第三十八節:別れの時
モニターで確認する限り、生徒会長は抵抗する素振りを見せて居ない。あたしは、兎に角ひたすら祈った。余計な事をしてくれるなと。
一人の兵士が、生徒会長と、何事かを話している生徒会長は、首御横にしか振らなかった。そして、兵士の一人が寮の入口めがけて突入する様に手で指示する。同時に寮内になだれ込む兵士達。残った兵士の内の一人が生徒会長に銃を突きつけている。そして、無線で何事かを話していた。
暫くして、寮内に突入した兵士達が戻って来て、生徒会長に銃を突きつけている兵士に向かって、何事か話をしている。その相手の兵士が、残りの者に対して散会する様にしじする。兵士達は校庭を調査探し始めた。
「まずいわね…」
あたしは、それを見て、そう呟いた。彼等の装備が有れば、コロナの居る処など、たやすく見つけてしまうかも知れないからだ。あたしは、コロナを少し急かす。
「コロナ、急いで、見つかりそうだわ」
だが、学園の敷地は広い。当たりがつかない状態での捜索は、結構時間がかかるかもしれないが、それは希望的観測に過ぎない。そして、恐れていた事は、確実に起こった。兵士の一人が、花壇中央の温室に気が付いたのだ。そこに向かって、数名の兵士が、銃を構えて近寄って来る。
「コロナ!」
あたしはつい、大きな声を上げてしまったが、コロナは依然冷静だった。そうだ、落ち着け、今は頭を冷やして冷静になる時だ。
「皆、あれ!」
スェルがモニターを指差して叫んだ。兵士の数人が温室地下の施設に気がついた様だ。一人の兵士が温室に入り、暫くしてから、再び、温室から出て来る。それと同時に、学園の敷地全体が震えるずしんと言う大きな音と振動。
「何?」
あたしは、周りを伺った。
『温室のエレベーターが爆破された様です』
コロナが落ち着いた声でそう言った。兵士達は、もう直ぐそこまで近づいて来ている様だ。もう、扉一枚挟んで眼と鼻の先。あたし達はコントロール室の中央に固まって、モニター越しに兵士の動きを見ながら一喜一憂する。そして、待ち焦がれたコロナの言葉。
『チェック完了しました。飛び立ちますので、揺れに注意してくださいね』
コロナがそう言うのと同時に、部屋全体がゆらりと揺れた。異星人の宇宙船は気球が空中に舞う様にゆらりと空中に浮かび上がる。光に包まれたそれは肉眼では輪郭が分らない。宇宙船はゆっくりと地上を漂い、その様子がモニターには地上の様子が映し出されている。皆が宇宙船を茫然と見上げている様子が分った。
「やった、コロナ、飛んでる!!」
あたしがコロナにそう言ったと同時に、再び警報が響き渡る。
『高熱源体接近します、多数です』
コロナが言っているのはミサイルの事らしい。戦艦が放ったミサイルは、確実にあたし達が乗っている宇宙船に向かって飛んで来る。しかし、ミサイルは命中する直前で全て爆発した。モニターには曝煙だけが映り、周りの景色が見えなくナ程だ。宇宙戦艦に比べればコロナの船は、絶望的に小さい。しかしコロナは健気に飛び続ける。自分の星に帰る為に、故郷の土を踏む為に。
「今の爆発で、船を包むシールドは消えました。何か攻撃されたら…」
コロナはそこまで言って考え込んでしまった様だ。
「ねぇ、宇宙軍の目的って、この船を捕まえる事なんだろ?」
ケイラが、ちょっと不思議そうな表情で皆にそう尋ねた。そして更に
「だったら、なんで攻撃して来るんだよ。もっと、こう、マイルドに捕まえようとか思うんじゃ無いのか?」
「ケイラさんの言う事はごもっともで御座いますけど、もし、捕まえられないと判断したら、いっそのこと破壊して、無かった事にしてしまうと言う手も御座いましてよ」
ナルルが深刻な表情でそう言った。今の状況は、ナルルの言う状況に近いのであろう。地上で捕まえそこなったから、破壊してしまえ…と。
『攻撃されてもつまらないので、加速します。逃げちゃいます』
コロナがそう言うと、地球の飛行物体では再現できない位の急な加速で、一気に大気圏を突破、宇宙空間に飛び出した。同時にコントロール室全体がモニターに成る。まるで、宇宙空間に漂っている様な感覚があたし達を包み込む。この感覚は慣れるのに少し時間が掛かりそうだった、船酔いみたいな感じがちょっとする。スェルがちょっと気分が悪そうだ。
しかし、そんな事を言っている時間も余裕もなかった。軌道上に待機していた宇宙戦艦二隻があたし達に向かって近づいて来る。
「コロナ、チェックは済んだ?」
あたしの問いかけにコロナは慌ただしく返事をした。
『あと十分位掛かります』」
「分った。あの、宇宙戦艦と交信できる。出来れば、出来るだけ広い範囲で電波が流せれば有りがたいんだけど」
いよいよあたし達の出番だ。残り十分を持ち応えなければならない。あたし達の意思は、はたして軍や政府に伝わるだろうか。いや、ひょっとしたら、握り潰される可能性だって無くはない。あたし達が今、信じるのは人類が持ってるか『やさしさ』だ。
『ニーナ、繋がりました、どうぞ…ニーナの事は地球人の居住圏全ての通信機器に割り込んで放送されます』
コロナが通信回線を開いた。それはこのあたりの星系全てに発信されている。あたしは、今、思っている事を、素直に皆に訴えようと考えた。一生懸命話せば、きっと分ってくれる。人類はそうやって歴史を造って来たのではないか。
「皆さん、聞いて下さい。この通信は、地球外生命体の宇宙船の中から発信しています。私達が、この船に乗っている理由は、この船を生まれ故郷の星に返す為です」
あたしの言葉は地球人の居住圏内全域に放送されている。皆があたしの言葉を聞いて居る。うん、なんだか緊張する、でも、素直にあたしはあたしの言葉で現状を報告するのだ。
「未知の知的生命体存在の事実は、地球の文化に大きな混乱を齎すでしょう。でも、あたし達は、その事実を受け入れました。そして、その知的生命体の遺産は、自分の星に帰る事を切望しています。だから、あたし達は、帰そうと思ったんです。ここにいるのは、機械の頭脳だけですが、彼女は、立派に人格と感情を持っています。つまり、生命と同じです。だから、それが望むのであれば帰してあげたい、自分の生まれた故郷へ…どうか、お願いです。彼女を帰してあげて下さい」
あたしの正直な気持を話し終えて、ほっと胸を撫で下ろした。そして、皆の顔を見て、にっこりと微笑んだ。やれる事はやった。
モニターに映し出された大型の宇宙戦艦は止まる気配を見せない。その大きさに圧倒されそうになる。その武装は、見た目だけでも、威圧感が有り、踏みつぶされそうな気持に成る。そして、ゆっくりと砲塔が旋回してあたし達の船に照準を合わせ、爆発的なエネルギーが満ちて行く様子がモニター越しにも見て取れた。
「ニ、ニーナさん…」
ナルルがあたしの背中にしがみ付く。それに合わせて皆がひと塊りに成ってその様子をを凝視した。
「やっぱり…考えが甘かったか…」
もし、このままコロナを打ち抜いて消滅させてしまったとしても、その様子は誰も見ている訳ではないから、宇宙軍が握りつぶしてしまえばそれきりであろう。ちょっと考えれば分る事だ。結局大人が考える事なんてこんな物かとあたしは落胆した。息が詰まる様な緊張感に包まれ眩暈にも似た緊張感で倒れそうな気分になった。
――しかし
臨界状態だったエネルギーが急速に減少して行くのが見てとれた。ぴんと張り詰めた空気が雪解けの様に消えて行く
『エネルギー消えました…』
コロナの声に皆がほっと胸を撫で下ろす。地球は、あたし達が望んだ最善と思われる解決法を取ったのだ。
「コロナ…やったね…」
あたしはコロナニそう言うと、彼女もあたしに答えてくれた。
『ありがとうニーナ、そして皆さんの勇気ある行動に心から感謝します』
「コロナ…」
あたしは緊張感からの解放と、地球人類の英知に感動して、ちょっと涙が出た。終わったのだ。色々な事が有った。新しい友達もできた。そして何時か地球人類は、平和のうちに異星人との接触を果たすだろうと確信した。
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