も子供も作らなかった。跡目争いがこの世で一番意味のないことだと知っていたからだ。全てに置いて何も劣るものが無い自分が永遠に統治した方が何もかも丸く収まる。結局飽きてしまい永くは続かなかったが、少なくとも男が統治する間、飢饉も戦争も反乱も起きなかった。

(育てる、か)

 経験のないことに挑戦するのは嫌いではない。きっと完璧にこなせることだろう。そのことを自分で自分に証明するのも悪くないかもしれない。

(やるか)

 二人を抱えると、その場から空に飛び立つ。

 山には食べることのできる食材が山ほどあるし、勉学は自分で教えることができる。生活に必要なものがあれば色々な国で調達することもできるだろう。

「子育てか」

 やらなければならない事があるのは本当に久々だ。高揚する感情に突き動かされるように半死半生の子供を抱きしめる。子供がいる世界は想像がつかない日々だ。

 自覚は無かったが、あの時は確かにウキウキしていたな、と後になって思った。

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