第7話 初めての魔法と初めての協力者
鈴蘭の花園にて詐夜子は軽くストレッチをする。
まだ胸の傷がだいぶよくなったとはいえ、体を動かさなくては体も鈍ってしまう。
というのもあり、軽いラフな格好で来たというわけだが……だからこそ、私が今回しなくてはいけないことは運動だ。
ストレッチを終えて、私は軽く手を突き出して背を伸ばす。
「――さて、やってみようか」
ストレッチはもうした、必要最低限の体の運動はもう済んでいる。
運動、そう、脳の運動ということにもなるかもしれないが、魔力の行使という運動だ。転生したこの世界、無冠之檻は107回目である白崎潔一の記憶が、地球にいた時の最後の記憶だ。
その記憶の中で、彼がたまに読んでいたラノベの中で異世界物、というジャンルがある。要するに私は異世界転生をしたということになるが、この世界でも剣や魔法と言ったファンタジー要素のある世界なのは前回の図書室の本をすべて読んで暗記している。
「……まず、どの属性の魔法の行使を行うか、ね」
詐夜子は他の家族が来ないよう、サルマンに頼んであるのは自由に魔法が使える。
ただし、今回は花園にいるわけだから火に関する魔法は使えない。
だからそれ以外で、現状私が扱える魔法は風と水の魔法に限定される。
とりあえず、魔法書に描いてあった通りの呪文詠唱で魔法を使ってみよう。
いきなり詠唱破棄とか、魔法を行使したことがない自分に負荷や不安材料が混じらせないよう詠唱を全部唱えてみる。
「
詠唱に空気が呼応して白色の輝きが私の周囲に放たれると花園には宙に浮かぶ水が溢れていた。私は再度、目の前の現状に目を擦る。
「……成功、ってこと?」
どうやら、幻覚ではないらしい。
周囲にぽやぽや、なんて効果音が似合っても変じゃないくらい、海中の水野泡のように浮かんでいる水に驚きを隠せない。
「……まず、私は水の属性の魔法は使えるってことね」
『みてぇだな? お嬢ちゃん』
「……どうして貴方がいるの? サイラス」
私は声がした方に視線だけやると、彼は床で父親がテレビを眺めている時と同じ体制で私の方を見る。
『おっと、俺の姿はお嬢ちゃんにしか見えていないぜ。なんせ、前世の自分が他の誰かに見えていたらおかしいだろ?』
どうして貴方が見えるの?
不審げに私は彼を睨む。
『さあな、幻覚みてえなものじゃねえの? まあ、俺もこんな状況は初めてだからお嬢ちゃんみたいに知恵熱出そうな気がするわぁ、タハハ!』
だとしたら、私のことは名前で呼んで。
『なんでだ?』
――今の貴方は誰の主人も持たない暗殺者。
つまり、来世の私が貴方の主人ということよ。
『そうだなぁ、今俺が使えたい主人はもういねぇ……だったら、アンタでもいいわけだ。なら、口約束の契約と行こうぜ』
契約?
『俺はお前の復讐に協力する、お前は復讐を果たすために俺にお前の復讐劇を鑑賞させる……利害の一致ってことでいいだろ?』
「……そうね、構わないわ。その契約、飲みましょう」
『意外とあっさり肯定するんだな』
「当然でしょう、どんな物でも味方は多い方に越したことはないもの」
『……じゃあ、俺の体、死体でも生きてる人間でもいいから用意してくれよ?』
「考えておくわ」
『タハハ……よろしくな? サヨ様』
「愛称交じりの敬称はやめなさい」
『タハハ、声に出すなよ。気づかれても知らねえよ?』
私はサイラスの手を取ろうとするが、体が硬直して動けない。
数分話していたとはいえ、魔法を行使し続けていたのだ。この数の水泡というか、水を維持するのには、かなり魔力量がいる。
あ、鼻がむずむずする。
「へ、へっ」
『あ、バカっ』
「へくしゅっ!」
思わずくしゃみをして、周囲の魔法で出した水が一気に弾けて雨となって花園に降り注ぐ。もちろん、私の上にもあったわけだからずぶ濡れだ。
「……さむっ」
『あちゃー、やっちまったなぁ』
ラフな格好なのもあり、恰好もそこまで厚着をしてこなかったのが裏目に出た。
胸の傷は痛まないけど、でもそれにしても寒い。
「――――詐夜子様っ!」
どこからか、誰かの呼ぶ声が聞こえる。
日奈の声だ。慌ててこっちへと駆け寄ってくると屈んでいる私に叱責する。
「詐夜子様、そんなにずぶ濡れになって!! 病人なんだって自覚してください!!」
「……日奈、」
「今からお風呂の準備をします! いいですね!?」
「え、ちょっとま、待って――――――!!」
日奈は詐夜子を抱き上げて強制的にお風呂へと連行された。
◇ ◆ ◇
「温度はどうですか? 胸の傷は痛みませんか?」
「……大丈夫」
日奈に連れられた体全身を洗ってもらってから、ゆっくりと浴槽に浸かっている。
日奈がこんな強引だったなんて知らなかったな。
私は体がポカポカして、胸の傷も少し癒えていくような感覚を覚える。
「はぁー……気持ちいい」
「もう、詐夜子様。魔法の特訓をするなら事前に言っておいてください! びっくりしましたよっ」
「うん、でも私の魔力量のことも知りたかったの」
「魔力量、ですか?」
詐夜子はお風呂場のお湯を左手の手のひらで掬う。
つぅー、っとわずかに流れていくお湯に私は驚きを隠せない。
「ええ、幼少期にできる限り無茶をする方が魔力量の底上げができるって本にも書いてあったのを確認したから」
「今日ならまだいいですが……図書室のような無茶をしたら、怒りますからね?」
「は、はい」
日奈の脅しの目が怖い。というか、前より凄味がある気がするのはなぜだろう……?
「……でしたら、もう少し傷の痛みが引いてきたら常闇様たちとまたお食事が一緒にできますね」
「……そう、ね」
腹痛確定の食事なんてうんざりだけど。
でも、情報を入手すると思えば必要最低限の準備をしていくのも必要だ。
詐夜子は、体を療養しながらも、魔法は初級に分類される範囲の物を練習すると固く誓った。
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