6 生命の石の話

 若葉に萌えた木々が海を作っている。ランタオがじっと見ていると海鳴りのようなざわめきが立った。驚いたことにあの山すべてがエミリーの敷地だという。手前の丘に建った屋敷が彼女の家だ。


「中へお入りください」


 


___



ランタオとリオナと、昨夜別室に泊まったイサクはロビーの角にある客間に通された。重厚なソファに座り、ランタオは目の前のメアリーの目を見る。俯きがちなその目と視線が合った。メアリーは微笑むと、話を始めた。


「どうしても、兄に会っていただく前に話したくて。.......私と兄は幼い頃に両親を亡くしました。代わりに育ててくれたのはこの街に住まいを寄せるおじいちゃんでした。おかげで私たちは健やかに育ちました。 .......話が長くなりそうなので結論を言います。おじいちゃんは65歳で亡くなりましたが、亡くなる前にある遺言をしたのです」


 どんな遺言だったのか、レオナが聞いた。メアリーは小さく頷き、ランタオに顔を向けた。


「いつかお前たちが大きくなった頃に、この街にも勇者様が訪れる。その時は限られておる。その頃、石守り村もこの街も不穏が続き、その不穏はやがて深刻になる。だが、安心しろ。勇者様についていけば、守られる」


 ランタオは息をのんだ。つまりランタオのことをエミリーは言っているのだ。ランタオは重しがのしかかるような苦しさを覚えた。


「あの、本当に僕は勇者なんでしょうか」


 エミリーがレオナを見る。レオナは顔色変えずに肯定した。


「間違いない。いつまでアホ面下げているつもりだランタオ。お前だってあの石が光るのを見ただろう。あれは”生命の石”だ。別名”神の意思”とも言われている」

「か、神の意志? 」

「ああ、あの石はただの光る鉱石とはわけが違う。あの日お前が手にした石は、間違いなく神そのものだ」


 レオナは立ち上がり、ランタオの肩に下がった背嚢はいのうをひったくった。


「な、なにするんですかっ」

「見ろ、まだ光るだろ。触れ、ランタオ」


 言われて、おずおずと石に手をかざす。僅かだが光が灯った。


「これがいざと言うときに閃光を放つ。その力はまだ解明できてないがきっと今回の謎も解けるだろう」


その後、三人で兄の様子を伺ってからランタオとエミリーのみその個室にとどまった。


____


 兄の名前はランディ・ブラン。エミリーと同じプラチナブロンドの髪は男にしては少し長い。顔には血の気なく永遠の眠りについているかのようだ。


「お兄ちゃん、勇者様が来てくれたよ」


 エミリーはランディの側に座って、囁く。反応がないのを見て少しため息をつくと、ランタオに向かってやはり微笑んだ。


 ランタオは用意された椅子に力なく座った。暖炉がそばで音を鳴らしている。ランタオはおもむろに背嚢から生命の石を取り出して、震える手でランディの手を持ち、握らせた。しかしやはりわずかに灯る程度で何も起こらない。


「エミリーさん、すみません。もう僕には何も.......あ」

 

 ランタオが気付いた時にはもう遅い。エミリーの涙が次から次へと零れていた。ランタオは胸がとてつもなく苦しくなる。


「ごめんなさい、泣いてしまって、でも」


 堰を切ったように泣くエミリーの姿に、ランタオはどうしたら良いかわからず、恐る恐る肩を撫でてあやすことしかできなかった。



 .......落ち着いてきた頃、エミリーはランタオの手を握りしめていたことに気づき、手を離した。


「ごめんなさい、ランタオさん。情けない姿を見せてしまって」

「いえ、情けないのはこっちですから」

「そんなこと、そうだ。ランタオさんの家族のお話、聞かせてもらえませんか」


.......ランタオはためらった。ただでさえ辛い事情を抱えているこの人に、すべてを話していいのだろうかと。だが、エミリーにはなんでも話せるような気がした。





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