第2話 up! up! my Friend ⑰完

 教室は、クラスメートたちの雑多な会話でにぎわっていた。

 最近発売したゲームの話を淡々と解説している生徒。

 中学時代の共通の知人の話で大笑いしている生徒。

 そして、昨日見たドラマの話をしている生徒。

 

「昨日、見た?」


「見た見た。こばゆ、可愛いけど演技はイマイチじゃない?」


「えー? 初演技にしてはまぁまぁじゃない? それよりあの脇役の子の方が酷くない? あれ、あの、なんて名前だっけ……やば、ド忘れした」 

 

 俺は窓から差し込む穏やかな春の陽気に当てられながら、頬杖をついてその時を待った。

 キーンコーンカーンコーン……

 授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

 ほぼ同時に、白髪混じりの英語教師がゆったりとした足取りで教室に入ってきた。


「はい、号令」


 淡白な一言で、教師が教室を見まわす。

 2年4組の委員長は、その声に応えるように、真剣な表情で息を吸った。


「きりーつ」


 号令とともに、前の席の方でガタン、と椅子が鳴る。

 そしてそれに続くようにクラスメートのみんなもガタガタと音を立てながら立ち上がった。

 教室は、一瞬で波が引いたような静けさが訪れる。


「れいっ」


 それを合図に、教室中の生徒が一斉に頭を下げた。


『よろしくお願いします』


「はい。えー、それじゃあ、どうしようかな。今日は、初めての授業ということで、先生の自己紹介から始めようかな……」


 そう。

 これはきっと、なんてことのない日常の一コマだ。

 誰にでもできるただの挨拶。

 号令が変わったことになんか、誰も気付かない。

 だが、それがなんだっていうんだ。


「…………」

 

 たとえ他の誰かが見ていなくたって、俺が見ている。

 陽当たりの良い場所じゃなくても、この世界には、日陰者にだって居場所はある。

 それを、小早川が──


「……!」


 視界の隅で、小早川が俺の方を見ていた。

 正直、目を合わせたくない。

 今小早川の顔を見てしまったら、目の端に溜まった涙がこぼれてしまいそうだ。

 しかし、隣の席で視線に気付かないふりをするわけにはいかない。

 俺は恐る恐る、小早川の方を向いた。


「……へたくそ」


 なんだよ、その手。

 目が合うと同時に、笑みがこぼれた。

 小早川も、泣きそうな顔で笑っていた。

 仕方のないやつだ。

 俺は中指と人差し指をまっすぐに伸ばした。

 こうやってやるんだよ。

 そう言わんばかりに力強く、同じ形を作ってみせた。

 ──震え拳で作る、不器用なピースサインに向けて。




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