第15話 誰かいる


 二階の部屋には段柳祐介がいる。

 彼に会って、事情を聞かなければならない。

 君のお母さんの様子が悪いようだと言って、ここ最近のことなんかを聞いてみればいい。

 そう思うと、さっきまでの重い足取りとは反対に、すぐにでも段柳に会いたいと、この異様な雰囲気から解放されたいという思いが相まって、さっさと階段を上ろうという考えになっていた。

 僕がちょうどその階段の一段目に足をかけた時。

 まさにその時だった。


 女の絶叫が響いた。耳をつんざくその音声は、まるで猫が車に潰されるときのような断末魔の叫びだった。声にならない狂気の悲鳴。


 喉を潰さんばかりの大きな絶叫だった。

 反射的に声の方角に振り返る。声は今来た、廊下からだった。しかも、すぐそこから聞こえる。手を伸ばせば届きそうなほど身近で聞こえたのだ。 あまりの驚きで、僕の方は声が出なくなってしまった。


 誰かいる。

 誰かがそこに立っている。

 もうすぐそこにいるのだ。暗い中に黒い影がくっきりと現れ、まったくの異様な光景に、正気を失いかけた。 そこに、すぐそこに、誰かいる。誰かが立っている。

 正直に言って少し混乱していた。

 誰だ? いったい誰が……。

 手にしていたランプの明かりの範囲が、少し手前でその人物に届かない。 明かりの範囲にはその人物の足だけがか辛うじて照らされている。


「……あの、誰……ですか?」


 唇や下顎が震えて大人しくならないせいですんなりと言葉が出ない。さらに、本当は「誰だ」と問いただすような言葉をぶつけてやりたかったが、ここは他人の家であって、不躾なことは出来ないと、まだ残っている理性が教えて、丁寧な表現を選んだ。


 裸足の足はきちん二つそこに並んでいる。明かりが照らし出せる範囲に足のつま先が二つ並んでいる。

 そいつは僕の声に対して、何の反応も示さない。

 思い切って、ランプを持った手を伸ばして、全貌を照らしてやった。


「誰ですか?」


 そこに照らし出されたのは、小柄な女性だった。



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