第12話:神代の魔女

「あっ、あの……今のは伝承召喚という魔術であって、俺は決して救世主なんかじゃ――むぐ!?」


 真実を打ち明けようとしたそのとき、背後からステラとルーンに口を塞がれてしまった。


「せっかくいい感じに勘違いしてくれているんだから、このまま『救世主』で押し通しましょう!」


「正直なのはとてもいいことですが、こういうときぐらいはしたたかにやるべきかと……!」


 二人の吐息と小さな声が耳元に掛かり、背中には温かく柔らかい感触。


「わ、わかった……っ。言う通りにするから、ちょっと離れてくれ……!」


 俺たちがそんなやり取りをしていると――。


「あ、あり得ん……! こんなものはトリックだ! ただのマヤカシに違いない……!」


 酷く狼狽ろうばいした様子のディバラさんは、


「儂は認めぬぞ! 貴様が救世主であるわけがないのだ! 絶対に認めぬからな……!」


 絶対に認めない宣言を残し、自分の家へ駆け込んでしまった。


(う、うーん……。これはどうしたものか……)


 村人からの大きな信頼は勝ち取れたけど、族長との関係は非常に険悪けんあく


 この後どのように行動すべきかを考えていると、


「救世主様、どうぞこちらへ――最長老さいちょうろう様のもとへおいでください」


 ディバラさんの娘に連れられ、村の最奥にある一軒家へ通された。



 最長老様の御自宅は、古い大木が三本寄り添ってできた、非常に独特なものだった。

 広い客間に通された俺たちのもとへ、温かいお茶が差し出される。


「私は族長ディバラの娘、ヒリン・マスティフと申します。ただ今最長老様をお呼びしておりますので、もう少々お待ちくださいませ」


 お茶を運んできてくれたのは、ヒリン・マスティフ。


 身長は160センチほど、おそらく俺と同い年ぐらいだろう。

 黒い長髪を後ろでった、清廉で落ち着いた雰囲気の人だ。


「先ほどは父が大変な失礼を働き、本当に申し訳ございませんでした。それと……守っていただき、ありがとうございます。救世主様の深き御慈悲に感謝を」


 彼女はそう言って、謝罪と謝意を述べた。


「いえ、気にしないでください。本当に大したことはしていませんから」


 俺はただ簡易召喚を展開しただけであり、頑張ってくれたのはうちの可愛いスライムだ。


 そんな話をしていると――奥の方から、独特な気配が近付いてきた。


 古びたふすまがスッと開き、側仕そばづかえ二人を引き連れた老齢の女性が、小さく頭を下げた。


「お初に御目おめにかかる。アルト殿、ステラ殿、ルーン殿。よくぞラココへいらっしゃった」


 最長老様は木の杖を突きながらゆっくりと進み、一人掛けの大きな椅子へ腰を下ろす。


(……目が見えないのか)


 両目はずっと閉じられたままだが、どこか不思議な貫禄かんろくを放っている。


 ちなみに……ヒリンさんの話によれば、最長老様は今年でなんと御年170歳を迎えるそうだ。


「村の者から、アルト殿が伝承にありし『救世主』だと聞きました。それはまことでございましょうか?」


「えっと、あの…………はい、そうなのかも、しれません……」


 悩みに悩んだ結果――俺は仕方なく、嘘をつくことにした。

 心がズキズキと痛むけれど……。

 これも全ては、ラココ族とカルナ島に住むみんなのためだ。


「ふむ……御手おて拝借はいしゃくしてもよろしいですかな?」


「手、ですか……?」


「えぇ。古くより、手は口ほどにモノを語ると言います。友誼ゆうぎを交わすのも、術式を結ぶのも、心をむのも、全ては手を介して行われるのです」


「なるほど」


 最長老様の差し出した右手に、自分の右手を重ねた。


「……おぉ、これはこれは……。慈愛じあいあふれた善なる心、そして――なんと懐かしき魔力・・・・・・であろうか。もはや間違いあるまい。この御方こそ、伝承にありし救世主じゃ」


「おぉ!」


「やはりそうであられたか!」


「あぁ……偉大なる祖霊の導きに感謝を……っ」


 最長老様が太鼓判たいこばんを押したことにより、村人たちの誤解は一層深刻になってしまった。


「――救世主殿、どうかこの老いぼれの話を聞いてくだされ」


 最長老様は一呼吸を置いた後、ゆっくりと語り始める。


「今から千年以上も昔、この地に神代の魔女という化物が降り立ちました。の者は邪悪な氷術ひょうじゅつを操り、カルナ島はおろかリーゼル大陸を丸ごと氷漬けにした。そうして『氷の大帝国』を築いた魔女ですが……その天下も長くは続きません。あまりに勢力を広げ過ぎた故、彼の大魔王に目を付けられてしまったのです」


 ……なんだか嫌な予感がする。


「大魔王はその圧倒的な魔力と神の如き術式をもって、神代の魔女を封印。氷の大帝国は一夜にして滅び、世界は――ラココ村は雪解けを迎えたのです」


「大魔王の封印……!?」


「わ、私も初耳です……っ」


 ステラとルーンは、小声でそんなやり取りを交わす。


(ふぅー……。なるほど、そういうこと・・・・・・か…)


 脳裏をよぎったのは、冒険者ギルドで交わされた、俺とマッドさんのあの・・会話・・だ。


『それほど強力な封印術式、いったい誰が構築したんですか?』


『えっ、いやそれは……ッ。あ、あー……すまない。ちょっとド忘れしてしまったみたいだ。あはは、いやぁ年は取りたくないものだね』 


 マッドさんは知っていたんだ。

 氷極殿の封印を構築した術者が、あの大魔王であることを。


 しかしそれをこちらへ伝えれば、『A級冒険者専用のクエスト』という『嘘』がばれてしまう。


 だから、意図的に情報を伏せた。


 まぁおそらくこれは、校長先生からの指示だろうな。


(しかし、神代の魔女……。あの大魔王が『殲滅』ではなく、『封印』を選んだほどの相手か……)


 俺が警戒を強めていると――最長老様が、その後の歴史を語り始めた。


「我らが偉大なる御先祖様は、大魔王の封印術式を何百年と掛けて必死に解読し、それを族長相伝の術式として継承してきました。そうやって千年という長きにわたり、大魔王の残した封印を維持してきたのですが……。今より三年前、先代の族長ロンゾ・マスティフが流行り病で急逝きゅうせい。相伝の術式が、途絶えてしまいました」


 彼女は複雑な表情で話を続ける。


「次代の族長に就いたディバラは、才気に溢れる稀代きだいの大魔術師なのですが……。やはり相伝の術式なくしては、封印を維持することも難しく。今やもう、大魔王の封印術式は崩壊寸前となっております」


 苦しい現状を語った最長老様は、まぶたの降りた目を真っ直ぐこちらへ向けた。


「ただそれでも、ディバラは村を守るため、必死にせいを尽くしております。この一週間なぞは片時も眠らず、毎日氷極殿へおもむき、自身の魔力で封印を補強しておるのです。『儂にはがくがないゆえ、こんなことしかできぬ』と涙をこぼし、焼け石に水とわかっていながら、それでも氷極殿で魔力を燃やし続ける。不器用で愚かな男ですが、その根は決して腐っておりませぬ。――先刻、あやつが救世主殿に無礼を働いたと聞きました。私の顔に免じ、どうか許してやってはいただけないでしょうか」


 彼女が深く頭を下げたところで、玄関口の扉が荒々しく開かれ――ディバラさんが顔を出した。


「――最長老様。そのような偽物に、我が部族の歴史を語り聞かせる必要はございませぬ。ましてや貴方様が頭を下げるなど、あってはならぬことです」


「ディバラ。この御方は真実の救世主であらせられる。それをあろうことか『偽物』など……失礼な物言いはよせ」


 最長老様は真っ白になった目をカッと見開き、凄まじい圧を放つ。


(……この人、相当お強いな)


 齢170を越えて、このみなぎる大魔力。

 現役時代は、さぞや凄腕の術師だったに違いない。


「…………儂はこのような余所者よそものを、ましてやD級冒険者などを認めませぬ。認めはしませぬが……どうやらこの男、魔術の覚えはあるらしい。今夜決行する『封印決戦』、その端に置いてやってもよいと思っております」


 おそらくは村人からの強い説得を受けたのだろう。

 ディバラさんは不承不承ふしょうぶしょうといった様子で、封印への協力を認めてくれた。


「『端に置いてやってもよい』ですってぇ……?」


 彼の言葉に引っ掛かったのは――もちろん、ステラだ。


「なんだ小娘、文句でもあるのか?」


「文句ありありよ! せっかくアルトが手伝うって、言ってくれているのに……『ありがとう』の一つでも言ったらどうなのかしら!?」


「す、ステラ……気持ちは嬉しいけど、俺のことは大丈夫だから……っ」


「父上! アルト様は遥か古より伝わりし救世主様でございます! 言葉遣いには、くれぐれもお気を付けください!」


 俺とヒリンさんになだめられた二人は、


「むぐぐ……っ」


「ぐぬぬ……っ」


 お互いに睨み合いながらも、ひとまずほこを収めた。


(ステラとディバラさんの相性は最悪だな)


 この二人は、あまり近付けない方がいいだろう。


 その後、俺たちは今夜の封印決戦に備え、綿密な作戦会議を始めるのだった。



 作戦の決行は今夜零時。

 なんでもその時間は、ラココ族の魔力が最も高まるそうだ。


 作戦開始までの数時間、それはまぁいろいろと大変だった。


 ラココ族のみなさんは、俺のことを救世主だと信じて疑わず……。


「救世主様、どうかうちの子の頭をでてやってはくれないでしょうか……!」


「救世主様、何か御言葉をたまわれないでしょうか!?」


 彼らのお願いを一つ一つ聞いていったら……思いのほかヘトヘトになってしまった。


 そんな風にして時間は流れていき、夜の十一時三十分。

 いよいよ氷極殿へ突入する。


 封印決戦に臨むのは、総勢五十人。

 俺・ステラ・ルーン・ディバラさん・ヒリンさん、その他大勢のラココ族の魔術師。

 足の悪い最長老様は、家の中で祈祷を続けるそうだ。


 氷極殿への入り口は、ラココ族のほこら

 秘密の隠し扉を開け、静かな地下室を進んで行くと――極寒の冷気が吹き上がってきた。


「さ、さむ……っ」


「これは冷えますね……ッ」


 俺は武装召喚で炎獅子のローブと太陽神の法衣ほういを取り出し、ステラとルーンの肩に掛けてあげる。


「俺のでよかったら使ってくれ」


「ありがとう、アルト。……あぁ、温かぃ……」


 ステラは柔らかく微笑み、


「アルトさんの使った服……」


 ルーンはなんと、においを嗅ぎ始めた。


「あ、あの……においをぐのはちょっと……っ」


「え……? あぁっ!? す、すみませんすみません……! 今のはつい魔が差してしまっただけなんです……! 別に冒険者学院の頃から、隠れてこっそりこんなことをしていたわけじゃありませんので……!」


 彼女は顔を真っ赤に染め上げ、必死に両手を左右に振った。


「あ、あぁ、わかった」


 俺の保管してある魔具は、使用した後はもちろんこと、最低でも月に一度はちゃんと手入れしてあるから、多分変なにおいはしなかった……はずだ。


(というか、冒険者学院の頃から……?)


 ……いや、深く考えるのはよそう。


 ルーンがここまで必死に「やっていない」と言うのだ。

 大切な友達の言葉を信じなくてどうする。


 そうこうしているうちに、あっという間に中層へ到着した。


「――これより先、大魔王の呪いによって、氷極殿はダンジョンと化しておる! みな、心して掛かるのだ!」


 ディバラさんが警告を発し、先陣を切って突き進んで行く。

 邪悪な魔力と不気味な瘴気しょうきき分けていくと――B級モンスターの群れに遭遇。


(……この程度なら、『武装』もいらないかな)


 俺が両手両足に魔力を込めたそのとき――。


天道術てんどうじゅつ日輪にちりん!」


潜影せんえい呪術じゅじゅつ蟒蛇うわばみ!」


魔笛まてき演舞えんぶほむら!」


 ラココ族のみなさんは一斉に魔術を展開、迫り来るモンスターの群れをあっという間に片付けた。


(……不思議な魔力だな)


 魔力というものは、人それぞれに特色があるのだが……。

 彼らのものは、それがどこか濁っていた・・・・・


 いや、正確には交ざっている・・・・・・と表現するのが適切だ。


(これは……なるほど、『降霊術』の一種か)


 おそらくは、昼間行っていたという舞踊と祈祷の効果なのだろう。

 彼らの魔力と身体能力は、祖霊の加護によって、大きく向上しているようだ。


 その後、破竹はちくの勢いでモンスターたちを蹴散らし、いよいよ最下層へ辿り着く。


 眼前にそびえ立つのは、巨大な漆黒の扉。

 この先に、神代の魔女が封印されているのだ。


 ディバラさんはこちらへ向き直り、ゴホンと咳払いをする。


「作戦会議のときにも説明したが、もう一度周知を徹底しておこう。大魔王の封印は最下層全域に効果を及ぼしており、封印術・結界術のたぐいは機能せぬ。特に防御の際、いつもの癖で結界術を展開せぬよう注意するんだぞ?」


 全員が頷いたことを確認した彼は、静かに両手を扉に掛ける。


「――では、行くぞ!」


 ディバラさんが勢いよく扉を押し開けた次の瞬間、


「「「~~ッ」」」


 超高密度の魔力が吹き荒れ、ラココ族の魔術師たちが顔を真っ青に染めた。


「そ、そんな……『第四術式』までもが、完全に破られている!?」


「残すはもはや第五術式のみ。これではもう後一刻いっこくもしないうちに……ッ」


 どうやら事態は、思ったよりもずっと深刻なようだ。


狼狽うろたえるな! 敵は所詮、封印に囚われし哀れな魔女だ! さぁ、すぐに持ち場へ――」


 ディバラさんの号令に紛れて、透き通るような声がシンと響く。


「――血氷術けっひょうじゅつ限久げんきゅう凍土とうど


 刹那せつな、とてつもない大魔力の込められた猛吹雪が、視界を真っ白に染めた。


「馬鹿、な……!?(まだ第五術式が機能している状態で、なんだこのふざけた出力は!? 迎撃――儂の展開速度では間に合わぬ。回避、不可。術式の範囲が広過ひろす、駄目だ……死――)」


「――異界いかい召喚・下下かか炎獄えんごく


 敵の放った強烈な猛吹雪は、炎獄えんごくの熱波に呑まれ――世界が『純白』から『紅蓮』へと塗り替えられていく。


 灼熱の業火ごうかが噴き上がり、煮えたぎる溶岩が地をう。

『下下炎獄』という焦熱しょうねつの異界が、氷極殿の最下層を浸食していった。


「ホォ、イキナリ我ガ世界ヲ召喚スルトハ……。此度こたびノ相手、カナリノ強者ト見タゾ!」


 凶悪な笑みを浮かべた炎鬼オルグが、下下炎獄の軍勢を引き連れて顕現けんげん


「ほぅ……。あの刹那せつなで異界を構築するとは、中々に優れた術師がいるようだ……」


 いまだ先の見通せない雪化粧ゆきげしょうの奥、神代の魔女の声が不気味に響く。


「俺が奴の足止めをします。みなさんは持ち場へ急いでください……!」


 直後、


「――散開!」


 ディバラさんが大声を張り上げ、ラココ族の魔術師たちは一斉に移動を開始、それぞれの『持ち場』へ走り出した。


 大魔王の封印術式――『天領芒星てんりょうぼうせい』。

 これは五芒星ごぼうせいの術式を描き、五つの角に魔力柱まりょくちゅうを構築、星の中心にいる敵を封印するというものだ。


 今回の戦術目標は、崩壊寸前となった天領芒星てんりょうぼうせいの再構築。

 これを為すため、俺たちは五芒星の角に――それぞれの持ち場につき、今にも消えてしまいそうな魔力柱を補強していく。

 ただしそれには、文字通り『莫大な魔力』が必要だ。


 ラココ族の魔術師十人が死力を尽くし、なんとか魔力柱の一本を安定させられるかどうか……といった具合である。

 しかも、大魔王の術式ということもあり、その構成は極めて複雑怪奇。

 魔力柱の術式構成を解きほぐし、そこへ自身の魔力を流し込んで補強する。


 この一連の作業には、魔術への深い理解と潤沢じゅんたくな魔力と大量の時間が必要なのだ。


 そしてもちろん――神代の魔女が、これを見逃すわけがない。


「――血氷術けっひょうじゅつ月華晶げっかしょう


 視界の通らぬ銀世界の奥から、鋭い氷のはなが次々に殺到する。


「オルグ、炎炎陀羅尼えんえんだらに!」


「ヌゥン!」


 彼が両手を合わせれば、108の大炎塊が浮かび、迫り来る月華晶げっかしょうを燃やし尽くす。


「その技、下下炎獄かかえんごくの鬼か……。もはや何代目の首領しゅりょうになるのや知らぬが、相も変わらず暑苦しい限りじゃのぅ」


 神代の魔女はそう言って、苛立たしげに舌を打つ。

 炎獄の鬼とやり合うのは、今回が初めてじゃないらしい。


「さて、と……神代の魔女。そろそろ姿ぐらい、見せてくれてもいいんじゃないか?」


 オルグへ大量の魔力を供給し、彼の基礎能力を大きく向上させる。


「ちょっと大きめのを頼む」


「ヨカロウ」


 彼の手元の空間が歪み、極大の噴火口ふんかこうが出現。


「――明王みょうおう崋山かざん!」


 凄まじい魔力を内包した炎が、爆発的な勢いで解き放たれ、前方に広がる氷のカーテンを消し飛ばす。

 大量の水蒸気が発生し、ようやく視界が開けるとそこには――巨大な結晶に囚われた、美しい女性がいた。


(あれが神代の魔女、か……)


 背中まで伸びた、真っ直ぐなあおい長髪。

 身長はおそらく170ほど、外見上の年齢は20代半ばぐらいだろうか。

 どこまでも澄み切った群青ぐんじょうの瞳・スラッと伸びた細い肢体したい均整きんせいの取れた美しい顔。

 豊かな胸にくびれた腰付き、その完璧なプロポーションには非の打ちどころがなく、誰もが息を呑む絶世の美女だ。


「ふむ、驚いたぞ。まさか『銀海ぎんかいかべ』をこうも容易く突破するとは……見事だ。神代にも、これほどの召喚士はそういなかったぞ。褒めて遣わそう」


「それはどうも」


 これはまた、偉そうな魔女様だ。


「儂は神代の昔より、魔術を探求しておるイリスという術師じゃ。そこの召喚士、名乗るがよい」


 向こうが先に名乗ってきたのなら、こちらも返すのが最低限の礼儀。


「アルト・レイス」


「……レイス? その名前、どこかで聞いたことが…………ふむ、これも封印の影響か。まだ頭がしゃんとせぬな」


 イリスは小さくかぶりを振った後、素早く周囲に目を向けた。


「なるほどなるほど……儂とタメを張れるのは、アルトぐらいのようじゃな」


 彼女は小声で何かを呟いた後、スッとこちらへ右手を伸ばす。


「手を組もう」


「……え?」


「現状、お主さえ邪魔をせねば、儂は今夜にでもこの憎き封印を破壊できる! そうして完全復活を果たしたあかつきには、再び『氷の大帝国』を築き、今度こそ『世界征服』を成し遂げるのじゃ! ――もちろん、優れた召喚士であり、協力者である小僧には、それ相応の地位ポストを用意しよう。どうじゃ、悪い話ではなかろう?」


 なんともまぁ馬鹿げた話だけど……好都合だな。


 今は一分一秒でも長くイリスの足止めをし、ディバラさんたちが魔力柱まりょくちゅうを補強する時間を稼ぎたい。


(それにまぁ……考えようによっては、『神代しんだいの生き証人』と話せるまたとない機会だ)


 時間稼ぎ+情報収集ということで、ちょっと会話に乗るとしよう。


「世界征服、ね。こう言っちゃあれだけど、あんまり最近の流行はやりじゃないぞ?」


「かかっ、馬鹿を言え。いつの時代であれ、天下取りは万人の憧憬どうけいじゃろう。そして――あの憎き大魔王が死んだ今、次代の覇者は、この儂の他におるまい!」


 随分な自信だが……その前に一つ、引っ掛かることがあった。


「どうして大魔王が死んだと?」


 イリスは千年もの間、ずっとこの結晶の中に封印されており、意識が覚醒したのもほんのつい最近。

 それが何故、大魔王の死を知っているのだろうか?


「もしもアレが健在だったならば、儂は未来永劫、この中から出られぬ。そもそもの話、こうして目を覚ますことさえないじゃろう。大魔王は、文字通り『魔の王』。その術式は完全にして無欠であり、何千年と経てども朽ちることはない。しかし――現実はこう・・じゃ!」


 彼女は両手を広げ、嘲笑を浮かべる。


天領芒星てんりょうぼうせいは、年々その力を弱めていき、今やもう崩壊寸前! ここから導き出される結論は一つ――あの化物は、死んだのであろう?」


「あぁ、そうだ」


「かかっ、やはりな。――して、誰にられた? 主神か? 精霊王か? はたまた忠臣に背を刺されたか?」


「いいや、『伝説の勇者パーティ』によって滅ぼされたんだ」


 俺がそう答えた瞬間、


「くっ、かか……かかかかかかかか……ッ! アルト、これはまた面白いことを言うではないか!」


 イリスは手を打ち鳴らし、腹の底から大笑いを始めた。


「この儂が断言してやろう! たとえ天地がひっくり返ろうとも、それだけは・・・・・絶対に・・・あり得ん・・・・!」


「どういうことだ?」


「たかだか人間風情が、大魔王を滅ぼした? そんな戯言ざれごとは、あの化物を直視していないから口にできるのだ! 傲岸不遜ごうがんふそんなる主神や自意識の権化ごんげたる精霊王でさえ、アレと直接ほこを交えることだけは避けた。儂を封印した男は、それほどの規格外なのじゃ! 断じて、人間に敗れるほど軟弱ではないわ!」


 彼女はそう言って、伝説の勇者パーティの逸話いつわを真っ向から否定した。


(……この感じ、嘘をついているわけじゃなさそうだな)


 イリスの言うことが真実だとするならば、俺たちは嘘の歴史を教えられてきたということになる。


 しかし、誰がそんなことを?

 いったいなんのために?


「――とかく。大魔王の死については、調べてみる必要がありそうじゃ。そもそもの話、アレが負ける姿なぞ、儂には想像すらできぬ。世界を征服した後、ゆるりと『謎』を解き明かすとしよう」


 そうして復活後の活動方針を定めた彼女は、思い出したかのようにポンと手を打ち鳴らす。


「――っと、話が横道にれてしもうたな。どれ、そろそろ先の返答を聞かせるがよい」


 ……うん、ここまでかな。


 チラリと周囲を見渡せば、既に全員が持ち場につき、魔力柱まりょくちゅうの補強へ入っていた。


(よしよし、いいぞ)


 けっこう面白い話が聞けたし、何より時間がかなり稼げた。

 最高の滑り出しを決めたところで、あらかじめ用意しておいた回答を口にする。


「悪いけど、イリスとは手を組めないよ。お前のように危険な奴を復活させるわけにはいかないからな」


「では、死ね。血氷けっひょう術・曝氷ばくひょう聖殿せいでん


 彼女もこちらの返答を予想していたのだろう。


 なんの躊躇ちゅうちょもなく、微塵みじん容赦ようしゃもなく、わずかな遠慮もなく、大魔術を行使してきた。


(これはまた、規模のデカい魔術だな)


 天より降り注ぐ、数多の巨大な氷片。


「――オルグ、碧羅万焦へきらばんしょう


 瞬間、太陽の如き灼熱しゃくねつの炎球が膨れ上がり、曝氷ばくひょう聖殿せいでんを焦がし尽くす。


「かかっ! その若さで、よき魔力と術を持っておる! 千年ぶりの魔術合戦、楽しませてもらおうではないか!」


 こうして俺と神代の魔女イリスとの一騎打ちが、ついに幕を開けるのだった。


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