第14話 手にすることはないと諦めたからこそ知りたくはなかった
短くなった髪をセレーナが櫛で丁寧に梳かす。
淑女としてみっともないと言われる短さにセレーナもリリーも特に反応を示すことはなかった。
「お嬢様、どの髪飾りをつけましょう。何かお気に召すものはありますか?」
リリーは私の前に幾つもの装飾品を置く。
どうしてヴァイス殿下の邸に女性ものの装飾品があるのだろうか。この邸には使用人を除けばヴァイス殿下しか住んでいないのに。
そのヴァイス殿下も国外を飛び回っており殆ど邸には帰らないのが常だった。
「みんな、旦那様がお嬢様の為にご用意したものです」
私の戸惑いに気づいたのかセレーナが説明してくれた。
「私の為に?」
それこそ理解不能だ。
私はヴァイス殿下の婚約者ではないし、確かにヴァイス殿下に説得されて暫く滞在することになったけど私が断固として滞在を拒否する可能性だってあったのに。
「これだけではありませんわ。隣の部屋にはお嬢様の為のドレスもありますの」
リリーはまるで自分が貰ったかのようにはしゃぎながら教えてくれた。
「どうして‥‥‥」
「愛しい女性に殿方が贈り物をすることに理由などありませんわ。まぁ、強いて言えば性さがでしょうか」
セレーナの言葉に私は納得できなかった。
「両想いであればそれで通るかもしれませんが、私がヴァイス殿下の想いに答えるかはまだ分かりません。それにここへ滞在しない可能性もありました」
私の言葉にセレーナは笑みを深める。
「そうですわね。お嬢様がここへ一生来なかった場合、これらは日の目を見ることはなく、永遠に眠っていたかもしれませんね。でも、それはそれ、これはこれですわ。旦那様が勝手にしたことですのでお嬢様が気になさることではありませんもの」
いや、かなり気にするのだけど。
私はイエローダイヤモンドのチョーカーを手に取る。ヴァイス殿下の瞳の色だ。
甘い蜂蜜の色。
「そちら、お気に召しましたか?」
セレーナは私が手に取ったチョーカーに目を向ける。私は彼女に苦笑で答えた。
「私には似合わないから」そう言って私は宝石箱にチョーカーを仕舞った。
綺麗な宝石も、上質なドレスも私には似合わない。
今まで一度も身に着けたことがないのだ。だから身に着けたところできっと貸衣装を背伸びして着たような不格好な形になるだろう。
「お嬢様、何を言っているんですか」
ぶくぅーっと頬を膨らませて腰に手を当てて怒るリリー。私の為に怒っている中申し訳ないがその姿はどう頑張っても子供にしか見えない。
「そういうのは身に着けてから決めることです。それに仮に、絶対にあり得ないと思いますが、万が一似合わなかったとしたら、それはお嬢様が悪いのではありません。お嬢様に似合わないものを選んだ旦那様が悪いのです」
「リリーの言う通りですわ。女性にあったドレスや装飾品を選んでこそ、良き殿方というもの。その程度のこともできない男は無能と罵っても問題ございません」
セレーナは美しい顔に似合わなずかなりの毒舌家だ。
「さぁ、お嬢様、ドレスはどれにしますか?」
「けれど、万が一汚してしまったら弁償が怖いので」
せっかくだから着てみたいけど、汚してしまったらと思うと。ドレス一着にしたってかなりの高級品だ。絶対に賄えない。
「あら、それはそれでいいじゃございませんか」
私の思考など知る由もないセレーナはあっさりと汚す許可を出した。
「新しいドレスを買ってもらう口実ができますわ」と言う。
「さぁ、お嬢様。どのドレスにしましょう」
晩餐用のドレスがあるウォークインクローゼットに案内された。
「これ、全部晩餐用の?」
「はい」
にっこりと笑うセレーナもリリーもこれが常識だと言わんばかりだ。
正直、ワーグナー殿下にプレゼントを一度も貰ったことがないのでその手の常識に疎いのは事実だ。けれど、今目の前に用意された常識が異常であることは分かる。
それにドレスの色が色とりどりではあるけれど、中でもダークグリーンと蜂蜜色が多い。どちらもヴァイス殿下の色だ。
女性に自分の色を身に着けさせるのはその女性が誰のものであるかを周囲に教えるためであり独占欲の象徴とも言われている。
かっと全身が熱くなった。
「こちらのドレスなどいかがですか?落ち着いた雰囲気でお嬢様にとてもよくお似合いかと」
セレーナはダークグリーンのドレスを勧める。全身がダークグリーンの為、装飾品としてつけられた金色のボタンがよく映える。それに首元にはレースがついていた。
露出は少なく、腰回りがきゅっと締まったタイプのドレスで短い髪の私が着てもおかしくはない。
そう思って、もしかしてとクローゼットの中にあるドレスに目を向ける。
ふんわりと裾が広がったドレスが最近の流行だ。けれどそういったドレスはどうしても髪の短い私が着ると似合わないのだ。
だから余計にドレスを着るのを躊躇った。
でも、ここにあるのは髪の短い私でも似合うように作られたもので、流行のドレスとは程遠い。
マーメイドドレスだ。
ヴァイス殿下の配慮に目頭が熱くなる。
誰も私のことを気遣ってくれる人間なんて今までどこにもいなかった。それは時間が巻き戻った今も同じだと思っていた。
「私は、こっちの方が良いと思います」
リリーが勧めてきたのはヴァイス殿下の瞳の色と同じ色のドレスだ。胸元にはバラの装飾品がつけられており、左右には真珠の飾りまでついている。
ここにあるのは私の為に用意された物ばかり。
私だけのもの。
それは今まで持ち得なかったもの。持つことを許されなかったもの。
だから存在しないのだと思っていた。
私だけのものも、私を気遣ってくれるものも。
その二つは私が前の人生で手に入れたかったもの。手に入れることを諦めたもの。
そう、諦めたのだ。
だから欲しくはなかった。与えないで欲しかった。こんなに心が温かくなることを私は知らない。
もしこの温かさに慣れて、捨てられてしまった。
「飽きた」と言われてしまったら。私はもう二度と立てないだろう。
知ってしまったら、求めてしまう。
ヴァイス殿下、お願い。
私の心を暴かないで‥‥‥。
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