第15話 傲慢な男はその身が滅びに瀕していることに気づかない
side.アトリ
どうして変わった。
気に食わないあの女の娘。
権力で私の運命を捻じ曲げたロクサーヌ・ラーク公爵令嬢
あの女が死んだのは僥倖だった。
きっと神があの傲慢な女に罰を与えたのだろう。
そう思うと胸がすく思いだった。
あの女の代わりに公爵の地位についたまでは良かった。当然の結果だと思う。私は生まれを間違えただけ。実際の能力だけを見れば公爵位を継げるのだ。運よく上位貴族に生まれただけの愚か者とは違う。
しかし、愚かな法によって私はスフィアが公爵位を継ぐまでの中継ぎの当主などという屈辱を味合わなければならなかった。
あの女の娘が公爵位を継ぐ?
私の上に立つ?
そんなこと許されるはずがない。
私こそがラーク公爵なのだ。これは本来、私が手にするものだ。
「ギルメールっ!」
「何でしょう、旦那様」
清々しい顔をしおって。この役立たずが。どうして私の周囲には馬鹿しかいないのだ。
「どうしてスフィアを止めなかった!こんな暴挙が許されるはずがないだろ」
「はて。どのような暴挙でしょうか?」
ぴきりと青筋が立ち、体内を巡る血管が怒りではち切れそうだ。
ドンッと拳で机を叩くがギルメールは涼し気な顔で私を見る。
「ヴァイス殿下の元に行ったことだっ!未婚の女が独身の男の元に行くなどはしたない」
遣いをやって連れ戻そうとするもヴァイス殿下の従者に追い払われる始末。ヴァイス殿下は姿さえ見せないそうだ。
いくら王族とはいえ公爵家の侍女に対してする態度ではない。無礼にも程がある。所詮は側室の子ということか。
「王族に見初められたと喜ぶべきことではありませんか?」
「見初められた?」
思わず鼻で笑ってしまった。
ギルメールは心底分からないという顔をしている。仕事はできるのにどうしてこうも愚かなんだ。
「アリエスならともかく、スフィアが見初められるわけがないだろ」
「なぜですか?」
「アリエスのような可愛らしさもなければ聡明さもない。現にワーグナー殿下だってアリエスを選んだ。当然の結果だ。あいつがワーグナー殿下と婚約できていたのはラーク公爵家の娘だからだ」
顎に手を当ててギルメールはくすりと笑う。
「それが本当ならアリエスお嬢様も同じではありませんか?」
「何だと?」
「あなたはアリエスお嬢様をラーク家の養女に迎え入れるつもりだったのですよね。アリエスお嬢様もラーク家の娘になるつもりでいた。そのことをきっとワーグナー殿下にも話していたでしょう。まだ確定もしていない段階で、それが当然だとばかりに。ならばいずれラーク家の人間になるからこそワーグナー殿下はアリエスお嬢様を選んだという可能性があります。寧ろその可能性の方が高いでしょう。だって男爵家ではどう足掻いてもワーグナー殿下とは釣り合いが取れませんものね」
怒りで顔を真っ赤にする私をギルメールは見下ろす。
「愛し合っていれば問題ありませんか?身分の差を超えられますか?愛があってもどうにもできないことがあるんですよ。奥様があなたの心を射止められなかったように」
「ギルメールっ!いくら先代公爵に信頼されている補佐官と言えど私の娘を侮辱することは許さんぞ」
ギルメールの胸ぐらを掴んで怒鳴るが相変わらずギルメールは涼し気な顔のままだ。それが余計に腹立たしかった。まるでこちらを見下しているみたいで。
私の出身が男爵家だから馬鹿にしているのだろう。
可哀そうな私の娘アリエスも同じだ。男爵家だからと高位貴族に馬鹿にされる。聡明で可愛い子なのに、ただ身分が低いというだけで。
「あなたの娘はスフィアお嬢様です。アリエスお嬢様ではありません。けれど、仰る通りスフィア様よりもアリエス様の方が本当の親子に見えますね。だってあなた達は似ています。厚顔無恥なところが」
ギルメールは分を弁えない愚か者に躾をしようとした私の手を掴み、捻り上げた。そのまま私を床に抑え込む。強い衝撃が胸を襲い、息が一瞬だけ詰まった。
「ああ、申し訳ありません。旦那様、一つ言い忘れていたことがあるんです。実は私、先代からスフィアお嬢様の護衛をするように仰せつかっているんです。先代は隠居の身故、表立って干渉してくることはありません。奥様の忘れ形見であるスフィア様のことは一応は気にかけているみたいですけど、あなたという卑しい血が流れているので積極的に助けたいとも思ってはいないようですがそれでも死を願っているわけではないのです。ですので命が危うい時は助けるように命令されました。それと先代はもしスフィアお嬢様が助けを求めて来た際、最低限の助力はするつもりのようです。それがあなたを排除する事柄であっても」
「なっ、スフィアは私の娘だぞ!娘が父親を排除するなどあるわけがないだろう!」
これだから高位貴族は嫌いなんだ。
自分以外の人間を人として見ない。同じ人間だと思いたくもない。
気に入らないという理由で、退屈だったからという理由で面白半分に人の命を奪う化け物のような存在。それが高位貴族だ。
「そうですね、あなたとスフィアお嬢様は確かに親子ではありますが、それが容易くできる関係でもありますね」
「ここまで育ててやった恩を仇で返すつもりなのか、スフィアは」
「恩?育ててやった?彼女に生きるために必要な食事を与えていたのは先代が雇った使用人です。養育費も先代がスフィアお嬢様の為に用意したものから出しています。ねつ造はしないでください」
ギルメールに反論しようとした時、廊下が慌しくなった。
「旦那様っ!」
癖のある栗毛に顔に雀斑のある地味な顔の青年がノックもなしに執務室の扉を開けて入って来た。
「王宮から、旦那様を調査すると、法務官が、おう、横領の疑いが、あると」
「な、何だと」
青年の後ろから法務官の制服を纏った複数の人間と騎士が来た。
「アトリ・ラーク公爵、あなたには横領の疑いがかけられています。調査が終わるまで留置所でお過ごしいただきます。抵抗はしないでください」
法務官に視線を向けられた騎士が二人、ギルメールによって床に押し倒されていた私を起こし、両脇を抱える。これではまるで罪人の様ではないか。
「もし抵抗する場合は公務執行妨害罪で逮捕することも可能です」
「私は横領などしていない」
「それを調査する為に我々は来ているのです。留置所にいる間は外部との一切の連絡を絶っていただきます」
「無罪だと判明したらどうするつもりだ?公爵家の人間を留置所に入れてタダですむと思っているのか?」
当然の権利を主張しているのに年配の法務官は呆れたような目で私を見る。彼の部下と思しき若い法務官たちは失笑する。
どいつもこいつも私が男爵家出身だからと馬鹿にして。出身はどうあれ今は公爵家の人間なのに、そのことを分からせてやる。
「どうやら横領の罪だけではなく国家反逆罪にも問われたいようですね。酔狂なことだ」
「何だと」
年配の法務官が一枚の書状を広げて見せる。
「貴族の、特に場合によっては国に影響を与えることもある高位貴族の調査には必ず王の許可が必要となります。あなたのように権力を振りかざして有耶無耶にする人もいますので、その為の対抗措置として」
私は権力を振りかざしているわけではない。当然の主張をしているのだ。そんなことも分からないのか、この法務官は。
「先ほどのように私を脅迫するということは王に楯突くことと道理です。それにあなたにはご息女に虐待をしている疑いもあります。これ以上、罪は重ねない方が賢明というもの。大人しく連行されなさい」
今の言葉で理解した。
全て、スフィアの陰謀だ。
公爵家を乗っ取る為に邪魔な私を排除しようとしているのだ。
何という娘だ。父親を陥れるなど。
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