第12話:神代の魔女
「あっ、あの……今のは伝承召喚という魔術であって、俺は決して救世主なんかじゃ――むぐ!?」
真実を打ち明けようとしたそのとき、背後からステラとルーンに口を塞がれてしまった。
「せっかくいい感じに勘違いしてくれているんだから、このまま『救世主』で押し通しましょう!」
「正直なのはとてもいいことですが、こういうときぐらいは
二人の吐息と小さな声が耳元に掛かり、背中には温かく柔らかい感触。
「わ、わかった……っ。言う通りにするから、ちょっと離れてくれ……!」
俺たちがそんなやり取りをしていると――。
「あ、あり得ん……! こんなものはトリックだ! ただのマヤカシに違いない……!」
酷く
「儂は認めぬぞ! 貴様が救世主であるわけがないのだ! 絶対に認めぬからな……!」
絶対に認めない宣言を残し、自分の家へ駆け込んでしまった。
(う、うーん……。これはどうしたものか……)
村人からの大きな信頼は勝ち取れたけど、族長との関係は非常に
この後どのように行動すべきかを考えていると、
「救世主様、どうぞこちらへ――
ディバラさんの娘に連れられ、村の最奥にある一軒家へ通された。
■
最長老様の御自宅は、古い大木が三本寄り添ってできた、非常に独特なものだった。
広い客間に通された俺たちのもとへ、温かいお茶が差し出される。
「私は族長ディバラの娘、ヒリン・マスティフと申します。ただ今最長老様をお呼びしておりますので、もう少々お待ちくださいませ」
お茶を運んできてくれたのは、ヒリン・マスティフ。
身長は160センチほど、おそらく俺と同い年ぐらいだろう。
黒い長髪を後ろで
「先ほどは父が大変な失礼を働き、本当に申し訳ございませんでした。それと……守っていただき、ありがとうございます。救世主様の深き御慈悲に感謝を」
彼女はそう言って、謝罪と謝意を述べた。
「いえ、気にしないでください。本当に大したことはしていませんから」
俺はただ簡易召喚を展開しただけであり、頑張ってくれたのはうちの可愛いスライムだ。
そんな話をしていると――奥の方から、独特な気配が近付いてきた。
古びた
「お初に
最長老様は木の杖を突きながらゆっくりと進み、一人掛けの大きな椅子へ腰を下ろす。
(……目が見えないのか)
両目はずっと閉じられたままだが、どこか不思議な
ちなみに……ヒリンさんの話によれば、最長老様は今年でなんと御年170歳を迎えるそうだ。
「村の者から、アルト殿が伝承にありし『救世主』だと聞きました。それは
「えっと、あの…………はい、そうなのかも、しれません……」
悩みに悩んだ結果――俺は仕方なく、嘘をつくことにした。
心がズキズキと痛むけれど……。
これも全ては、ラココ族とカルナ島に住むみんなのためだ。
「ふむ……
「手、ですか……?」
「えぇ。古くより、手は口ほどにモノを語ると言います。
「なるほど」
最長老様の差し出した右手に、自分の右手を重ねた。
「……おぉ、これはこれは……。
「おぉ!」
「やはりそうであられたか!」
「あぁ……偉大なる祖霊の導きに感謝を……っ」
最長老様が
「――救世主殿、どうかこの老いぼれの話を聞いてくだされ」
最長老様は一呼吸を置いた後、ゆっくりと語り始める。
「今から千年以上も昔、この地に神代の魔女という化物が降り立ちました。
……なんだか嫌な予感がする。
「大魔王はその圧倒的な魔力と神の如き術式をもって、神代の魔女を封印。氷の大帝国は一夜にして滅び、世界は――ラココ村は雪解けを迎えたのです」
「大魔王の封印……!?」
「わ、私も初耳です……っ」
ステラとルーンは、小声でそんなやり取りを交わす。
(ふぅー……。なるほど、
脳裏を
『それほど強力な封印術式、いったい誰が構築したんですか?』
『えっ、いやそれは……ッ。あ、あー……すまない。ちょっとド忘れしてしまったみたいだ。あはは、いやぁ年は取りたくないものだね』
マッドさんは知っていたんだ。
氷極殿の封印を構築した術者が、あの大魔王であることを。
しかしそれをこちらへ伝えれば、『A級冒険者専用のクエスト』という『嘘』がばれてしまう。
だから、意図的に情報を伏せた。
まぁおそらくこれは、校長先生からの指示だろうな。
(しかし、神代の魔女……。あの大魔王が『殲滅』ではなく、『封印』を選んだほどの相手か……)
俺が警戒を強めていると――最長老様が、その後の歴史を語り始めた。
「我らが偉大なる御先祖様は、大魔王の封印術式を何百年と掛けて必死に解読し、それを族長相伝の術式として継承してきました。そうやって千年という長きにわたり、大魔王の残した封印を維持してきたのですが……。今より三年前、先代の族長ロンゾ・マスティフが流行り病で
彼女は複雑な表情で話を続ける。
「次代の族長に就いたディバラは、才気に溢れる
苦しい現状を語った最長老様は、
「ただそれでも、ディバラは村を守るため、必死に
彼女が深く頭を下げたところで、玄関口の扉が荒々しく開かれ――ディバラさんが顔を出した。
「――最長老様。そのような偽物に、我が部族の歴史を語り聞かせる必要はございませぬ。ましてや貴方様が頭を下げるなど、あってはならぬことです」
「ディバラ。この御方は真実の救世主であらせられる。それをあろうことか『偽物』など……失礼な物言いはよせ」
最長老様は真っ白になった目をカッと見開き、凄まじい圧を放つ。
(……この人、相当お強いな)
齢170を越えて、この
現役時代は、さぞや凄腕の術師だったに違いない。
「…………儂はこのような
おそらくは村人からの強い説得を受けたのだろう。
ディバラさんは
「『端に置いてやってもよい』ですってぇ……?」
彼の言葉に引っ掛かったのは――もちろん、ステラだ。
「なんだ小娘、文句でもあるのか?」
「文句ありありよ! せっかくアルトが手伝うって、言ってくれているのに……『ありがとう』の一つでも言ったらどうなのかしら!?」
「す、ステラ……気持ちは嬉しいけど、俺のことは大丈夫だから……っ」
「父上! アルト様は遥か古より伝わりし救世主様でございます! 言葉遣いには、くれぐれもお気を付けください!」
俺とヒリンさんに
「むぐぐ……っ」
「ぐぬぬ……っ」
お互いに睨み合いながらも、ひとまず
(ステラとディバラさんの相性は最悪だな)
この二人は、あまり近付けない方がいいだろう。
その後、俺たちは今夜の封印決戦に備え、綿密な作戦会議を始めるのだった。
■
作戦の決行は今夜零時。
なんでもその時間は、ラココ族の魔力が最も高まるそうだ。
作戦開始までの数時間、それはまぁいろいろと大変だった。
ラココ族のみなさんは、俺のことを救世主だと信じて疑わず……。
「救世主様、どうかうちの子の頭を
「救世主様、何か御言葉を
彼らのお願いを一つ一つ聞いていったら……思いのほかヘトヘトになってしまった。
そんな風にして時間は流れていき、夜の十一時三十分。
いよいよ氷極殿へ突入する。
封印決戦に臨むのは、総勢五十人。
俺・ステラ・ルーン・ディバラさん・ヒリンさん、その他大勢のラココ族の魔術師。
足の悪い最長老様は、家の中で祈祷を続けるそうだ。
氷極殿への入り口は、ラココ族の
秘密の隠し扉を開け、静かな地下室を進んで行くと――極寒の冷気が吹き上がってきた。
「さ、
「これは冷えますね……ッ」
俺は武装召喚で炎獅子のローブと太陽神の
「俺のでよかったら使ってくれ」
「ありがとう、アルト。……あぁ、温かぃ……」
ステラは柔らかく微笑み、
「アルトさんの使った服……」
ルーンはなんと、においを嗅ぎ始めた。
「あ、あの……においを
「え……? あぁっ!? す、すみませんすみません……! 今のはつい魔が差してしまっただけなんです……! 別に冒険者学院の頃から、隠れてこっそりこんなことをしていたわけじゃありませんので……!」
彼女は顔を真っ赤に染め上げ、必死に両手を左右に振った。
「あ、あぁ、わかった」
俺の保管してある魔具は、使用した後はもちろんこと、最低でも月に一度はちゃんと手入れしてあるから、多分変なにおいはしなかった……はずだ。
(というか、冒険者学院の頃から……?)
……いや、深く考えるのはよそう。
ルーンがここまで必死に「やっていない」と言うのだ。
大切な友達の言葉を信じなくてどうする。
そうこうしているうちに、あっという間に中層へ到着した。
「――これより先、大魔王の呪いによって、氷極殿はダンジョンと化しておる! みな、心して掛かるのだ!」
ディバラさんが警告を発し、先陣を切って突き進んで行く。
邪悪な魔力と不気味な
(……この程度なら、『武装』もいらないかな)
俺が両手両足に魔力を込めたそのとき――。
「
「
「
ラココ族のみなさんは一斉に魔術を展開、迫り来るモンスターの群れをあっという間に片付けた。
(……不思議な魔力だな)
魔力というものは、人それぞれに特色があるのだが……。
彼らのものは、それがどこか
いや、正確には
(これは……なるほど、『降霊術』の一種か)
おそらくは、昼間行っていたという舞踊と祈祷の効果なのだろう。
彼らの魔力と身体能力は、祖霊の加護によって、大きく向上しているようだ。
その後、
眼前にそびえ立つのは、巨大な漆黒の扉。
この先に、神代の魔女が封印されているのだ。
ディバラさんはこちらへ向き直り、ゴホンと咳払いをする。
「作戦会議のときにも説明したが、もう一度周知を徹底しておこう。大魔王の封印は最下層全域に効果を及ぼしており、封印術・結界術の
全員が頷いたことを確認した彼は、静かに両手を扉に掛ける。
「――では、行くぞ!」
ディバラさんが勢いよく扉を押し開けた次の瞬間、
「「「~~ッ」」」
超高密度の魔力が吹き荒れ、ラココ族の魔術師たちが顔を真っ青に染めた。
「そ、そんな……『第四術式』までもが、完全に破られている!?」
「残すはもはや第五術式のみ。これではもう後
どうやら事態は、思ったよりもずっと深刻なようだ。
「
ディバラさんの号令に紛れて、透き通るような声がシンと響く。
「――
「馬鹿、な……!?(まだ第五術式が機能している状態で、なんだこのふざけた出力は!? 迎撃――儂の展開速度では間に合わぬ。回避、不可。術式の範囲が
「――
敵の放った強烈な猛吹雪は、
灼熱の
『下下炎獄』という
「ホォ、イキナリ我ガ世界ヲ召喚スルトハ……。
凶悪な笑みを浮かべた炎鬼オルグが、下下炎獄の軍勢を引き連れて
「ほぅ……。あの
「俺が奴の足止めをします。みなさんは持ち場へ急いでください……!」
直後、
「――散開!」
ディバラさんが大声を張り上げ、ラココ族の魔術師たちは一斉に移動を開始、それぞれの『持ち場』へ走り出した。
大魔王の封印術式――『
これは
今回の戦術目標は、崩壊寸前となった
これを為すため、俺たちは五芒星の角に――それぞれの持ち場につき、今にも消えてしまいそうな魔力柱を補強していく。
ただしそれには、文字通り『莫大な魔力』が必要だ。
ラココ族の魔術師十人が死力を尽くし、なんとか魔力柱の一本を安定させられるかどうか……といった具合である。
しかも、大魔王の術式ということもあり、その構成は極めて複雑怪奇。
魔力柱の術式構成を解きほぐし、そこへ自身の魔力を流し込んで補強する。
この一連の作業には、魔術への深い理解と
そしてもちろん――神代の魔女が、これを見逃すわけがない。
「――
視界の通らぬ銀世界の奥から、鋭い氷の
「オルグ、
「ヌゥン!」
彼が両手を合わせれば、108の大炎塊が浮かび、迫り来る
「その技、
神代の魔女はそう言って、苛立たしげに舌を打つ。
炎獄の鬼とやり合うのは、今回が初めてじゃないらしい。
「さて、と……神代の魔女。そろそろ姿ぐらい、見せてくれてもいいんじゃないか?」
オルグへ大量の魔力を供給し、彼の基礎能力を大きく向上させる。
「ちょっと大きめのを頼む」
「ヨカロウ」
彼の手元の空間が歪み、極大の
「――
凄まじい魔力を内包した炎が、爆発的な勢いで解き放たれ、前方に広がる氷のカーテンを消し飛ばす。
大量の水蒸気が発生し、ようやく視界が開けるとそこには――巨大な結晶に囚われた、美しい女性がいた。
(あれが神代の魔女、か……)
背中まで伸びた、真っ直ぐな
身長はおそらく170ほど、外見上の年齢は20代半ばぐらいだろうか。
どこまでも澄み切った
豊かな胸にくびれた腰付き、その完璧なプロポーションには非の打ちどころがなく、誰もが息を呑む絶世の美女だ。
「ふむ、驚いたぞ。まさか『
「それはどうも」
これはまた、偉そうな魔女様だ。
「儂は神代の昔より、魔術を探求しておるイリスという術師じゃ。そこの召喚士、名乗るがよい」
向こうが先に名乗ってきたのなら、こちらも返すのが最低限の礼儀。
「アルト・レイス」
「……レイス? その名前、どこかで聞いたことが…………ふむ、これも封印の影響か。まだ頭がしゃんとせぬな」
イリスは小さく
「なるほどなるほど……儂とタメを張れるのは、アルトぐらいのようじゃな」
彼女は小声で何かを呟いた後、スッとこちらへ右手を伸ばす。
「手を組もう」
「……え?」
「現状、お主さえ邪魔をせねば、儂は今夜にでもこの憎き封印を破壊できる! そうして完全復活を果たした
なんともまぁ馬鹿げた話だけど……好都合だな。
今は一分一秒でも長くイリスの足止めをし、ディバラさんたちが
(それにまぁ……考えようによっては、『
時間稼ぎ+情報収集ということで、ちょっと会話に乗るとしよう。
「世界征服、ね。こう言っちゃあれだけど、あんまり最近の
「かかっ、馬鹿を言え。いつの時代であれ、天下取りは万人の
随分な自信だが……その前に一つ、引っ掛かることがあった。
「どうして大魔王が死んだと?」
イリスは千年もの間、ずっとこの結晶の中に封印されており、意識が覚醒したのもほんのつい最近。
それが何故、大魔王の死を知っているのだろうか?
「もしもアレが健在だったならば、儂は未来永劫、この中から出られぬ。そもそもの話、こうして目を覚ますことさえないじゃろう。大魔王は、文字通り『魔の王』。その術式は完全にして無欠であり、何千年と経てども朽ちることはない。しかし――現実は
彼女は両手を広げ、嘲笑を浮かべる。
「
「あぁ、そうだ」
「かかっ、やはりな。――して、誰に
「いいや、『伝説の勇者パーティ』によって滅ぼされたんだ」
俺がそう答えた瞬間、
「くっ、かか……かかかかかかかか……ッ! アルト、これはまた面白いことを言うではないか!」
イリスは手を打ち鳴らし、腹の底から大笑いを始めた。
「この儂が断言してやろう! たとえ天地がひっくり返ろうとも、
「どういうことだ?」
「たかだか人間風情が、大魔王を滅ぼした? そんな
彼女はそう言って、伝説の勇者パーティの
(……この感じ、嘘をついているわけじゃなさそうだな)
イリスの言うことが真実だとするならば、俺たちは嘘の歴史を教えられてきたということになる。
しかし、誰がそんなことを?
いったいなんのために?
「――とかく。大魔王の死については、調べてみる必要がありそうじゃ。そもそもの話、アレが負ける姿なぞ、儂には想像すらできぬ。世界を征服した後、ゆるりと『謎』を解き明かすとしよう」
そうして復活後の活動方針を定めた彼女は、思い出したかのようにポンと手を打ち鳴らす。
「――っと、話が横道に
……うん、ここまでかな。
チラリと周囲を見渡せば、既に全員が持ち場につき、
(よしよし、いいぞ)
けっこう面白い話が聞けたし、何より時間がかなり稼げた。
最高の滑り出しを決めたところで、
「悪いけど、イリスとは手を組めないよ。お前のように危険な奴を復活させるわけにはいかないからな」
「では、死ね。
彼女もこちらの返答を予想していたのだろう。
なんの
(これはまた、規模のデカい魔術だな)
天より降り注ぐ、数多の巨大な氷片。
「――オルグ、
瞬間、太陽の如き
「かかっ! その若さで、よき魔力と術を持っておる! 千年ぶりの魔術合戦、楽しませてもらおうではないか!」
こうして俺と神代の魔女イリスとの一騎打ちが、ついに幕を開けるのだった。
「面白い!」「続きが気になる!」と、少しでも思った方は、この下にある『★で称える』欄の【☆☆☆】→【★★★】にして『星評価』をお願いします……っ。
星評価は『小説執筆』の『大きな原動力』になりますので、どうか何卒、ご協力のほどよろしくお願いいたします……!
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