【 第4話: 生き残った意味 】


 私は幸運だったのかもしれない。

 津波で流されてきた流木や建物の破片は、一度プールサイドにある壁と金網に引っかかった。

 それにより、私の体に大きなダメージを与えるものが少なくなっていたと思う。


 更に、競泳用の水着姿でゴーグルもしていた。

 この状況の中、それが私にとって、せめてもの救いだったんだ。


 制服で津波に呑まれていたら、こうやって泳げていたかは分からない。

 目もおそらく開けていることは出来なかっただろう。


 私は力を振り絞って、懸垂幕を掴み、校舎の屋上へと上がった。

 津波の高さは、その校舎の屋上ギリギリのところまで到達している。


 屋上へ足をかけ、よじ登り、転がるように避難する。

 体を起こし、屋上の端に身を乗り出して、津波の様子を見た。


 すると、そこはまるで『地獄絵図じごくえず』のようだった。

 先生や先輩たちは、おそらくあの津波の中に呑まれてしまったんだと思う。


 津波の勢いは凄まじく、綺麗だった海岸やこの学校の校庭、裏山、近くの家々も全て呑み込んでいた。

 その流れは近くではとても速かったが、遠くの方ではなぜかとてもゆっくりに見える。


 やがて、その流れが一瞬止まったと思うと、今度は逆の方向、海岸の方へと流れが変わった。

 そう、引き潮のごとく訪れる『引き波ひきなみ』だ。


 その引き波の力も凄まじく、一旦流された家々や大木が、今度は向きを変え、反対方向へと襲い掛かる。

 地震に強いはずの家々が、いとも簡単に破壊され流されてゆく。


 車や電柱、大きな木々や壊された家の残骸がどす黒い津波の中で混ざり合い、海の方へと押し戻されてゆく。

 そうした光景を、私はただ見ていることしかできなかった……。


「痛いっ!」


 津波が収まり、自分を取り戻した時に初めて、左太ももに小さな木の枝が刺さっていることに気付く。

 私は刺さっている枝を引き抜き、足を押さえながらその場にうずくまった。



 ――その後、レスキュー隊に救助され、私は大きな総合病院へと緊急搬送された。


『ピーポー、ピーポー、ピーポー……』


 後で知らされたのは、先生や水泳部の人たちが行方不明であるということ。

 思春期だった私にとって、その出来事はとてつもない絶望だった。


 今も残る、あの時一瞬掴んだ先生の手の感覚……。


「うぅぅ……」


 それを思い出すと、手の振るえが止まらない……。


 病室のベッドの上で、左手を見つめながら、もう二度と戻らない人たちのことを想い、涙が止まらなくなった……。



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