第7話 一族の悪評

 僕の前に並んでいた女の、辺り構わずといった話声が否応なしに耳に入る。

「まったく落ちたのものよ。これぱかしの人しかあつまらないなんてね」


「栄える者は衰えるってね」

 きれいな髭を蓄えた男がせせら笑いしながら言った。


「もうおじいさまの代の面目がないわね」


「何を言っているか。段柳善治郎だってもうすっかりじいさんじゃないか」


「冗談いわないで。じいさんだから何なのよ。ああ、思い出したわ、本当に不愉快な老害だったわね」


「被害に遭ったようにいうね」


「まさか。あたしたち末端の人間は顔を拝めないんだから」


「御簾の向こう側か。いったい、今は何時代なんだか」


「それでね、不愉快な老害だったって話なんだけど」

 話を続けたくてうずうずしているといった具合に、女が続けた。

「とっくに会社の経営やら、業界の統括やらは下に任せて、自分は贅沢三昧。言いたいときだけ、表にしゃしゃり出てきて、偉そうにしてたんだって。妾も多かったって聞いたわ。まあ、あれだけの人間だから、女も当然何人かいたんだろうけども。それにしたって、あんなに若い奥さんを家に閉じ込めて、囲っておいてよ。よくもそんな道理に外れたことができるわよ。本当に呆れたじいさまだことよ」


「なかなか悪口をいうじゃないか」

 男は場違いと分かりつつも笑い声を隠さなかった。それでも、この葬儀にしんみりとした雰囲気が全く無く、参列者の誰しもが笑い声に気を留めなかった。


「あなた止してよ。そんなに大きい声で笑ったらみっともないわ」


「何がだい。誰も気にもしないさ。こんな葬儀なんざ。誰もが清々しているからね。金輪際この世に口出ししないように、みんなで死に顔を拝むだけだ。ちゃんと死んだか確かめないと、後から死んでませんではやってられないからさ」


 女もつられて口を押さえて笑っている。

「あたしたちだって、何も善治郎さんに義理があって来たわけじゃない。お祖父様に義理があったからこうして来ているのよね」


「まあ、実際にどれほど助けられたかは知らないから、言い伝えだがね」


「それにしても、ここにいる人たちが上の代で、お祖父様にお世話になったのは確かなのね」


「それから下はまったく駄目だったがね」

 男がそう言うと、その夫婦の前に並んでいた六十代くらいの恰幅のいいおじさんが振り返った。


「あまり言葉が過ぎますよ。それ以上言うのはやめていただきたい」と言い、いかにも不満そうに厳格な表情を見せた。僕は、罵り合っている二人にいよいよバチが当たるのだと思って見ていた。


 しかし、そうではなかった。恰幅のいい喪服のおじさんは笑い始めたのだ。


「本当に、それ以上言うのはやめていただきたい。笑いが堪えられなくなってしまいますよ。ははははは」


「いや、これは失礼でした。私たちだけで笑って、周りを考えずに。ははははは」


「本当にすみませんね。ついつい浮かれてしまったわ」


 三人はまるで春の行楽を楽しんでいるかのように、朗らかに笑っていた。 僕は別段、不愉快という気はしなかった。なかなか異様なので、少し気味が悪いくらいに思った。住む世界の違い、格差の違いで、これほど交流する人は異なるのだと知った。


「そういえば、ここの跡取りはどうなってかしらね?」

 女は興味津々な顔を恰幅のいいおじさんに向けた。何かしら話のタネを得たいという下劣な根性が見え透いている。


「確か、今は善治郎さんには息子が一人だけだったと思いますよ。高校生くらいだったはずです。あの若い奥さんとの間の子ですね」


「あら、ずいぶんと遅い子供ね」

 だいたいの事情は分かりつつ、はかりがたいという顔をわざと作って女は言った。


「いえいえ。他にも子供はいるでしょう。あれだけの人ですからね。頭が緩かったが、股も相当に緩かったようで」


 そこで三人揃って大笑いした。


 僕は、まったく、どうにもならない大人たちだと、そう思った。


「あの若い奥さんも、きちんと子供の尻を叩かないと、どこかからふらっと側室が現れて、玉座を横取りされてしまうわね」


「何でも、それを分かって躍起になっているようですよ。噂ではね」

 男がそれを聞いて口を挟んだ。


「まあ、噂ではないでしょう。子供につきっきりになって離そうとしないって聞きましたよ」


 三人はその後もあれやこれや面白おかしく誇張しながら話して笑っていた。


 一方で、僕の友人らは学校の話とか部活の話とか中学の時はどうだったとかそういう話をしていて、もう段柳祐介について興味はすっかり失っていた。

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