第7話:魔術の極致
人々の信仰から生まれた偶像を魔力によって構築し、この世界に実体として生み出す召喚魔術だ。
「……君、何者……?」
口元の血を
「アルト・レイス、ただのD級冒険者ですよ(『結界術』という
「あはは、バレバレの嘘はやめてくださいよ。さすがにその魔力で、『D級』はあり得ない。
レグルスがわけのわからないことを言っている間にも、アゴラへ大量の魔力を
「アゴラ――
「ガゥル!」
膨大な魔力を身に纏ったアゴラが、音速を越えてレグルスのもとへ突き進む。
「うわぁ、とんでもない魔力の
アゴラの翼とレグルスの右手が激突したその瞬間、
「アグ、ォ……ガ!?」
アゴラの体が急激に膨張し、まるで風船のように
「この程度じゃ、
「……やりますね」
まさかあの
(
敵の術式を分析していると、
「――アルトくんって、召喚士なんでしょう? 接近戦、大丈夫ですか?」
レグルスが、一足で間合いを詰めてきた。
(速い!?)
目と鼻の先、触れれば即死の
「――武装召喚・
「~~ッ!?」
けたたましい
「
「高速再生? いやこれは……『命のストック』か」
「おやおや、まさか初見で見抜かれるとは……。あなた、けっこう面倒くさそうですね」
レグルスは日ごろから
つまり奴を倒すには、ストックされた全ての命を削り切るか、一撃で仕留めなければならない。
(……厄介だな)
やはりレグルスは、『S級』クラスの強敵だ。
「しかし、驚かされました。近・中・遠、『オールレンジタイプ』の召喚士なんて本当に珍しい。……なんだか私、胸がドキドキしてきちゃいましたよ。――神螺転生!」
レグルスが足元の
(攻撃範囲がデタラメに広い……っ)
普通の召喚じゃ、
「――
麒麟の息吹は、
俺はその天災を小さく圧縮し、レグルスに向けて解き放つ。
「これは強烈……っ」
吹き
だがしかし――レグルスはすぐにその特異な術式を発動させ、コンマ数秒のうちに
「うーん……真っ向勝負じゃ、ちょっとばかし分が悪そうですね。少し趣向を変えて、こういうのはどうでしょう?」
奴はモンスター化した冒険者の体を
(くそ、なんてことをするんだ……っ)
召喚で迎撃すれば、冒険者を殺してしまう。
だからと言って回避すれば、彼らは勢いよくダンジョンの外壁に激突し、そのまま命を落としかねない。
「来てくれ、
「「「「「きゃる!」」」」」
俺の召喚に応じて、巨大な耳を持つ五羽の兎が
彼らは自慢の
しかし次の瞬間、
「――その優しさは、アルトくんの弱点ですねぇ?」
レグルスの満面の笑みが、視界を埋め尽くす。
「
即死の魔手が、
「――簡易召喚・スライム!」
限界ギリギリまで引き延ばした状態のスライムを、自分の背中と後方の扉に
「縮め!」
「ぴゅぃいいいいいいいい……!」
スライムの伸縮性を利用して、なんとかその場から緊急脱出を図る。
「おっと、逃がしませんよォ! ――
レグルスは壁の
それをそのまま、一気にこちらへ解き放つ。
「
「
空中での完璧な迎撃は難しく、右肩と左足に食らってしまった。
「アルト……!?」
「大丈夫、軽く
心配してくれたステラを安心させ、すぐに戦線へ戻る。
「いやぁ、今のはさすがに決まったと思ったんですが……。まったく、召喚士は本当にやりにくい。特にアルトくんクラスの術師となると、まるで奇術師とやっているみたいだ。でも……召喚魔術というのは、普通の魔術に比べて、膨大な魔力を消費する。どうです? そろそろ疲れてきたんじゃないですか?」
「いいえ、まだまだこれからですよ」
「それはそれは、素晴らしい魔力量をお持ちだ(偶像・武装・現象召喚……既にかなりの魔力を使っているはずですが……ブラフを言っているようには見えない。残存魔力にまだかなりの余裕があるのは、おそらく本当なのでしょうね。……魔力切れを狙うのは、あまり現実的ではないかもしれません。少し、
レグルスはしばしの沈黙の後、両手を大きく広げた。
「さぁさぁ、みなさんお
玉座の間の床がゆっくりと持ち上がり、ぽっかりと空いた空洞から四足歩行の――『例のモンスター』が姿を見せた。
「モイ゛……!」
「ウ゛タ」
「イ゛イ゛」
「ヤヨ」
『真実』を知った今、その姿はあまりにも痛ましく……。
「「「……っ」」」
俺たちはみんな、思わず目を背けてしまいそうになる。
(だけど、これはいったいどういうことだ……?)
驚くべきことに、モンスターの総数は軽く百を超えていた。
「ラインハルトさん。第七地区には、あんなにも大勢の冒険者がいたんですか……?」
俺の問い掛けに対し、彼は悔しそうに下唇を噛む。
「いや、そうじゃない。彼らは……第一地区から第六地区の守護を任せたB級冒険者たちだ……ッ」
やはり第一~第六地区の拠点は、レグルスによって潰されてしまったようだ。
すると――ティルトさんが突然、その場でペタンと座り込む。
「どうした、ティルト!?」
「あ、あのブローチ……。マシュの誕生日に、あたしがあげたやつだ……。こんなの……嘘だよね……? みんな、ちゃんと助かるよ、ね……?」
彼女の視線の先には四足歩行のモンスターがおり、よくよくその首元を注視すれば、確かに
「おや、お知り合いでもいましたか? お望みであれば、近くまで呼んで差し上げますよ?」
無邪気な顔・無神経な発言・無遠慮な姿勢――レグルスの全てが、こちらの神経を
「――みんな、よく聞いてくれ! 王都の優秀な回復術師であれば、モンスター化した仲間たちも、きっと元の姿に戻せるはずだ! だから、絶対に殺すな! 適度なダメージを与えて、
ラインハルトさんの指示に対し、レグルスは
「
奴はわざとらしく「およよよ」と涙を拭った後、会心の笑みを浮かべた。
「ですが残念。モンスター人間は、もう二度と元の体に戻りません! 彼らはもう人間でもなければ、モンスターでもない……全く新しい生命体! これは『絶対不可逆の変化』であり、最高位の回復魔術を使ったとしても、絶対に治すことはできません!」
みんなの希望を叩き折る非情な言葉が、
「レグルス、お前……!」
「いやだなぁ、アルトさん、そんな顔をされたら怖いですよ?(ふふっ、いい感じだ。この子は自分よりも、仲間を傷付けられたときに激怒する。――感情が揺らげば、魔力が揺らぎ、魔力が揺らげば術式が揺らぐ。この調子で、どんどん削りを入れていきましょうか!)」
レグルスはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、パンパンと手を打ち鳴らした。
「クレアちゃん、ハムストンくん! あなたたちも、お仕事ですよー!」
今までずっと部屋の奥で控えていた二足歩行のモンスターが、ユラリとこちらへ歩き出す。
(これは……マズいぞ)
A級冒険者を
(モンスター化したA級冒険者二人にB級冒険者約百人。そのうえ、『即死攻撃』を持つレグルス……っ)
この状況は、かなりヤバイ。
「さぁさぁそれでは、第二ラウンドの始まりで――」
「――愚か者め、無駄に時間を掛け過ぎだ!
ドワイトさんが右手を床に下ろした瞬間、複雑な術式が玉座の間に広がり、
「「「ア、グ……!?」」」
モンスターと化した冒険者たちが、全員ピタリと足を止めた。
「……これは……?」
「レグルス。貴様の神螺転生の構造を解析し、その操作能力に制限を加える魔術を
「即興で……それはまた、器用なことをしますねぇ(この冒険者、ちょっと面倒くさいかもですね……。だだまぁ、一番厄介なのは間違いなく――アルトくんだ)」
「伝承召喚・
「~~ッ。(この子一人だけ、完全に出力が桁違いなんですよねぇ……っ。一撃一撃が、尋常じゃなく重い……ッ)」
「
「これまた強烈……ッ(単純な魔力量だけなら、既にS級冒険者の中でも上位クラス。そのうえ、まったく底を見せてくれない……。アルト・レイス、この子はいずれ大魔王様に届き
「武装召喚・
「容赦がないですねぇ……ッ(しかし、現在はまだ十代の
三連続の大きな召喚魔術を食らったせいか、レグルスの回復にわずかな
敵の能力は、ほとんど割れた。
対処に困るモンスター化した冒険者たちは、ドワイトさんが止めてくれている。
今が、千載一遇の
「みなさん、これから一気に畳み掛けます!
『霊』の手印を結び、いつもより多量の魔力を練り込んで――召喚魔術を展開。
「力を貸してくれ、セイレーン……!」
「オォオオオオオオオオ……!」
清浄な魔力を纏った深海の精霊は、どこまで透き通るような声で歌う。
「これは……なるほど、
いち早くラインハルトさんが頷き、他のみんなもすぐに納得の表情を浮かべる。
さすがは歴戦の冒険者たちというべきか。
セイレーンの能力をすぐに理解した彼らは、レグルスを目指して一直線に突き進む。
「おや……まだわかりませんかねぇ? あなたたち如きの出力では、私の結界術は破れな……待て、この魔力は……!?」
「今更気付いても、もう遅い……!」
レグルスの展開した結界は、
「よくもやってくれましたね、アルト・レイス……ッ」
深海の精霊セイレーンに、直接的な戦闘能力はない。
ただ、彼女の奏でる歌には、特殊な術式が込められており……その美声を耳にした味方の能力は、全て極大強化されるのだ。
「ちょ、っと……これは、マズいですよ……ッ!?」
レグルスは苦し紛れに二重の結界術を展開。
なんとかこの
セイレーンのバフで強化されたみんなの攻撃が、容赦なく奴の身を斬り裂いていく。
「……が、は……ッ」
レグルスは床に身を投げ出し、荒々しい息を吐く。
(今だ!
俺が『
「あーぁ……。これはとても疲れるので、あまり使いたくはなかったんですが……。ここまで追い詰められては、仕方ありませんよねぇ……?」
背筋の凍るような殺気と異常なまでの大魔力が吹き荒れる。
「この感覚は、まさか……!? みんな、この場を離れ――」
ラインハルトさんの忠告が響く直前、
「――
「――冒険者のみなさん。無駄な努力、ご苦労さまでした」
レグルスは余裕に満ちた表情で、勝ち名乗りをあげる。
(しまった……最悪だ……っ)
幻想神域――それは自らの固有魔術を現実世界に描き出し、
(
場を制し・魔術を制し・戦いを制す、それが幻想神域の真髄。
(これに対抗するには、こちらもなんらかの『幻想系統の魔術』を――『幻想魔術』を使い、相手と同じ舞台に立つしかない……)
しかし、幻想魔術を会得した人間は、世界でもわずか十人程度しか観測されておらず、彼らはみんな『S級冒険者』。
レグルスに
ただしそれは――奴の幻想神域が、きちんと完成していた場合の話だ。
「……何故、神域が閉じないのです……?」
現実世界と幻想神域の狭間――俺はそこで、ありったけの魔力を燃やす。
「まだ、だ……!」
莫大な魔力を燃焼させ、なんの魔術的要素も持たない『仮想神域』を無理矢理に構築――幻想神域の完成を強引に食い止めた。
「こ、の、化物め……っ。ただの魔力だけで、幻想神域に張り合うつもりですか……!?」
レグルスは驚愕に目を見開く。
(はぁはぁ……。さすがにこの状態は……かなりキツイな……ッ。だけど、俺がここで落ちたら、ステラやラインハルトさん……冒険者のみんなが、皆殺しにされてしまう……っ。とにかく今は絞り出せ。魔力を……限界を超えて……!)
俺が死ぬ気で魔力を放出し続けていると、ラインハルトさんがその横に並んだ。
「感謝するぞ、アルトくん。君のおかげで、なんとか首の皮一枚繋がった。後は我々が、逆転の一手を考え――」
「――『逆転の布石』なら、もう打ってあります……っ」
「ほ、本当か!?」
「えぇ、
「……さすがだ(アルト・レイス、この子はいったい何手先まで考えているんだ……!?)」
「ですから……五秒、いえ、三秒だけで構いません。なんとかして、レグルスの集中を妨害し、『幻想神域の拡張』を止めてください。三秒あれば、
「あぁ、任せてくれ……!」
ラインハルトさんは力強く頷き、耳をつんざく大声を張り上げた。
「総員、全魔力を解放し、レグルスに突撃せよ! 出し惜しみは一切不要! 『後』のことなど考えるな! この攻撃が、生涯最期の魔術だと思え……!」
「「「うぉおおおおおおおお……!」」」
地鳴りのような雄叫びが鳴り響き、最終攻撃が始まった。
「
「
「
ステラ・ラインハルトさん・ウルフィンさん・冒険者全員が一丸となって、持てる全ての魔力を込めた総攻撃を
「ちょこざい、な……ッ。――
苛烈な猛攻を受けたレグルスは、たまらず術式を発動させた。
その瞬間、幻想神域の拡張がピタリと止まる。
(来た……! 正真正銘、これが最後のチャンス……!)
一秒……。
玉座の間に
二秒……。
召喚獣との
後は、手印さえ結べれば……!
三――。
「――残念でしたァ!」
次の瞬間、紅い彼岸花が満開に咲き誇り、世界が閉じられてしまった。
「ぷっ、くくく……っ! あーっはっはっはっ! いったい何をするつもりだったのかは知りませんが……全て、徒労に終わりましたねぇ! 幻想神域さえ完成すれば、もうこちらのもの……! 私の勝利は揺るぎません……!」
レグルスの耳障りな笑い声が、閉じられた世界に響き渡る。
「そん、な……間に合わなかった……っ」
ステラが膝を突き、
「ここまで、か……」
ラインハルトさんが目をつむり、
「糞ったれが……ッ」
ウルフィンさんが奥歯を噛み締める。
みんなが絶望のどん底に沈む中、
「……え、は……? ぐっ、がぁああああああああ!?」
幻想神域の
「そん、な……。こんな馬鹿なことが……あり得ない……ッ」
「――
「グ゛ォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!」
神代の大英雄が、遥か悠久の時を越えて――今、再臨する。
「レグルス・ロッド。お前だけは、本気で叩き潰す……!」
敵の切り札は、完全に潰した。
ここから先は、俺のターンだ……!
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