【 第6話: 別れ 】


 それから私たちは、毎日あの町が見下ろせる談話室で会うようになった。

 彼はとても穏やかで、真面目で誠実。でも、たまに冗談を言ったりする。


 彼の両親は、あの津波で二人とも亡くなったと聞いた。

 それでも彼は、しっかりと前を向いて歩んで行こうとしている。


「僕、医者を目指そうと思ってる」


 彼は目を細めると、テーブルの上に組んだ両手を乗せ、窓の外のオレンジ色の夕日を見つめながらそう言った。

 沢山の人が犠牲になったあの津波。

 自分にも助けられた命が沢山あったんじゃないかと、彼は言う。


 そんな彼の真っ直ぐな瞳に、私は次第に惹かれて行ったんだ……。



 ――そして、ある日。

 突然、彼が私の病室まで来てくれた。

 こんなことは初めてだ。


 ベッドの上に座っている私に、彼は左の手の平を差し出してくれる。

 私はその手の平に、そっと自分の手を重ね合わせた。

 そして、やさしく私を車椅子に乗せてくれると、そのままあの談話室まで連れて行ってくれる。


 そこで彼は、珍しく俯いた表情で、こう口を開いたんだ。


「僕、今日で退院することになった。水葉と話せるのも今日で最後……」


「えっ……?」


「僕、親戚の叔父さんの家に行くことになったんだ……」


 彼はここから遠く離れた叔父さんの家で暮らすことになったらしい。

 私は突然のことで、言葉が出てこない。


「今日まで、水葉と毎日おしゃべりできて楽しかった。水葉、ありがとう……」


「ありがとうなんて言わないで、涼太……。ふうぅぅ……」


 私は顔を両手で覆い、溢れ出る涙を止めることができなかった。

 瞳から零れた涙が、手の平に一つ、二つと落ちてゆく。

 せっかくお友達になれたのに……。


 この時初めて、彼のことが好きだったんだと、自分の本当の気持ちに気付いた。


「水葉……、僕が医者になったら、君を必ず歩けるようにしてあげる……」


 その言葉を残して、彼はいつもの笑顔に戻り、私に小さく手を振り、退院して行った……。



 涼太に何一つ、思いを……


 伝えらないまま…。



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