第二章
第1話:大宴会と新たなダンジョン
神代の魔女イリスの再封印に成功した。
この
月明かりに照らされた広場中央には、大きな祭壇が設けられ、そこに灯された火が煌々と燃え上がる。
横笛と太鼓によるラココ族の伝統音楽が奏でられる中、
「うぅ、よかったぁ……。神代の魔女が封印できて、本当によかった……っ」
「今日はなんて日だ! こんなに酒が美味いのは、いつ以来になるか!」
「おぉ、偉大なる祖よ。今宵、我らは至上の使命を成し遂げることができました」
感涙に咽び泣く者・浴びるように酒を呑む者・祖霊に祈りを捧げる者、表現の仕方はみんなそれぞれ違うけれど、ここは今、幸せと喜びでいっぱいだった。
そして――。
「救世主様、どうぞこちらをお召し上がりください!」
「ラココに伝わる伝統料理でございます。お口に合えばよいのですが……」
「あ、ありがとうございます……っ」
俺のもとへは、海や山の幸が次々に運ばれてくる。
イリスの封印が完了した後すぐ、「すみません、自分は救世主でもなんでもないんです」と正直に打ち明けたのだけれど……。
「はっはっはっ、何をおっしゃいますか!」
「またまた御冗談を……あの神の如き召喚術は、救世主様にのみ許された御業でしょう!」
「それに何より、アルト殿が村へ訪れてすぐ、ラココの
ラココ族のみなさんはそう言って、まともに取り合ってくれなかった。
その結果、俺は今も救世主様として、異常なほどの厚遇を受けている。
「はぁ……。ラココ族を騙しているような気がして、なんだか気が重いな……」
目の前にズラリと並んだご馳走を見ながら、深く大きいため息をつく。
「もう……アルトはちょっと真面目過ぎ。――ん~~っ、おいしぃ! ほら、せっかく作ってくれた料理が冷めちゃうわよ?」
「ラココ族からすれば、アルトさんは正真正銘の救世主。『嘘も方便』と言いますし、あまり気負う必要はないかと。それよりも――一緒に食べませんか? ラココ族の伝統料理、とってもおいしいですよ?」
「そう、か……。うん、そうかもな」
ステラとルーンの後押しを受け、気持ちを切り替えた俺は――全力で宴を楽しむことに集中し、ラココ族の御馳走に舌鼓を打った。
そうやって伝統の演奏と料理を楽しんでいる間、
「救世主様、
「アルト様、この御恩は一生忘れません」
最長老様やヒリンさん、その他大勢のラココ族の人達が長い列を成し、代わる代わる感謝の言葉を述べていく。
そしてその中には、族長であるディバラさんの姿もあった。
彼は静かに膝を突き、深々と頭を下げた。
「――救世主アルト殿。先般の非礼、ここに詫びせていただきたい。儂の未熟さ故、貴殿の真の力を見誤り、くだらぬ戯言を吐き捨てた。……申し開きの余地もない」
「い、いえいえ、どうかお気になさらないでください」
自分よりも一回り……いや三回りぐらい年上の人に、こうも真剣に謝られたら、却ってこちらが恐縮してしまう。
「なんという深き懐……完敗でございます。このディバラ、一から鍛え直さねばならぬようですな」
憑き物が取れたかのように柔らかな笑みを浮かべた彼は、「宴はまだまだ続きます。どうぞお楽しみください」と言って、クルリと
その後、賑やかな宴会は夜通し続き、東の空が白み始めた頃に一旦のお開きを迎える。
「――それじゃ自分達は、このあたりで失礼しますね」
「ありがとうございました」
「みなさん、お体には気を付けてくださいね」
俺・ステラ・ルーンが別れの言葉を口にすると、村中に激震が走った。
「そ、そんな……もう行ってしまわれるのですか!?」
「今日の今日ですよ!? そんなに急がなくとも……」
「救世主様ぁ、せめて後三日……いえ、一日だけでも……っ」
ラココ族の人達はそう言ってくれたけれど……。
「すみません、お気持ちは大変嬉しいのですが、ギルドへの報告を急がなくてはいけませんので」
クエストを達成した冒険者は、可及的速やかにギルドへ報告する義務がある。
それに何より、俺はこの件について、校長先生とみっちりと濃密なお話をしなければならないのだ。
「そうですか……。なれば、仕方ありませんね」
最長老様はかなり名残惜しそうだったけれど、こちらの事情に納得してくれた。
「救世主様、またいつでもいらしてください。我らラココは、貴方様の御来訪を心よりお待ちしております」
「此度は本当にありがとうございました!」
「次に来る時までに、アルト様の立派な像を立てておきますねー!」
こうして俺たちは、大勢のラココ族に見送られながら、王都への帰路に就くのだった。
■
それからしばらく街道沿いを歩き、ラココ村が見えなくなったあたりで、俺は大きくグーッと伸びをする。
「ふぅー……今回はさすがに疲れたな」
「アルト、大活躍だったもんね」
「まさか大魔王の封印魔術を召喚するなんて……相変わらずというかなんというか、アルトさんの召喚魔術は本当に無茶苦茶ですねぇ」
ステラとルーンから労いの言葉が掛けられた直後、
「まったく、おかげで割を食わされたわ」
背後から響いたのは、存在しないはずの四人目の声。
バッと勢いよく振り返るとそこには――。
「なんじゃ、
手乗りサイズに縮んだ神代の魔女イリスが、フワフワと空中に浮かんでいた。
「イリス、どうして……!?」
「あなた、封印されたはずじゃ!?」
「いったいどういうことですか!?」
俺たちはすぐさま戦闘態勢を取ったが……どうやらイリスにその気はないらしく、パタパタと左手を横に振った。
「これこれ、そう構えるでない。この体は
「……分、身?」
分身を作る魔術には、いくつか心当たりがある。しかし、それらは基本的に、術者からの魔力供給を前提として成り立つものだ。
今現在、イリスの本体は
外部からの魔力供給なしで、自律した分身を生み出すとは……いったいどんな方法を使ったのだろうか。
「ん、何を訝しがっておるのじゃ? 小僧の
自らの魂を切り分け、意思を持つ分身を成す。
口で言うのは簡単だが、途轍もなく高度な魔術技能だ。
さすがは神代の魔女というべきか、魔術の扱いについては頭一つ抜きん出たものがある。
「しかし、この小さき体はまっこと不便でのぅ……。先も言った通り、とかく『脆弱』の一言に尽きるのじゃ」
「まぁ……そうみたいだな」
イリスの分身に宿る魔力は、非常に弱々しかった。
魔力を隠している気配もないし、『弱くて困っている』というのは、きっと本当のことなのだろう。
「このままではそこらの低級モンスターに食われるのが関の山、せっかく逃がした魂の欠片は霧散し、またあの忌々しい
イリスは得意気な笑みを浮かべ、ピンと人差し指を立てた。
「喜べ、小僧! 貴様と召喚契約を結んでやる!」
実に偉そうな態度と口ぶりで、そんな提案を持ち掛けてきた。
「え、えー……」
予想の斜め上を行く提案に困惑していると、ステラとルーンが眉をひそめる。
「でも今のイリスって、雑魚モンスターに食べられちゃうぐらいに弱いんでしょ?」
「召喚契約を交わしたとして、アルトさんの役に立つでしょうか……?」
二人の意見に対し、イリスは呆れたとばかりに鼻を鳴らす。
「まったく、これだから尻の青いガキどもは……。確かに儂は弱くなった。
「なるほど……」
確かにこれは、イリスの言う通りだ。
知識は時として、力よりも大きな価値を持つ。
しかもそれが神代の知識ともなれば、その価値は計り知れないだろう。
「神代の知識が有用なのはわかるけど……。そもそもの話、どうして自分を封印した敵に――アルトに契約を持ち掛けるの?」
「やはり何か裏があるのでは……?」
尚も追及を続ける二人に対し、イリスはすらすらと解を述べる。
「先も述べた通り、今の儂は雪のように儚く可憐な存在ゆえ、
彼女はそう言うと、ジーッとこちらに視線を向ける。
「まぁそれに……小僧は中々に
意味深な笑みを浮かべたイリスは、何やら含みのあることを口にした。
「ねぇアルト、イリスはあんなこと言っているけど……」
「アルトさんは、どうするおつもりなんですか……?」
「うーん、そうだなぁ……」
召喚獣として正規の契約を結ぶと、そこには少なからず主従の関係が生まれるため、後ろから背中を刺されることはない。
「特にデメリットもなさそうだし、契約してみようかな」
「そっか。アルトがそう言うのなら、きっと大丈夫でしょ」
「召喚や契約については、アルトさんが一番詳しいですもんね」
二人も納得してくれたところで、改めてイリスと向き合う。
「それじゃイリス、よろしくな」
「うむ、苦しゅうないぞ、
そうしてイリスと召喚契約を結んだ後は、ひたすら街道沿いを練り歩き――正午過ぎになってようやく王都に到着した。
「やっと帰って来れたな」
「あ゛ー……疲れた。今回のクエスト、ちょっとカロリー高過ぎよ」
「早く温かいお風呂に入って、疲れを洗い流したいですねぇ……」
へとへとに疲れた様子のステラとルーン。
「むにゃむにゃ……。かかっ、氷漬けにしてくれる、わぁ……」
神代の魔女様もお疲れなのか、俺の頭の上ですやすやと眠っている。
「今日のところはとりあえず、冒険者ギルドにクエスト達成報告だけして解散しようか?」
「賛成ー」
「賛成ですー」
賛成多数。
みんなで移動を始めようとしたそのとき、
「――号外ぃ! 号外だよ!」
目と鼻の先にある大広場で、号外の新聞が配られ始めた。
「号外か」
「いいニュースだといいわね」
「せっかくですし、いただきに行きましょうか」
新聞屋の人から一部もらった俺たちは、広場の端に寄って記事に目を通す。
「これは……酷いな」
『十の冒険者パーティによる討伐隊、
ヘッドラインを飾っていたのは悲報、そして最後のページには、殉職した冒険者の名前がズラリと並んでいた。
(傀儡回廊……
傀儡回廊。
立体迷宮のような形をしたダンジョンで、その内部には非常に強力なモンスターが生息していると聞く。
これまでにも何度か討伐隊が結成・派遣されているけれど……その全てが失敗に終わっている。
風の噂によれば、傀儡回廊の最奥には、魔王の忌物が眠っているとかいないとか。
(このダンジョンも、早く攻略されたらいいのにな……)
俺がそんなことを思っていると、ステラとルーンが真っ青な顔で最後のページを――死亡者リストの一角を指さした。
「あ、アルト……
「な、何かの間違い……ですよね?」
二人は掠れた声で、小さく首を振る。
「…………え?」
一瞬、理解できなかった。
脳が理解を拒んでいた。
『B級冒険者レックス=ガードナー』
冒険者学院時代からの大切な友達の名前が、死亡者リストに載っていた。
「レックスが……死んだ……?」
号外の記事に載っていたのは、大切な友達の訃報だった。
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