第8話 告鵺国黒居家の家族たち
あれから数日が経ち、私はとりあえず私は黒居家の食堂へと足を進ませた。
「「クスクス、来たんだぁ? 詐夜子ちゃあん」」
私の異母姉妹にあたる遊咲と記紀が口元に手を当てながら、厭味ったらしく嘲笑する。二人は、今日も私をいじめることに余念がないようだ。
髪の先をカールさせた茶髪ロングの女は第二王女の
遊砂は自分の席に座る私に向かって、顔を覗き込みながら嘲笑した。
『うっわぁ、嫌味っぽい』
「胸に傷できたんだってぇ? 政略結婚コース脱出おめでとー! アタシたちはいいイケメン探しに苦労するわぁ」
『……殺す? いっそ殺していい?』
サイラス私の席の後ろに控え遊砂の言葉にいらつきを覚え、ナイフを構える。
どこから出したのよそれと脳内で言ってしまったのは彼にとって口に出したのと同じだが、言わざるを得なかった。
しなくていいわよサイラス。逆に貴方は彼女たちに見えてるわけでも、体が実在しているわけでもないんだから無理でしょ。
『ちぇー……わかったぁ』
「……そう」
私は記紀の嫌味に適当に流すと、彼女はは? と眉をしかめた。
当然だ、前までの私なら怯えて逆らうような言葉も、同意する言葉ならすみませんと謝罪が必ず入っていた始末。
だが、それは前までの私ならという話だ。今はそんなことなんて関係ない……今回は、家族の関係を知るためにも情報を集めなくては。この二人は私たち黒居王家の帝王である
ギリッと歯を強く噛んだ遊砂は、詐夜子をさらに追い詰めようと罵倒する。
「まあ晩兎君は気が弱々だけど物好きはいるだろうし。
「はは……二人とも、キツイなぁ」
第三王子である晩兎は頭の後ろを掻きながら苦笑する。
第三王子、晩兎。ベリーショートのくすんだ茶髪はいいとして、柔らかい月白色の瞳はお父様譲りだ。見てわかる気の優しい性格のせいか、いじめっこ姉妹共のおもちゃにされている。
「……ウザ」
「何か言った? 宵風君」
「なんでも」
第五王子であり私の実兄である宵風はくだらなそうに遊砂に向かってボソッと呟いた。聞き逃さなかった遊砂は満面な笑みを浮かべるのに宵風はそっぽを向く。
彼の青い瞳は私の母である寂音由来の瞳をしている。お母様と同じ目を持っているのが少し羨ましく思うが、彼は面倒ごとを嫌うタイプなのは知っているので追い打ちはかけないでおこう。
「それよりそろそろなんじゃないかな?
そんなやりとりを全部スルーして第三王子であり私の実兄でもある燈暮兄様は席に座りながら金糸の髪を靡かせ優雅に扇子を口元に当てている第二王女である槻花に、至極平然と問いかける。
「…………そうだねぇ? そろそろ、」
彼女は呟くと、扉が開口する音が聞こえてくる。
この食堂にて、父である黒居常闇の二番目に威圧感のある人物が扉から現れた。
「――――悪い、遅くなった」
常闇の髪色を思わせる黒い髪、それは我々黒居家の物なら誰でも持つ髪だろう。
そして、彼の母親である
「
「お前に関係ないだろう、槻花」
「ダメだよ、終来。そんな言い方しちゃ。王位継承者第一位でも、そういう細かい所を民たちは見ているんだから」
「……お前に関係ないだろう、晩兎」
「こらこら、喧嘩しない。お父様とお母様たちが来る頃なのだぞ?」
「……ふん」
三人の会話に割り込む人物などいない。いや、割り込めるはずがない。
王位継承第一位である終来兄様とタメを張れて会話できるのは槻花姉様と晩兎兄様くらいだ。
終来兄様が席に着くと、また新たに扉が開かれる。
そこには、お母さまたちが入って来た。
インナーカラーが青いセミショートの黒髪の女性とキラキラしたロングの金髪にルビーの宝石を思わせる赤い瞳をした女性が食堂に入ってくる。
「あ、栄子母様!」
「遅いですよー?」
「食堂なんですから、静かにしなさい」
「「はぁーい」」
黒髪の女性の名前を呼ぶ遊砂と記紀姉妹の母親である
私たちの父親であり、この告鵺国の王でもある彼の側室だ。
だというのに王家の妻の中でも、派手な衣装を纏っている。
まあ、正室の彼女に嫉妬しているから、なんだろうが。
「あー! 詐夜子ちゃん、傷は大丈夫なのぉ?」
「……大丈夫です、綺羅様」
「もぉん! 綺羅でいいのにぃ、そんな気を遣わないでぇ?」
「……ありがとうございます」
まあ、一部からは優性遺伝子とも評されている子供たちの母親なのだから当然だろう。
「……さ、そろそろ時間みたいだから座るわね」
「はい」
コツ、コツ、と靴の音が聞こえてくる。
私たちは一瞬で彼の登場のために静寂を維持する。
それを破るのは、この告鵺国の皇帝、黒居常闇が姿を現す。
「…………今日は全員揃っているな」
「「「「「「「「「「おはようございます、お父様」」」」」」」」」」
「おはようございます、常闇様」
「おっはよー、トコくんっ」
「…………っ」
ジトっとした目で綺羅様を睨む栄子様に特別気にせず、私たちはお父様が席に座るのを待つ。常闇お父様は気にせず席に座る。
「今回は詐夜子がいるから、再度言う。一か月前、耀昴が亡くなった。お前たちは暗殺者などがいた時、自分で解決できるなんて真似はせず人を呼ぶように」
『――……あの状況で人を呼べるわけないじゃん、呼びに行ってたら逆に背中から刺されてたのに』
サイラスは獣の目で常闇お父様を睨む。
ナイフをどこからか取り出そうとしているのに私は制止する。
――サイラス、それ以上はダメよ。
サイラスの言葉に私は他の家族たちに気づかれないようスカートの上に置かれた手を強く握る。でも、この言葉は今は飲み込むしかない。
前世の記憶があるからと言って、天才人間だというわけじゃないんだ。耀昴お兄様を失ったからこそ、前世の記憶を思い出した今だからこそ、できることがある。
私たちは祈りを食事に捧げるために両手を握って目を閉じる。
常闇お父様は、地球の日本のような「いただきます」ではなく、海外映画やドラマなどで見かけた祈りの言葉を唱える。
「黒夜の鴉の恵みを、月光の明かりで導かれた我々のための糧に感謝を」
常闇お父様の言葉があってから、先に常闇お父様が今回の食事に手をかけると、私たちは後から続けて食事を開始する。
私はまず最初に野菜から手を付け、次にステーキを一切れ切って口に運ぶ。
サイラスは私の席に肘を賭けながら私を見た。
『……復讐する相手、傷の男だけ?』
私は咀嚼しながらサイラスに答える。
――……最優先事項は、傷の男よ。
復讐のために必要なら、どんな犠牲だって払うことは厭わない。
『じゃあ、必要ならあのいじめっこ姉妹も殺すってことだ』
暗殺者としての性か、それとも人殺しとしての野獣の本能か。
少なくとも復讐に必要なら、という可能性の示唆か……どれなのかは一目瞭然だ。詐夜子はカトラリーを皿にハの字に置く。
続けて、ベリージュースが注がれたグラスを手に取った。
――そうは言ってないでしょう?
『耀昴お兄様をいじめていた連中を殺さないでおくのは、復讐の道から離れてるだろ?』
悪魔の誘いの真似をしているのではないかと疑ってしまうくらいにサイラスの言葉は、復讐という甘美な目的の理には適っている。
私はグラスの水面を見ながら脳内で彼に返答する。
私自身が直接殺せるとしたら、嬉しいけれど……でもそれは最終手段ね。
理由がないのに殺したら私が処刑される。
何かしらの情報や証拠を掴めない限り殺せないわ。
『じゃあ、しっかり情報収集しとかないといけないなぁ』
……そうね。私はグラスの水面をぼーっと眺める。
今後の私自身の復讐のために家族を犠牲にするのは、嫌だと思える人物は何人かいるが、必要なら私は家族だって容赦はしない。
それはおそらく、長男の終来お兄様も同じのはず。
今の私は少なくとも、今後の未来、彼と同類になるはずだろうから。
『なんでそんなことわかんの?』
――女の勘よ。
『まだ六歳児なのにそういうこと言っちゃう?』
前世の記憶をフル活動させて復讐をするのだから、余念はないわ。
それにそれは貴方の感も同じでしょう?
『……言うねぇ』
「――――夜子、詐夜子。聞いているのか?」
「え? は、はい。常闇お父様っ」
私は慌ててグラスをテーブルに戻した。
常闇お父様が私に声をかけてくるなんて珍しい。
いままで食堂ではほとんど話しかけられたことないのに。
「特に、お前の判断の失敗で耀昴が死んでいる。その旨、忘れるな」
「……はい」
クスクスと、いじめっこ姉妹は笑うのに常闇お父様が一瞥すると顔を青ざめ黙る。
睨まれた姉妹二人に、サイラスは私の席に腕を置きながらけらけらと笑う。
『睨まれてビクビクしちゃって、まだまだガキだねぇ。お前ら姉妹はサヨ様に殺されるのに』
……サイラス?
私はまだ、殺さないだけよ。
情報を得られていないのに、無条件に殺すのは暴君のすることだわ。
『はーい、いい気味と思っただけでーす』
……まったく。
くいっ、と私はグラスに入ったお茶を口にする。
サイラスがふざけているのに目を瞑るため、なんて言葉を心の中で言いつつ気持ちを切り替え改めて食事を開始するのだった。
無難に流してやり遂げた食堂での食事を終了させて、私は部屋に戻り今日という精神的疲労が頭にどっと襲われながらも、日奈に癒されつつ今日という日を眠ることで明日へと思考を逃避することにした。
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