第8話 初対面
葬儀の列は進めでも一向に会場に入れなかった。
そのうち僕たちの会話も暑さで、「暑い」と「まだかよ」しかなくなった。ようやく場内に入ると祭会場さながら大勢の人がひしめいていた。
祭壇の脇には親族たちが座っている。中には幼い子供もいて退屈でたまに動き回ったり、奇声を上げたりして、ついに場外に連れ出されてしまった。
祭壇の一番近くで、焼香者たちに頭を下げているのが、段柳祐介であるとすぐに分かった。
その隣の女性は彼のお姉さんだろうか、その時はそう推量していた。実際に、友人たちとも「段柳のお姉さんは美人だ」という葬儀の場にそぐわないひそひそ話が始まったくらいだ。
しかし、あとになって、段柳祐介と交流を持つようになって、知ったのだが、あれは姉ではなく、実母であった。
噂に聞く、子育てに躍起になって、玉座を守り抜こうとしている段柳祐介の母なのである。
とすると、祭壇に飾られた大ぶりに引き延ばされた遺影写真の中の髭を蓄えた老人と夫婦関係にあったのかと、これもまた後になって驚いた。
それほどに年の差が開いていて、十六歳の自分には異様に思えて、またいやらしさみたいなものも同時に感じたのだ。
なるほど、葬儀の行列で聞いた三人の笑い話はこういうところに端を発しているだと、これも後になって分かった。
老いてなお勢力みなぎる段柳善治郎の脂ぎったいやらしさと、美貌の若い妻。これではあらぬ噂を立てられても仕方ないという気がする。
段柳の母は美しかった。それは映画や雑誌で目にするような女優のような人目を引く美しさだった。
その母の美しさを惜しみなく遺伝された段柳祐介。彼は美顔の男であった。
そして、ずっと下を向いたままの彼の表情を見ていると、僕は何だか釘付けになってしまい目が離せなくなった。
何か理屈では説明できない、同性にして惹きつけられる力があって、それで僕は焼香の列に並んでいる間中、彼が気になってじっと見ていた。いや、見つめていたと言う方が正しい。
焼香の順番が僕の番に回ってきて、前へ進み出ると、そのタイミングで今まで顔を下げていた段柳が前を向き、僕の動作を見つめた。
そして、焼香が終わった僕にまっすぐと一礼したのだ。
僕はどうにも胸中が熱くなってしまって、終わったら彼に声をかけてやろうと、何か元気づけてやろうという気を起こしていた。
一緒に来た友人らに対して、彼に声をかけてやろうという提案を呼びかけたが、誰もそんなことをしても、しょうがないだろうと取り合ってくれなかった。それでも諦めきれない僕は一人きりで夜十時近くまで段柳祐介と顔を合わせられる機会を待っていた。
汗はだいぶ引いたが、熱帯夜であった。
外で立っているのもなかなか疲れると思って、もう帰ろうと、やはり馬鹿げていたと思ってきびすを返した。と、その時だ。
「君、同じクラスだよね」
そう言って、段柳祐介が僕のもとに歩み寄ってきたのだ。突然現れたから驚きが強かった。まるで僕が斎場の外で待っていたのを知っていたかのようであった。
「ああ、そうだよ。井上っていうんだ」
出し抜けだったし、初めて言葉を交わすしで、多少まごつきながらそう返した。
「井上君か。今日はわざわざありがとう。僕のために、僕の父のために。こんな夜遅くまで」
割合普通に話しているところは拍子抜けだったが、これはこれで良かったとも思った。
「いやいや。段柳君の方こそ、大変だったね。こういうとき、なんて言って良いのか分からないけど。その、すぐには無理だろうけど、元気をだして。学校にも来た方がいいと思うよ。事情は知らないから、なんか事情があったら、しょうがないんだけどさ」
「ありがとう、井上君。でも、僕は学校に居場所があるかな?」
段柳祐介は背が低かったから、少しでも俯くと表情が分からなかった。
「もちろん、あると思うよ。なんなら、僕と遊ぼうよ。今度、暇なときでいいからさ。嫌だったら、別に、その……」
なぜそう言ったのか今になるとよく分からない。彼を可哀想だと思ってそう言ったのもあるし、その場ではそう言葉をかけてやるしか無かったということもあるし。
ただ、それで彼に連絡先を聞かれて、僕と彼の友人関係が始まったのだった。
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