作品選考
最初にお伝えしておきますが、この選考はすべて私ことささたけの私見です。
そして私は困ったことに、どんなに肌に合わない作品でも読み始めれば――それが購入したものならばなおさら――楽しんでしまうという習性を持っております。貧乏性なので、楽しまないと勿体ないと思ってしまうんです。
それゆえ、この選考の肝は「もっとも面白かったものを選ぶ」というものではありません。あくまでも「今後の文学シーンをけん引していくであろう作家を予想する」という視点からの選考になることを、まずはお心留めくださいませ。
奇しくもこれは、直木三十五賞の本来の趣旨でもあったりします。
それでは以下、いくつかの観点に基づいて選考していきましょう。
【①:作品の腕力をもっとも感じたものはどれか】
私は読者を物語世界へ強引に引き込む力を、「作品の腕力」と称しています。
そもそも小説を読むという行為は、作者の描いた世界を通じて他人の体験・思考・意思を追体験するということに他なりません。その際に、作者の生み出した世界にどれだけ引き込む力があるのかということ――それこそが「作品の腕力」なのです。
では今回の五作品の中で、私はいずれの作品に、もっとも腕力を感じたのかというと。
それは、
『同志少女よ、敵を撃て』
です。
その理由として、第二次世界大戦中のソ連とか、女性狙撃兵だとか、生と死だとか、そういった要素的な面白さももちろんあります。
ですが。
何よりもアクションの緊迫感や迫力、構成の確かさなどにおいて――戦争や性差、死生観などのセンシティブなテーマを取り扱うものに対してこう評するのはいささか気後れしますが――エンターテイメント作品として、もっとも優れたものであると私は感じたのです。何気に、今回の作品で唯一一気読みしたのがこの作品なのです。それほど面白かった。
作品内容としては前回受賞作の『テスカトリポカ』同様、少し直木賞的ではないような気もします。血なまぐさく、薄暗い世界観ですので。
ですが、そのような
というわけで、まずは『同志少女よ、敵を撃て』が一歩リードです。
【②:拡販したくなるものはどれか】
これは少しひねくれた視点からの選考になるのですが、直木賞は選んで賞をあげて「はい、おしまい」ではありません。
その受賞を元にして、その後の文学界を振興していかなければいけないのです。有り体に言えば、受賞作は売れなければいけないのです。
となれば、ハードカバーの冊子のみならず、映像化やコミック化、または文庫化などあらゆる媒体で売り出されることが予想されます。
その際、いったどれが最適か。
これは少し悩みます。
個人的には『黒牢城』か『塞翁の盾』のどちらかなのですが――ここは、『黒牢城』を推したいと思います。
どちらも時代小説ではあるのですが、「時代小説として重厚なストーリー」という『塞翁の盾』に対し、『黒牢城』はミステリ要素をも備えています。つまり、時代小説に興味がない層への訴求も可能なのです。ならば、『黒牢城』がもっとも大衆受けするのではないか、と私は感じたのです。
それに対し、他作品を見てみると。
『同志少女よ、敵を撃て』はソ連や赤軍、ナチスドイツなどの内容を、このおセンシティブ全盛の時代に誤解なく表現して販促プロモーションできるとは思い難い。
『ミカエルの鼓動』は専門的な医療知識も多くあり、それが物語の進行にも関わっているため、難解さが過ぎる面もあるように思われる。「命の尊さ」のようなものを描くだけならば、もっと他の舞台でも可能だったのではないか。
『新しい星』は愛と喪失と再生の美しさは確かに描かれてはいるが、それは真新しさを感じるものではなかった。
かような理由から、この点では『黒牢城』に一票となりました。
【③:今後を期待するのはどの作家か】
作家性というものを、作品の良し悪しを論じる場に上げるのは不純かもしれませんが、これも重要な観点だと思います。
この観点を単純に「将来を期待」という意味にするならば、もちろんデビュー作で直木賞候補となった『同志少女よ、敵を撃て』の逢坂冬馬氏になるのですが――ここでは、『黒牢城』の米澤穂信氏を挙げたいと思います。
今までにもさんざん私見で語ってきましたが、これに関しては完全に私見になることをお断りします。恣意的ですらあります。
さて米澤穂信氏といえば、『氷菓』でデビューし、以降様々な作品で高い評価や賞を受賞してきた、すでに十分な実績を持つ人物です。だのになぜ、新進気鋭の作家をさしおいて、私は彼を推すのか。
それは、米澤氏もまた、われわれと同じようにネット小説から身を立て始め、その道を進んでいったいわば先駆者だからです。もっとも彼の場合、投稿していたサイトをご自分で運営されていたそうなのですが。しかも中二で。すごい。
そんな彼だからこそ――比べるのもおこがましいですが――同じネット小説という場所を立身点に選んだ者として、その行く末を見守り、応援したいと思うのです。
ちなみにこれはまったくの偶然なのですが、米澤氏が受賞したのは『角川学園小説大賞』。『黒牢城』の版元は角川書店。現在私が投稿している『カクヨム』の母体はKADOKAWA。角川だらけだー(棒)。
いや、本当に偶然です。忖度なんて微塵もありません。
オチのために選んだわけでもありません信じてください。
それはともかく。
今後を注視したくなる作家は米澤穂信氏。ということで『黒牢城』にまた一票です。
【④:総括】
上記の点を踏まえ、今回の受賞予想は米澤穂信氏の『黒牢城』です。これに関しては、オチもひねりもなにもありません。
そもそも「城に閉じ込められた黒田官兵衛が牢屋の中で推理する」なんて、「クローズドミステリー」としても「安楽椅子探偵」としても「時代小説」としても捉えることができる今作の完成度は非常に高いです。
作品的には『同志少女よ、敵を撃て』はものすごく好みなんですが、デビュー作ということもあってなんだか選考委員には「ここを到達点とせず、もっと高みを目指してほしい」とか言われそうだな、なんて思ったりします。
『ミカエルの鼓動』は物語の流れにすごく感心したのですが、先にも述べた通り「なにも無理に難解な医学の世界を持ち出さず、別の舞台でもよかったのでは?」と思ってしまいました。
『新しい星』は美しくはあるもののタイトルに反して新しさを感じず、むしろ芥川賞候補じゃないのかとも思いました。
『塞翁の盾』は、対抗の『黒牢城』とどうしても比べてしまうのが残念でした。作品世界もどちらも戦国時代ですし。作者の今村翔吾氏は、個人的にはかなり好きなんですが。
長々と語ってまいりましたが、私の今回の予想は『黒牢城』でファイナルアンサーです。同時受賞はなし、選考外もなしです。
明日の今頃にはきっと、答えが出ているでしょう。
その時にはどうぞ、私の見当違いな選考を笑ってやってください。
それでは、また。
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