第三十一節:コロナの思い

 あたしは『コロナ』と再会する事を約束し一旦自室に引き上げる事にした。色々と考えたい事が有ったからだ。

 非常階段をだれにも見つからない様に上り、自分の部屋の前まで来ると、そこには、今、会いたくない人物が待ち構えていた。


「消灯後の外出は禁止よ」


 そう言って、あたしの部屋のドアにもたれかかっていたのは生徒会長だった。


「なぜ、鍵を返さないの?」


 あたしは生徒会長にそう尋ねたが、彼女は、すこし微笑んだだけで、何も答える事は無かった。あたしは、その態度が気に入らなかった。『コロナ』は早い話が遭難者なのだ。機械かも知れないが、明確に意思を持っている。で、有れば、我々は『コロナ』を生き物として扱わなければならないのではないかと思った。


「彼女は自分の星に帰りたいだけよ」


 あたしは生徒会長に更に詰め寄った。しかし、生徒会長はこう言った。


「残念だけど、返す訳には行かないの」

「どうして…」

「あれは危険だからよ」

「危険?ただのロケットのエンジンキーでしょ、危険なんてないわ」


 生徒会長の表情が少し曇る。そして、部屋のドアとは反対側の窓の外を見詰めながら、再びあたしに話し始めた。


「マーチンは最初、あれが異星人の手による物とは思わず、かなり荒っぽい発掘をした。その結果、赤い色素が星じゅうに広がってしまったの。その時点で、赤い色素の意味が開からなかった。それが分るのは、発掘から半世紀以上たった時だった」


 生徒会長はあたしに一瞬、視線をよこしてから、窓の外に視線を戻し、再び話し出した。


 あのナノ・マシンには人間や動物を外部からコントロールできる能力が有る。サーバーとセットでないと、その効果は無効なんだけど、少なくとも人間を外部から好きに動かす事が出来ると言う機能は、政治家が欲しい機能じゃなくて…特に独裁政権にとっては…」


 あたしは生徒会長に反論した。


「そんな事、出来たって意味無いじゃない。第一に、その独裁政権って言うのが何処に有るのよ…」


 生徒会長は、あたしに向かって微笑みを向ける。何時もの冷たい微笑みを。


「これから、出来るのよ」

「これから?…」

「そう、そして、その中心に成るのが、ニーナ、あなたよ」


 あたしは突然そう言われて狼狽した。


「あたし?」

「そう、ニーナ・アンダーソン、あなたよ、あなたがやるの。あなたは『コロナ』に選ばれた」

「何故、そんな事が言えるの?」

「パスワードを教えて貰ったでしょう。歴代の生徒会長は『鍵』を盾にして『コロナ』に近づいた。でしょう?」


 そんな事で『コロナ』があたしを選んだとは認めたくなかった。あたしは政治家、しかも独裁者に成るなんて事は、これっぽッ地も考えていない。将来、自分の父親の会社を受け継ぐ事すら躊躇っているのに。あたしは自由でいたい。何物にも左右されず、自分の好きな事をするんだ。


「鍵を渡して…」


 あたしは、意を決して生徒会長に、そう迫った。生徒会長は、懐から発光するカードを取り出してあたしに見せた。


「これが、鍵」


 あたしはごくりとつばを飲み込んだ。しかし、見せてくれたのは、一瞬で、生徒会長は再びそれを懐に仕舞い込んだ。


「欲しかったら、奪ってみなさい」


 生徒会長はそう言ってから不敵に嗤う。


「そう来なくっちゃ…ね」


 上級生とは言えども許せない事は有る。そして実力で来いと言なら行ってやろうじゃない。


★★★


「はあ、はあ、はあ…」

「ぜい、ぜい、ぜい、ぜい…」


 深夜の廊下にあたしと生徒会長の呼吸音だけが響く。あたし達は、取っ組みあったまま、床にぺたりと座り込んでいた。彼女は割とタフだった。地球では過去に何度か掴みあいの喧嘩をした事が有るが、何れもあたしの圧勝で、陰で恐れられていた存在だったので、この手の行為には慣れているつもりだったが、この生徒会長も中々な物だ。


『勝負は引き分け…』


 生徒会長は、ふらりと立ち上がると懐から『鍵』を取り出して、あたしに向かって放っ  手よこした。あたしは、床に落ちている、鍵を取り上げると、まじまじと見詰める


「好きにすれば良いわ。でもまぁ、どの道、手遅れなんだけどね」


 彼女はちょっと寂しそうにそう言ってから、あたしにゆっくりと背を向けるとゆっくり闇の廊下に向かって姿を消して行った。

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