第13話 彼女がそれを望んでいる

「お帰りなさいませ、旦那様。そして当家へようこそ、ラーク公爵令嬢。私はヴィスナー家筆頭執事のバーナードと申します」

眼鏡をかけた老齢の執事が頭を下げた。

「スフィア・ラークです。少しの間ですがよろしくお願いします」

「お嬢様のお世話をさせていただく侍女をご用意いたしました。紹介させていただいてよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」

「この度お嬢様のお世話をさせていただく侍女のセレーナとリリーです。二人とも若いですが優秀な侍女です」

「セレーナです。至らぬ点がございましたら遠慮なく仰ってください。お嬢様が快適に過ごせるよう精一杯お世話をさせていただきます」

青銀の髪とシアンの瞳をしたセレーナはまるでビスクドールのような美しさをしており、同じ人間とは思えなかった。

「リリーです。一応言っておきますがこれでも二十五歳です」

「‥‥‥‥」

え?

「本当だ」

「本当です」

「本当でございます」

思わず確認の為にヴァイス殿下を見てしまった。珍しく私から視線を逸らしたヴァイス殿下からは肯定の返事が。もう一度目の前の至極色の髪をした見た目十歳前後の少女?を見る。

次に残る二人の使用人を見るが二人からも肯定の返事が帰って来た。

「‥‥…神の神秘を見た気がします」

私の呟きにリリー以外の人間が頷いた。


◇◇◇


side.ヴァイス


「スフィアは?」

気配もなく部屋に入って来た執事のバーナードに確認する。

「お部屋でお休みになられております」

「そうか」

バーナードは元傭兵。

本人曰く現役に比べるとかなり衰えているそうだが俺が本気で戦っても勝てる気がしない。バーナード曰く「まだまだひよっ子には負けない」そうだ。

現役時代、彼がどれだけ強かったのか知りたい気もするがそこは開けてはならないパンドラの箱のような気もして彼に現役時代のことは未だ聞いたことがない。

「セレーナとリリーの話によると体中に無数の痣があったそうです。最近のものからかなり古いものまで」

「‥‥‥」

ぴしりと手を置いていた窓ガラスにひびが入った。

彼女に暴力を振るった連中を粉々に砕いてしまいたい。

「なぜ放置なさるのですか?」

俺の気性を知っているバーナードからしたら今の俺の行動は理解できないだろう。いつもの俺なら真っ先に動いていた。

スフィアを守る為に邸で囲い、その間にラーク家の人間を絶望のどん底に落としていただろう。

ああ、そうしてやりたいよ。

スフィアが味わった苦痛を何倍にもして返してやりたい。でも‥…。

「それがスフィアの望みだからだ」

スフィアが何を目標に動いているのかは分からない。だけど自分の力でラーク公爵やあの女に立ち向かうことを選んだ。ならば今は何もすべきではない。

「必要な時に助けられる準備をして、彼女の望みが叶うのを待てばいい」

彼女の望みが復讐ではなく、あの連中がのうのうと生きていた時はスフィアには悪いけど手を出させてもらおう。これだけは譲れない。

大切な君を苦しめ、殺した連中を生かしてやれるほど俺は慈悲深くはないから。

「それよりも頼んでいた件はどうなった?」

「ダハル・キンバレーの件ですね。レオンとオズが調査に当たったので彼らに直接報告させます」

バーナードの言葉を待っていたかのように天井から二人の青年が下りて来た。

一人は金髪に青い目をしており、絵本に出てくる王子がそのまま具現化したような男だ。見た目だけはだが。彼はレオン。

もう一人は浅葱色の髪で赤い目を隠した男。彼の名はオズ。

二人とも俺直属の部下であり、影だ。

本来この影は国王と王太子であるヴィトセルクにつく。しかし、二人が俺のことを信頼し、俺に託してくれたのだ。

まぁ、国外を放浪して国に利益を齎す情報を流していたからより調査しやすいようにとつけてくれただけなんだがな。国に帰れば返せと言ってくるかと思ったがそのままでいいということだったので有難く使わせてもらっている。

「ダハル・キンバレーですね。お望み通り調べてきました。いやぁ、久しぶりに胸躍りましたよ。あそこまでの屑男はなかなかいないですからね」

そう言うのはレオンだ。

報告はいつもレオンがする。オズは基本的には喋らない。無口な男なのだ。

「地上げ屋みたいなこともしていますし、言うことを聞かない連中はごろつきを雇って脅したり、死人まで出ていますね。その場合も金を使ってもみ消しています。それに人でも物でも美しい物が好きなようで多く収集しています。彼の地下には人間の剥製が展示品のように飾られていましたよ」

もし同じことをスフィアにしていたらと考えると今すぐにでも奴を八つ裂きにしたくなる。

「美しい女性たちを殺してエンバーミングしているようですね」

「聞きなれない技法だな」

「はい。西の方で最近開発された技術です。遺体の長期保存や修復に用いられるとか。死体とはいえ家族。最後の別れを生前のように美しい状態で行いたいという生きた人間のエゴにより開発された技術ですね。私には理解致しかねます」

レオンはニコニコしながらかなり辛辣なことを口にする。

こいつは黙っていればモテるんだが、口を開くと秒でフラれるのだ。

「ダハル・キンバレーは裏社会ともそれなりに繋がりがあるようですね。キンバレー家は貿易業を担っていますから、裏社会の人間はそこに目をつけたのでしょう。色々と裏に流れていますよ、麻薬とか、麻薬とか、麻薬とか‥…後は武器、とかね」

レオンを見ると彼はおかしくてたまらないというふうに笑う。

「今まで何かあっても裏社会の人間がもみ消していたのでしょうね。彼に何かあれば面倒でしょう。彼のように物分かりの良い貿易会社を見つけて取りこむのは。それと麻薬や武器の密売には上級貴族が数名関わっているみたいですね。どうします?」

「全て捕縛し国王に引き渡す。証拠と一緒にな。ただしダハルだけはお前にくれてやる。好きに使え」

「主の粋な心遣いに感謝します」

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