エピローグ


「――血氷けっひょう術・月樹零界げじゅれいかい!」


 イリスの背後に蒼い月が浮かび上がり、極寒の冷気を帯びた木々が場を支配していく。


 下下炎獄かかえんごく月樹零界げじゅれいかい――互いの『世界』は激しくぶつかり合い、紅焔こうえん白氷はくひょう相克そうこくする。


「さぁ、はじめようぞ! 血氷術・銀槍乱舞ぎんそうらんぶ!」


 イリスは好戦的な笑みを浮かべ、『武』の手印を結ぶ。


 鋭い氷の槍が数十と生み出され、天高くより降り注いだ。


「武装召喚・焔日槍えんにちそう


 俺は同じ長物ながものを召喚し、迫り来る氷槍ひょうそうを叩き砕く。


 美しい銀氷ぎんひょうが宙を舞う中、神代の魔女は攻撃の手をゆるめない。


「――そこじゃ! 氷原鯰ひょうげんなまず!」


 足元から大口を開けて飛び出してきたのは、氷塊ひょうかいで作られた巨大鯰。


 俺はすぐさま跳び上がり、


日輪にちりんの型・五の太刀――白虹はっこうの円!」


 焔日槍えんにちそうを描き、眼下の鯰を斬り伏せる。


(上に注意を誘導しつつ、本命は死角である足元、か……うまいな)


 さすがは神代の魔女というべきか。

 攻撃が多彩、かつ、いいところを狙ってくる。


 そして何より――一つ一つの攻撃が、全て次手じてに繋がっている。


「――血氷術・結晶爆破ッ!」


 俺の周囲を舞う氷の粒が眩い光を発し、途轍とてつもない冷気を発しながら大爆発を巻き起こした。


「あ、アルト……!?」


「アルトさん!?」


 ステラとルーンの不安そうな声。


「さてさて、美しい氷像の完成じゃな。出来できがよければ、儂のコレクションに加えてやってもよいじゃろう」


 勝利を確信したイリスの声。


 だが、


「――大丈夫、問題ないよ」


 俺は完全無傷のまま、周囲に漂う冷気を斬り払う。


「馬鹿な、今のは確実に直撃したはず……ッ」


「守護召喚・太陽神の祝福」


 展開後1秒間、氷系統の魔術に対し、絶大な耐性を獲得する。

 先の結晶爆破のような間接攻撃は、その性質上どうしても魔力が拡散し、瞬間的な火力に欠けてしまう。

 あれぐらいの威力ならば、この加護一つで完封できるだろう。


「なるほど、『神の加護』さえ召喚するとは……恐れ入ったわ」


 イリスは乾いた拍手を打ち鳴らした後、


「アルトを真に殺したくば、もっと直接的かつ大魔力の籠った一撃が必要というわけじゃな……!」


 凶悪な笑みを浮かべ、その出力を大きく引き上げた。


 それから俺たちは、魔術のすいを尽くした死闘を繰り広げる。


「伝承召喚・流流瀑布りゅうりゅうばくふ!」


「血氷術・崩天死雹ほうてんしひょう!」


 下下炎獄かかえんごくにより、灼熱の熱湯と化した大瀑布だいばくふ

 月樹零界げじゅれいかいにより、絶対零度に至った雹弾ひょうだん


 両者は激しくぶつかり合い、きらびやかな魔力となって霧散していく。


 現在の戦況は、完全に五分五分ごぶごぶだった。


(神代の魔女イリス。術式の種類・展開速度・老獪ろうかいした戦術――全てがまさに『最高峰』! 今や一つ一つの術式が、確実にこちらの命を摘めるだけの魔力を秘めた『必殺』。……面白い!)


(召喚士アルト・レイス。変幻自在の召喚術・驚異的な魔力量・必要十分以上の近接格闘――ここまで戦闘にひいでた召喚士も珍しい! かかっ……面白いのぅ!)


 最高峰の魔術合戦。

 俺とイリスの顔には、充実の色が差していた。


「ははっ! 伝承召喚・雷光紫電らいこうしでん!」


「よい! よいぞ、小僧! 血氷術・月光氷刃げっこうひょうじん!」


 紫電を帯びた雷撃と月光を纏った氷刃が激突し、強烈な衝撃波が大気を打ち鳴らす。


 両者の間合いが大きく開いたところで、彼女が天高く右腕を掲げた。


「互いの『』はせ合った! 次は趣向を変え、『力』と行こうぞ……!」


 氷の樹木が枝を伸ばし、蒼い月へまとわり付いていく。


 おそらく、月樹零界げじゅれいかいを発展させた魔術だろう。


「さぁさぁ、こいつをどうしのぐ!? ――血氷けっひょう秘術ひじゅつ月輪げつりん天墜てんつい】!」


 天の月が眩い蒼光そうこうを発した次の瞬間、莫大な魔力の籠った紺碧こんぺきの波動が解き放たれた。


(これは、デカいな……っ)


 だが、押し合い・し合い・力比べ。

 原始的かつ単純なパワー勝負こそ、俺が最も得意とする分野だ。


「――現象召喚・日輪にちりん極光きょっこう】」


 刹那せつな、獄炎の閃光が一直線に駆け抜けた。


 日輪にちりん極光きょっこう】は、月輪げつりん天墜てんつい】をいとも容易く食い破り――イリスの封じられた結晶に直撃。


 耳をつんざく轟音が鳴り響き、封印全体が大きく揺らぐ。


(あ、危なかったぁ……っ)


 後ほんの少しでも出力をあげていれば、間違いなく天領芒星てんりょうぼうせいを吹き飛ばしていただろう。


「ちょ、ちょっと、アルト……!? やり過ぎちゃ駄目だからね!?」


「わ、悪い……っ」


 泡を吹いて焦るステラに対し、軽く手を前に突き出して謝罪。


(ふぅー、落ち着け落ち着け……)


 封印決戦における、俺の大きな役割は時間稼ぎだ。

 目の前の戦闘に夢中になるのではなく、自分の本分を全うしなければならない。


 ただ……。


「す、凄い……凄過ぎる……!」


「さすがは救世主様だ……!」


「あの神代の魔女を圧倒しておられるぞ……!」


 ラココ族のみなさんは大興奮。

 偶然とはいえ、士気しきが大きく向上したようだ。

 

 そんな中――イリスは引きつった笑みを張り付け、ひたいから一筋の汗を流す。


「か、かかか……っ。『死の恐怖』、か。そんな感情、久しく忘れておったわ……ッ」


 俺とイリスが向かい合い、新たな魔術を展開しようとしたそのとき――後方から、ステラとルーンが飛び出してきた。


「アルト、お疲れ様! そろそろ『次の段階』よ!」


「アルトさん、スイッチです……!」


「あぁ、わかった。――オルグ、二人のサポートを頼む」


「ヨカロウ」


 俺は大きく後ろへび下がり、自分の持ち場へ移動する。


(……よしよし、今のところは順調だな)


 ディバラさんたち約五十人が担当する四本の魔力柱まりょくちゅうは、かなりいい具合に補強が進んでいる。


 氷極殿に乗り込む前――俺たちは最長老様の家に集まり、『三段階の作戦』を話し合った。


 第一段階。

 俺が神代の魔女を足止めし、ステラ・ルーン・ディバラさんたちは魔力柱の補強に集中。


 第二段階。

 魔力柱の補強がいい具合に進んできたところで、俺とステラ・ルーンがスイッチ。

 二人がイリスの足止めをしている間、俺は一人で魔力柱を補強。


 最終段階。

 全魔力柱の補強が完了したところで、ディバラさんが合図。

 五本の魔力柱を一つに束ね、天領芒星てんりょうぼうせいを完成させる。


(今のところ、第一段階は完璧……!)


 ここから先は、第二段階へ移行だ。


「小僧、どこへ行くつもりだ? 戦いはまだ終わっておらぬぞ……!」


 イリスが右手を伸ばし、極寒の吹雪を差し向けてくる。


 しかし、


魔炎まえん光刃こうじん!」


天廷炎螺てんていえんら!」


煉獄無常れんごくむじょう!」


 ステラ・ルーン・オルグの三人が、それぞれの魔術を展開し――猛吹雪をき消した。


「神代の魔女イリス。あなたの相手は、私たちよ!」


「アルトさんに、手は出させません……!」


「ソノ程度デハ、アルトニ届カヌゾ!」


 頼りになる仲間たちに戦場を預け、俺は自分の仕事に集中する。


(これが大魔王の封印術式か……)


 眼前に立ち昇るのは、あやしい光を放つ魔力柱。


(……凄いな)


 千年以上もの間、神代の魔女を封じ込め続けた封印。

 とても高度な術式だと聞いていたけど、まさかここまで複雑なものだとは……正直、驚きだ。


(大魔王は完全体のイリスと戦いながら、こんなに難しい封印術式を構築したのか……)


 それはまさに『神業』と呼ぶにふさわしい所業だ。


(っと、早いところ、自分の仕事を終わらせてしまわないとな)


 俺は静かに意識を集中させ、魔力柱を補強していく。


(……いや、けっこう魔力を持って行かれるな……っ)


 ディバラさんの話によると……本来この作業は高位の魔術師十人以上が、お互いに魔力を融通し合って実行するものらしい。

 深刻な人手不足とはいえ、これを一人でやるというのは……正直、けっこうキツイ。


「――あ゛ぁ~、鬱陶うっとうしいのぅ!」


 見るからに苛立った様子のイリスは、パシンと両手を打ち鳴らし、超高密度の魔力を放出。

 それはもはや『魔術』と呼べるような代物じゃない。

 基礎スペックにモノを言わせた、暴力的な魔力の発散。


 単純明快、それゆえ強力。


「~~っ」


「きゃぁ!?」


「ヌゥ……ッ」


 強烈な爆風に押され、ステラたちは四方へ飛ばされてしまう。


「(そろそろ魔力柱を削っておかねば、せっかく崩した封印が再構築されてしまうのぅ……)まずはくだらぬ羽虫どもから潰してくれようか。血氷けっひょう術・ぜろ吐息といき


 イリスは攻撃対象をディバラさんたちへ変更。

 雪や氷さえも凍結させる、絶対零度の風が吹きすさぶ。


「しまった……!?」


「みなさん、逃げてください……!」


小癪こしゃくナ……ッ」


 魔力柱の補強に全神経を注ぐディバラさんたちは、持ち場から離れることも、迎撃のための魔術を展開することもできない。


「「「……ッ」」」


 彼らの表情が絶望に染まる中、


「――悪いけど、そうはさせないよ」


 伝承召喚・北陽ほくようを展開。

 暖かな天日てんじつをもって、極寒の冷風を溶かしていく。


「小僧、貴様……っ」


 忌々いまいましげにこちらを睨み付けるイリス。


「あ、アルト……!」


「アルトさん、助かりましたぁ……っ」


「『仕事』トヤラハ、モウヨイノカ?」


「あぁ。みんなのおかげで、なんとか無事に終わったよ」


 俺の担当する魔力柱は、既に補強完了。

 後は、ディバラさんたちを待つだけだ。


「さて、と……。それじゃ力を合わせて、神代の魔女を抑えようか」


「……ッ」


 それから先、俺・ステラ・ルーンは、冒険者学院時代に磨いた連携を駆使して、大暴れするイリスを完全に封殺する。


「偶像召喚・鉄血神てっけつしんアステラ」


「聖女の福音・讃美歌コラール


魔炎まえん激衝げきしょう……!」


「ぐ……っ(マズい。マズいマズいマズい……っ。小娘二人ならまだしも……今の儂では、アルトには勝てぬ……ッ。くそ! ラココのような烏合うごうが、どうやってこんな化物を見つけてきたのだ……!?)」


 そうして彼女の動きを抑えていると――残り四本の魔力柱が、ほとんど同時に完成した。


「はぁはぁ、少し待たせた……ッ。それではこれより、仕上げに移る……!」


 ディバラさんが大声を張り上げ、いよいよ最終段階へ突入。


 五芒星ごぼうせい五角ごかくに立ち昇る魔力柱、これらを全て中心へ――イリスの囚われた結晶のもとへ結集し、神代の魔女を完全に封印するのだ。


 俺はすぐに自分の担当する魔力柱を操作し、他の四本と重ね合わせていく。

 天領芒星てんりょうぼうせいを完成させるには、全ての魔力柱の『出力』と『波長』を完璧に合わせる必要があるのだが……。


(こ、これ……めちゃくちゃ難しいな……ッ)


 ラココ族のみなさんの魔力には、祖霊のものが入り交じっているため、非常に合わせづらかった。


(ふぅー……っ)


 小さく息を吐き出し、全神経を魔力コントロールに集中する。


 五つの魔力柱は徐々に融和していき、床に刻まれた五芒星の術式が、淡い光を放ち始めた次の瞬間――凄まじい勢いで、大地が揺れ始めた。


「な、何よこれ……地震!?」


「か、かなり大きいですよ!?」


 ステラたちは思わず身を固め、魔力柱の融合が中断されてしまう。


「――『上』だ!」


 俺が警告を発した刹那――氷極殿の天蓋てんがいはじけ飛び、途轍とてつもない衝撃波が吹き荒れた。


(この出力は……マズい……ッ)


 全速力で『転』の手印を結ぶ。


「――現象召喚・黒縄こくじょう!」


 触れたものを冥府めいふいざなう黒縄を召喚し、押し迫る衝撃波を別の時空へ飛ばした。


 それと同時、地響きはピタリと止まり、辺りに静寂が降りる。


 遥か頭上、ぽっかりと空いた大穴からは、大空に浮かぶ満月が見えた。 


「ば、馬鹿な……っ。ここから地上まで、いったい何百メートルあると思っているのだ!?」


 ディバラさんが驚愕に目を見開いた直後――魔力柱の一本が、根元からへし折られる。


「「「なっ!?」」」


 すぐにそちらへ目を向ければ、


「ディバラ様……」


「申し訳、ございませぬ……ッ」


 ラココ族の魔術師たちが、バタバタと倒れていった。


「――あぁ、よかったぁ。なんとかギリ間に合ったっぽいねぇ」


 この凶事をしでかした張本人は、背中に翼を生やした謎の男だ。

 どこか気だるげな顔をした彼は、ホッと安堵の息を吐いていた。


「神代の魔女はさぁ、大魔王様と所縁ゆかりのある貴重な存在。勝手に封印されちゃ、困るんだよねー?」


 大魔王・所縁、そしてこの仄暗ほのぐらい魔力……。

 おそらくこの男は、レグルス・ロッドと同じ『復魔十使ふくまじゅうし』の一人と見て、間違いないだろう。


「ま、魔力柱が……。先祖代々守りし封印が崩れていく……っ」


「神代の魔女が……復活する……ッ」


 ディバラさんたちは顔を青く染め、残り四本となった魔力柱をただ呆然と見上げる。


 天領芒星てんりょうぼうせいは、五本の魔力柱によって構築された封印術式。

 たとえ一本でも破綻すれば、その影響はすぐさま残りの四本へも及び、あっという間に封印全体が崩壊してしまう。


「ふはははは! 何やらよくわからぬが、これは僥倖ぎょうこうじゃわい!」


 イリスが高らかに笑い、彼女を封じ込める結晶に亀裂きれつが走っていく。


(……天蓋てんがいをぶち抜いてきた謎の男。彼のことは一旦後回しだな)


 今最も優先すべきは、天領芒星の維持!


 俺は自分の持ち場についたまま、遥か遠方の魔力柱へ回路を伸ばし――接続。


「――そう簡単には、崩させないよ」


 大量の魔力をぶち込むことで、折れた魔力柱を無理矢理に再構築した。


「小僧……っ。お主というやつは、どこまで邪魔をしおるのだ……ッ」


 イリスが渋面しぶづらでこちらをにらみ付け、


「この魔力は……救世主様!?」


「魔力柱を強引に補強するとは……なんという神業かみわざ!」


「ありがとうございます、ありがとうございます……っ」


 ラココ族のみなさんは、感謝の言葉を口にする。


(ふぅー……。遠隔+二本目の魔力柱の補強、さすがにかなりキツイな……ッ)


 魔力がゴリゴリと削られていく……のはまぁ、この際いいとして……。


 他人の構築した術式を丁寧になぞり、その構成や魔術因子を壊さぬよう細心の注意を払いながら、最適出力の魔力をもって補強していく。

 この作業が、とにかく『集中力』という精神のリソースを食うのだ。


 こんな状態では、どうしても術式の構築が遅くなるうえ、複雑な高位召喚や同時・連続召喚を展開できない。

 召喚士の強みである変幻自在の戦闘に、大きな足枷あしかせがついてしまった。


 とにもかくにも――なんとか盤面を落ち着かせたところで、ようやく招かれざる新手へ目を向ける。


「――お前は『復魔十使ふくまじゅうし』というやつか?」


「『お前』なんて言わないでよ。僕にはちゃんとルル・シャスティフォルって、立派な名前があるんだからさ」


 ルル・シャスティフォル。


 男にしては少し長い紫色の髪。

 身長は150センチほど、外見上の年齢は15歳ぐらいだが……。

 背中に生えた翼から判断して『悪魔族』、実年齢はさだかじゃない。

 前髪で隠れた右目・どこか気だるげな顔・線の細い肉付き、なんとなくダウナーな雰囲気の漂う男だ。


「ルルは復魔十使なのか?」


「うん、そうだけど……。なんで復魔十使ぼくたちのことを知って……んん? 白い髪・大人しい顔・異常な魔力量……もしかして君、アルト・レイス?」


「あぁ、そうだ」


 俺がコクリと頷くと同時、ルルはわかりやすく顔をしかめた。


「うわぁ、最悪……っ」


「俺のことを知っているのか?」


「レグルスから聞いた。なんか鬼のように強い召喚士なんだってね……」


「なるほど、あいつ繋がりか……」


(レグルスを呼び捨てにしているということは……ルルは少なくとも、あれと同格かそれ以上の術師と考えるべきだろう。……厄介だな)


(うわぁ、やりたくないやりたくないやりたくない……。さっきの一幕ひとまくで十分わかるって……アルトの魔力量、これほんとガチでマジでヤバいやつじゃん……。何食べたらこんな風に育つの? 彼、人間でしょ? 主食魔力ですか? それになんかこの場所、大魔王様の天領芒星のせいで、『幻想神域げんそうしんいき』が使えないっぽいし……。……素の魔術合戦でやったら、多分僕ぶっ殺されるな。………うん、これは無理だ。大人しく逃げよう)


 ルルが翼をはためかせ、フワリと空中に浮かび上がった瞬間――イリスが声をあげた。


「そこの『前髪』。お主、この儂に用があるのじゃろう?」


「いや前髪って……これ、僕のお洒落しゃれポイン――」


うるさい。く、質問に答えろ。その鬱陶うっとうしい長髪、引き千切られたいか?」


「あっ、はい……。一応、神代の魔女様にご用があってお伺いさせていただきました……(何この偉そうな女……怖っ……。僕が一番苦手なタイプ……)」


「ふむ、そうか。いったいなんの用かは知らぬが……。手を貸してやってもよいぞ」


「あーいや、でも……あちらの御方がちょっと怖いので、この場は失礼しようかなぁと……」


「アルトを恐れる気持ちはわかる――が、まぁ聞け。大魔王の天領芒星は、全盛期の儂をもってしても『再現不可能』と断じるほどの大魔術。如何いかアレ・・が化物といえど、たった一人で魔力柱を二本も維持したまま、大きな召喚魔術を展開することはできぬ」


「それって……マジの話ですか?」


「儂の真名まなに懸けて、真実と断言しよう。そもそもの話、封印術式とは『張り直し』が基本であり、『維持・補強』することなぞ滅多にない。他人の術式へ手を加えるのは、膨大な魔力・高度な技量・並外れた集中力を要するからのぅ。ましてやそれが大魔王の構築した術式を補強するともなれば、その難度はまさに天井知らず。たとえどれほど優れた術師であれ、本来の力を出すことなぞ絶対に不可能。儂の見立てでは……アルトは現状、半分の力も出せぬじゃろうな」


 ……大正解。

 さすがは神代の魔女。

 封印魔術についても、よくご存じのようだ。


「それじゃ今は――」


「アルトは本来の力を発揮できん。そして――この厄介な封印さえ崩せれば、儂は完全復活を果たし、かつての力を取り戻せる! そうなった暁には、全力のアルト・レイスとも互角以上の戦いができるであろう……! だから、手を貸せ! 周囲の魔力柱をへし折り、この儂を解放するのじゃ! さすれば、前髪の『用』とやらにも協力してやろう!」


「……なるほど(この偉そうな女は、かつて大魔王様とやり合った正真正銘の『化物』……。戦力としては申し分ない。というかこのまま尻尾巻いて逃げたら、絶対みんなに滅茶苦茶怒られる。……うん。今は逃げるより、共闘きょうとうした方が得策っぽいかも)」


 この流れ、マズいな……。


 俺はゴホンと咳払いをし、ルルの注意を引く。


「確かお前たちの目論もくろむ『大儀式』には、大魔王と所縁ゆかりのあるものが必要なんだろ? 大魔王が手ずから組み上げた天領芒星これは、その最たるものじゃないのか?」


「んー、なんか難しいことはよくわかんないんだけどさ。アイツ・・・が言うには、氷極殿の天領芒星はニャココ……だっけ? とにかく、変な部族の魔力がガンガン継ぎ足されちゃっているから、とてもじゃないけど大儀式のには使えない。それよりも、神代の魔女の方が大事なんだって」


 それは残念。

 ということは……『最悪のパターン』か。


「前髪、わかっておるな? 召喚士という生き物は、大抵『奥の手』を隠し持っておるものじゃ。最初はアルトに手を出さず――」


「――周囲の雑魚っぱを叩いて、魔力柱をへし折るんでしょ?」


「よろしい!」


 神代の魔女イリスと復魔十使ルル。

 一人でも厄介な相手が、互いに手を取り合い――。


「血氷術・銀零ぎんれい氷晶ひょうしょう!」


万象天握ばんしょうてんあく


 二人同時に襲い掛かってきた。


 イリスの放った巨大な氷の結晶、こちらは属性有利を取るオルグに任せるとして……。

 問題はルルの展開した未知の術式『万象天握ばんしょうてんあく』だ。


(一見したところ、ただの衝撃波。氷極殿ひょうごくでん天蓋てんがいに風穴を開けた魔術と同じものに見えるけど……)


 俺が敵の術式を分析している間にも、ステラとルーンが迎撃を始める。


魔炎裂衝まえんれっしょう!」


比翼天水ひよくてんすい!」


 炎の斬撃と水の波動は、迫り来る衝撃波を打ち払う。


(けっこうな威力だけど……っ)


(二人掛かりなら、相殺そうさいしきれます……!)


 すると――衝撃波を隠れみのにして接近したルルが、前衛のステラを強襲する。


「そらよっと!」


 中空から繰り出された右横蹴り。


「甘い……!」


 彼女は半身はんみでそれをかわし、返す刀で斬り掛かる。


 しかし、


「あはは、ボクに物理は効かないよ? 万象天握ばんしょうてんあく


「なっ!? がは……っ」


 鋭い斬撃がルルの胸部を捉えた瞬間、その衝撃はステラに跳ね返った。


「ステラさん……!? この……瞬影しゅんえい郷雷ごうらい!」


 ルーンはすぐさまカバーに入り、強力な雷を放ったのだが……。


「残念無念、魔術も効かないんだよなぁ! ――万象天握」


 ルルは無邪気に笑いながら、彼女の魔術さえも容易く跳ね返した。


「そん、な……きゃぁ!?」


 雷にその身を焼かれたルーンは、思わずその場に膝を突く。


「――オルグ!」


「ワカッテオル!」


 灼熱の炎をまとったオルグが、ルルのもとへ殺到し、巨大な棍棒を振り下ろす。


「ヌゥンッ!」


下下炎獄かかえんごくを統べる王か。『ガチ』ならかなりキツイ相手だけど……今の君なら問題ないね。――万象天握」


 ルルの裏拳うらけんと棍棒がぶつかり合った瞬間、オルグの巨体が吹き飛んだ。


「ヌゥ!?」


「あははっ。まさかこんなに飛ぶなんて……さすがは炎鬼えんき、凄い力だ」


 ステラの斬撃とルーンの魔術を反射したうえ、オルグを圧倒するあの膂力りょりょく……。


(……なるほどな。ルルの術式は――)


 俺がようやくこたえに辿り着かんとしたそのとき、


「くくっ。良き働きじゃぞ、前髪! そぉら、もう一本追加だ!」


 フリーになっていたイリスが、三本目の魔力柱をへし折った。


(く……っ)


 俺は即座に魔力を回し、魔力柱を補強するが……。


(さすがにもう……限界だ……ッ)


 途轍とてつもない魔力消費に加えて、脳に掛かる莫大な負荷。

 どう足掻いても、俺が維持できるのは三本が限界。

 後一本でも折られれば、天領芒星は完全に崩壊してしまう。


「いやいや、たった一人で三本も維持するなんて、さすがに無茶苦茶過ぎるでしょ……。どんな魔力と処理能力なのさ……」


「確かに驚異的じゃが……。アルトの小僧とて、もはや限界を超えておる。四本目は確実にもたぬな」


 ルルとイリスは涼しい顔で、そんな会話を交わしている。


(現状、確かにかなり不利な状況に追い込まれているけど……っ)


 イリス単独ならば抑え込めるし、万象天握のネタもおそらく掴んだ。


 つまり、今優先すべきは――異物イレギュラーの排除!


「ステラは『斬撃』! ルーンは『風』! オルグは『炎』!」


 俺の抽象的な言葉に三人は素早く反応、


魔炎連斬まえんれんざん!」


霹靂へきれき衝風しょうふう!」


生徳羅炎しょうとくらえん!」


 系統の異なる三種の攻撃が、ルルのもとへ殺到。


 すると――。


「い゛っ!?」


 彼は万象天握を展開せず、一目散に中空へ逃げ出した。

 物理・魔術――あらゆるものを反射する術式を持っている男が、全力で逃げ出したのだ。


「やっぱりそうか」


「アルト、どういうことなの!?」


「これは、いったい……?」


 不思議そうな顔をしたステラとルーンは、詳しい説明を求めてきた。


「万象天握――その術式効果は『現象の掌握』。斬撃・打撃・魔術を問わず、ありとあらゆる『現象』を支配し、その力を操作することができるんだ。但し、掌握できる現象は術式を展開するごとに一種類のみ」


「ということは、ルルの術式は一対一ならば絶対の力を誇るけれど……」


「一対多なら、そこまで恐れる相手じゃない……!」


「あぁ、そういうことだ」


「……ビビり前髪、露骨に逃げ過ぎじゃ」


「…………すみません」


 万象天握ばんしょうてんあくのネタは割れた。

『幻想神域』は広義の結界術に属するため、天領芒星てんりょうぼうせいが生きている現状、ルルはその切り札を使うことができない。


 つまり――奴を仕留めるには、今このときが最大のチャンス!


「ステラ、ルーン! 俺はこれから約一分、下下炎獄かかえんごくを完全召喚し、『オルグの本尊』を呼び出す! オルグがイリスを抑えている間に、二人はなんとかしてルルを倒してくれ!」


「えぇ、わかったわ!」


「承知しました!」


 戦闘方針が決まり、にわかに勝機が見え掛けたそのとき――パチパチパチと乾いた拍手が響いた。


「――見事じゃ、アルト・レイス。圧倒的な魔力量・卓越たくえつした召喚術・類稀たぐいまれな戦術眼、お主ほどの召喚士は、神代にも二人とおらぬじゃろう」


 イリスは純粋な賞賛を口にした後、飛びきり邪悪な笑みを浮かべる。


「しかし、残念だったのぅ。『時間切れ』じゃ」


 次の瞬間、彼女を封じる結晶に巨大な亀裂きれつが走った。


「くそ、やられた……っ」


 イリスには、天領芒星を崩す二つのプランがあった。


 一つは魔力柱をへし折り、外側から崩すこと。

 一つは第五術式を破棄し、内側から崩すこと。


 外と内――二つの破壊工作を同時に進めていたのだ。


(さすがは神代の魔女、老獪ろうかい手管てくだだな……っ)


 俺が奥歯を噛み締めている間にも、大魔王の構築した最強の封印術は崩壊し、そこに秘められた膨大な魔力が霧散むさんしていく。


 神々しい魔力柱が一つまた一つと消失し、巨大な結晶が粉々に砕け散った次の瞬間、


「……き、た……っ。きたきたきたきたぁああああああああ……!」


 身の毛のよだつような極寒の魔力が吹き荒れ、辺り一帯が銀世界に染められていく。


「『千年』……言葉にすれば一瞬じゃが、本当に……本当に長かった……」


 完全復活を果たしたイリスは、万感の思いのこもった呟きをこぼす。


「む、無理よ……っ」


「こんな化物といったいどうやって戦えば……っ」


 ステラとルーンは、イリスの放つ絶大な魔力に当てられ、完全に戦意を喪失していた。


「さてさて、魔王様の天領芒星もなくなったし、ボクの幻想神域も解禁だね! これは一気に形勢逆転、かな?」


 切り札を取り戻したルルは、無邪気に微笑む。


「さぁアルト・レイス、これより神代の魔術合戦を始めようではないか!」


 かつての力を取り戻したイリスが、極寒の冷気を解き放つ中、


「ふぅー……やっぱり・・・・こうなったか・・・・・・


 俺は一人、大きなため息をつく。


 千年前の封印術式を維持・補強するなんて、土台どだい無理な話だったのだ。


 ならばどうするか?


 ――原点に立ち戻り、封印を張り直せばいい。


 俺は『封』の手印を結び、正真正銘、持てる全ての魔力を解放する。


「――封印召喚・天領芒星てんりょうぼうせい


 次の瞬間、五芒星の五角から、新たな魔力柱が立ち昇る。


「小僧、貴様……まさか……!?」


「イリス、『二つのプラン』を同時に進めていたのは、何もお前だけじゃないぞ?」


 俺が封印召喚・天領芒星てんりょうぼうせいを展開した結果、五芒星の角から新たな魔力柱が立ち昇り――完全体となったイリスの体が、分厚い結晶に覆われていく。


「こ、これは……!?」


「魔王様の封印術……!?」


 一瞬の驚愕の後、凄まじい怒声が響き渡る。


前髪まえがみィ゛! 今すぐアルトを殺せ! 出し惜しみは無用、幻想神域げんそうしんいきを使うのじゃ!」


「もうやってる! でも、無理……閉鎖空間を構築できない……っ。この封印魔術は、正真正銘『魔王様のそれ』だ……ッ」


「こ、の……!」


 イリスはまだ自由のく右手を振るい、極寒の冷気を飛ばした。

 完全体となった彼女の魔術――その威力は想像を絶し、触れたもの全てを銀氷ぎんひょうに変えていく。


 天領芒星てんりょうぼうせいの構築に全魔力を注いでいる今の俺に、これを防ぐ術はない。


 しかし、


「――サセヌ!」


 獄炎ごくえんまとったオルグが、その身を盾にして防いでくれた。


「ぐっ、下下炎獄かかえんごく畜生ちくしょうが……。鬼の誇りとやらは、どこへやったのだ!?」


「ソンナモノ、トウノ昔、アルトヘ捧ゲテオルワ」


 問答を交わしている間にも、封印はどんどん進んで行く。


「この儂が……こんなガキに……ッ。おのれ、おのれおのれ、おのれぇええええ……! アルト・レイス、その名前、未来永劫と忘れぬぞぉおおおおお゛お゛お゛お゛……!」


 凄まじい怨嗟えんさの声をあげながら、神代の魔女イリスは再びながい眠りについた。


 シンと静まり返る中、俺はホッと安堵の息を漏らす。


「あぁ……疲れ、た……」


 次の瞬間、視界がグラリと揺らぎ、前のめりにバタリと倒れ込んでしまう。


「アルト……!?」


「アルトさん、大丈夫ですか!?」


 ステラとルーンが慌てて駆け寄って来てくれた。


「あ、あはは、ごめん……。でも大丈夫、ただの魔力切れだ」


 もはや小鳥一羽として召喚できない。

 いつの間にか、オルグの召喚も解けてしまっている。


(こんな状態になるのは、『師匠』に召喚魔術を教わったとき以来だなぁ……)


 俺がぼんやりそんなことを考えていると、ラココ族のみなさんがポツリポツリと言葉を漏らす。


天領芒星てんりょうぼうせいが……一族の悲願が、った、のか……?」


「我らは、勝ったのか……?」


 どこか呆然とする彼らへ、俺は告げる。


「――はい。これでもう千年は持つでしょう。この勝負、俺たちの勝ちです」


 次の瞬間、歓喜の大爆発が巻き起こった。

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