【 第2話: 逃げろ! 】


 私は丁度その時、フリップターンをしていた。

 そして、ストリームラインを気にしながら、水面から右方向に顔を上げると、何やら先輩と先生が慌てた様子で話をしている。


 何かあったんだとは思ったが、そのまま泳ぎ続ける。

 25mプールの丁度真ん中あたりで、プールサイドを走って行く人たちが見えた。

 先生と先輩は、何やら金網の向こう、海岸の方向を指差して叫んでいる。


 その時、微かに聞こえた言葉……。

 それは、「上がれ」だった……。


 私はまだ、意味が飲み込めていない。

 あと10mほどで400mの記録が出る。

 最後の力を振り絞って、泳ぎ切る。


(もう少し……!)


「ぷふわぁーーっ!」


 私は水面から顔を上げ、首を2回横に振り、水を弾き飛ばした。

 その時、耳に入ってきた音と声が


 それだった……。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』


「みんな逃げろーーっ!! 津波だぁーーっ!! 津波だぁーーっ!!」


 先生が大声を出して叫んでいる。


「えっ……?」


 先生はすごい形相で、プールに入っている人たちを次々にプールサイドへ上げている。

 上がった生徒たちは、慌てて学校の裏山の方へと走ってゆく。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』


 プールに入っているのは、あと私だけ。

 腹の底に響き渡るような低い音が、プールの底の方から伝わってくる。


「津波……!?」


 先生が私の名前を叫んでいた……。


「柏木っ!! 早くプールから上がって、高台へ逃げろーーっ!!」


 その時、私だけが、全く状況を飲み込めていなかった。

 あの恐ろしいものが近づいているなんて、あの時の私には、思いもしなかったんだ……。



『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』



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