【 第3話: 離れてゆく左手 】


 あっという間だった……。

 津波は、この海岸に近い学校へすぐに到達してしまった……。


 先生が私の元へ駆け寄り、プールサイドから手を伸ばした瞬間、津波は校庭を抜けて、私たちのいるプールの金網を一気に越えてきた。

 先生の左手を掴んだと思った時、泥水のような茶色と黒色が混ざったような津波が私たちを襲う。


 掴んだはずの先生の手もあっという間に離れてゆく。


「先生ぇーーーーっ!!」


 先生と私の声が、津波の音にどんどんかき消されてゆく。


「柏木ぃーーーーっ!!」


 濁流が押し寄せ、先生は5m、10m、15mと瞬く間に遠くへと流されて行った。


 汚れた水が容赦なく私を襲い、うねる様な水の力が地面の底から沸き上がってくる様だった。

 自分の力が自然の力の前では、本当に無力だということを思い知る。


 何も出来なかった……。

 津波に流されるがまま、プールの金網の上を越えてゆく。

 そして、3つある一番高い校舎の方へと流されてゆく。


 私は咄嗟に何かに掴まらなければ、このままどこまでも流されてしまうと感じた。

 先生の姿はもう遥か遠くの方へと消えていた……。


「ぷはっ、何かに……、ぷふぁ、何かに掴まらないと……」


 その時、ふと目に留まったもの……。

 校舎の屋上から掛けてあったインターハイ出場を祝う懸垂幕けんすいまく

 それは、辛うじて屋上部分の上だけはしっかりと止まっており、私はわらをもすがる思いで、それに必死にしがみ付いた。


 そして、濁流が押し寄せる中、その懸垂幕を力の限り掴み、流れに逆らいながら、水泳部で鍛えたそのキックで上を目指す。

 懸垂幕の紐が切れてしまえばおしまいだ。

 しかし、切れなければひょっとしたら、校舎の屋上へ行けるかもしれない。


 私は、一縷いちるの望みをかけて、懸垂幕を手繰たぐり寄せるように屋上を目指した。


「ぷはっ、こんな所で、私はまだ死ねない……。ぷふぁ、まだ、私には、やりたいことが沢山あるんだ……!!」


『ズザザザアァーーーーーーーーッ』



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