英雄
川谷パルテノン
入学式
彼は桜の花が舞い散る季節、即ちは入学式の日に校門前に現れた。あどけない顔つきがまだついの最近まで児童だったことを物語っていたものの、どことなく大人びた目つきには些か惹かれるものがあった。私は「ああ、この子の先輩になるんだ」と思いながら、まだ彼が赤ん坊の頃に叔母さんに抱かせてもらったことを思い出す。二つ離れた可愛い従兄弟のショウちゃんも今や立派な中学生になったというわけです。
「マキ姉さん、ついて来なくていいよ。だいたい他の子だって自分でむかってるじゃないか。僕だけ付き添いっておかしいでしょ」
「いいじゃん。せっかくおんなじ学校なんだし、ショウちゃんにいろんなこと教えたげれるチャンスなんだから」
ショウちゃんは鬱陶しそうな顔でため息をついた。
私には兄弟姉妹がいない。ショウちゃんは昔からじつの弟のようで、彼が低学年の頃まではよく遊んだ。私自身が受験やなんやで忙しくなってしまってしばらく会わない期間があり、私が中学にあがってからは年に一回会うか会わないかになっていた。そんなショウちゃんが私と同じ中学を受験して、それも合格して通ってくれると聞いた時には嬉しくて心が踊った。またショウちゃんと一緒の空間にいれることがたまらなく嬉しかったのだ。だから少しくらい鬱陶しがられても私は平気です。ショウちゃんは私に会うためにこの学校に来てくれたことを知っているから。
「ショウちゃん、放課後いっしょに遊びに行かない? 私、美味しいケーキ屋さん知ってるんだ。奢ったげるからさ、ね?」
「マキ姉さん、僕、今日がはじめての登校なんだ。初日から寄り道なんてそんな不良みたいなこと」
可愛い
「不良なんかじゃないよ。みんなそれくらいのことしてるってば。私、久しぶりにショウちゃんに会えてすんごくテンション上がってるんだ。お願い! 一生のお願いだよ」
「一生って。まあいいや。マキ姉さんがそんなに言うなら」
式の間、私はずっとショウちゃんを見ていた。こういう時って緊張するのかな。ショウちゃんはすごく落ち着いて見えた。私は、私の時はどうだったろう。もう二年も前だ。思い出せない。式が終わって、私は自分の教室に戻る。ショウちゃんの姿を思い出してついついニヤけてしまう。クラスメイトから何かいいことあった? って。いいことしかない。はやる気持ちを抑えながら私は今日の授業が終わるのを待った。
「翔太郎、部活見にいこうぜ」
「ごめん、僕ちょっとこの後用があって」
「なんだよ。入学初日から用って。つれねーの。んじゃまた明日な!」
「うん、ごめんね」
放課後、私はショウちゃんの教室の前まで来た。何? アイツ。すんごく馴れ馴れしい。小学校からの友達? なワケないよね。ムカつく。ショウちゃんに謝らせたりなんかして。でも私は笑顔です。私の嫌悪感でショウちゃんに迷惑かけたくないもんね。それにショウちゃんは私との約束を優先してくれてるんだ。最高の弟。
「マキ姉さん、来てたんだ」
「ごめんごめん、待ってられなくて。じゃ行こっか」
「ちょっと待って。マキ姉さん、せっかくだから校内を案内してよ」
「え?」
私は嬉しくて泣きそうだ。ショウちゃんが私を頼ってくれる。姉として、またこの学校の先輩として。もちろん、案内役やらせていただきます。
「で、ここが放送室。今は誰もいないけど、せっかくだから中覗く? うちって平和っていうかなんていうか、生徒がいる時間帯は鍵とかかけないんだよね。信頼って言うの? 校風で。私は莫迦莫迦しいなって思ってるけど」
「そうだね」
「うん?」
「いや、見てみたいな部屋の中」
ショウちゃんは放送マイクの前に人形を置いた。
「ねえ、ショウちゃん? さっきから行くとこ行くとこで置いてるそれ何?」
「おまじないみたいなものかな。ねえ、マキ姉さん、ここって音楽かけらたりするの?」
「多分できるけど。勝手に触ったらまずいよ」
「莫迦莫迦しい」
「え?」
「きっとこれだね。曲は何がいいかな。マキ姉さんは何がいい?」
「ちょっと? ショウちゃん、何言っ」
「polonaise ショパンか。これにしよう」
ショウちゃんはニコニコしながら曲を再生した。ピアノの音が弾きわたる。校内スピーカーのスイッチを全部押し上げると音はより一層大きく強まった。
「ちょっと、ショウちゃん何やってるの!」
ショウちゃんは指揮棒を振るような仕草で曲調に従い身体を揺らす。激しさのあまり室内の棚に肩をぶつけたりしながら。私は状況が飲み込めない。ショウちゃんは徐に指を鳴らした。
「はい」
強烈な音。ボリューム最大で鳴らされる曲とは違う音。爆発音。放送室の中にも悲鳴が届いた。ちょっと待って、ショウちゃん?
「つぎ」
またどこかで何かが爆発した。何これ。ねえ、ショウちゃん! ねえってば!
「マキ姉さん、おまじないだよ」
ドン、ドン、ドン。地面が揺れてる。逃げなきゃ。ねえショウちゃん! 逃げなきゃ!
「この期に及んでまだ僕と助かりたいの? 莫迦莫迦しいなほんとにオマエ」
惨状は想像できた。あちこちで響く悲鳴と怒号。黒ずんだ煤とひどい煙たさ。スピーカーにも爆発の影響が出ているのか、外で鳴ってる音楽は不自然に途切れたりまた鳴り出したり。ショウちゃんはマイクの前に置いた人形を手に持つと流れる曲と同じ音を口笛で器用に鳴らしながら私に近づいて人形の頭を頬に押し当てた。
「ケーキ、食べれなかったね」
やめて、ごめんなさい。
英雄 川谷パルテノン @pefnk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます