第2話 電話の声
なんだ、もう朝なのか。
いや、もうそろそろ昼という頃合いだろうか。いつも仕事がなければ、一時ころまで起き上がらない。それが、こうして眠りの底から意識が浮上しているのはどういうわけか。
遠くで何かが鳴っている。
何かが不断に鳴り響いている。
いったい何が鳴っているのか?
電子音。メロディがある。音楽ではないが、流れるような音だ。
聞いたことのある音。
ああ、これはあれだ……。
電話。電話の着信音だ。
今日は確か、出勤日じゃなかったはずだが……。
あれ、今日は何曜日だったか。
僕は慌ててベッドの上に起き直って、居住まいを正して、電話口の声に耳を傾けた。電話だというのに日本人気質が作用したのか、瞬発的に身体がそう動いたのだ。
スマホ画面には、『段柳(たんやなぎ)』とあった。
声の主は高校時代の友人である段柳祐介から、のはずだった。
少なくとも寝ぼけ眼でスマホの画面を確認したときは、その名前が表示されていた。
数年ぶりの連絡であったが、特になんとも考えずに適当な気持ちで電話に出たら、予期せぬ女の声で、仰天したというわけだ。
しかも、女の声は妙にくもって聞こえる。
それは何か事情があって、声を低くしているらしい。一語一語をじれったいほどにゆっくりと話している。
「……急で申し訳ないけれど、どうか、息子を助けてやってください。お話できるのはあなたしかいないと思って、電話しました。できれば、すぐにでも、お願いします。本当に、無理を言って申し訳ないのですが、至急お願いします。待っております。……お待ちしております」
声はたっぷりと時間をかけて、概ねそのように言った。
どうやら興奮を静めながら、最大限冷静に伝えようとしているらしい。それが電話口からもこちらに伝わって、事の異様さを否応にも思わされた
「あの、いったい、どういう……」
こちらが言いかけたところで電話は切れた。
胸騒ぎがした。人生で初めての胸中を掻きむしられるような不快感を体験したのだ。
僕は、折り返しの連絡を入れようか迷ったが、相手の言うとおり、「待っております」というのだから、出向いて直接確かめた方が早いという気がして、すぐに出かけの支度をした。
カーテンを開けると、今が何時とも分からぬような黒々とした空がそこにあった。
その禍々しい空模様を見たとき、今までの意気がすっかり失われて、「行くな」と制止する声すらも聞こえるような気がした。
行きたいか、行きたくないか。
行くべきか、止すべきか。
行った方がいいのか、無視した方がいいのか。
結局、彼の家に行くことに決めた。
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