第三十節:孤独な宇宙船

 部屋の中は、大きなシャンデリアの風の照明が天井から吊り下げられて、そこから床に向かって光のケーブルが無数に繋がっている。


 まるで光の渦の中心。


 小さい頃に見た某夢の国の「エレクトリカルパレード」がちゃちに見える位の明るさと繰り返される点滅。長時間見詰めていると、自分の意思を吸い取られそうな錯覚に陥るのを感じた。ふいに心の中に声が聞こえた。さっき、あたしにパスワードを教えてくれた声だ。


『助けて…』


 とても寂しそうな声だった。それも、成人の声では無い。小さな女の子の、鳴き声混じりの声だった。


「誰か…いるの?」


 あたしは周りの様子を伺いながら、部屋の中に足を踏み込んだ。部屋の中は意外にも涼しかった。いや、寒いと言っても過言ではない温度だった。


『帰りたい、おうちにかえりたい』


 女の子の声は、不安で苛まれているのだろうか、鳴き声の方が大きくて、何を言ったか、良く注意して聞かないと分らなかった。


『帰りたい…』


 半べその少女の姿が思い浮かぶ。あたしは周りを注意深く見廻したが、人と思しき影を認める事は出来なかった。


「誰か…いるの?」


 あたしは部屋の中に慎重に踏み込む。同時に床の感触が伝わって来た。金属質で堅い物に見えていたが、その実は、とても柔らかい。くるぶしあたりまで足が沈み込んでしまう。ちょっと歩きにくかったが、あたしは構わず部屋の奥に向かって歩き始めた。

 あたしはシャンデリアから延びる光の束をかき分けて中身を覗いてみた。そこには、バスケットボール位の大きさで半透明の球体が、何の支えも無く浮かんでいた。あたしは直感的に分った。さっきからあたしに話しかけて居た者が、これだと言う事を。


「聞こえる?お譲ちゃん」


 あたしは、小さな子をあやすみたいに、その球体に向かって話して見た。


『お姉ちゃんも、私をお家に返してくれないの?』


 ――あたし”も”?ってどう言う事だろう。


『今の、お姉ちゃんも、私をお家に返してくれるって言ってた。初めて会ったおじちゃんも、そう言ってたけど、私をお家に返してくれないの…』


『今のお姉ちゃん』とは……あぁ、ひょっとしたら生徒会長の事だろうか。この部屋に、彼女が頻繁に訪れているのは、疑いようのない事実。ともかく、ここには意思を持った何かが潜んでいるのは間違い無い様だ。黙っていても話は始まらない、あたしは思い切ってその声に応えて見た。


「ねぇ、あなた、誰?」


 一瞬の沈黙。そして躊躇しながらも、彼女は自分の名前を名乗った。


『わたし?わたしは“コロナ”この宇宙船のコンピューター。お姉ちゃんは?』


 少し落ち着いたのか、声の主は自分の名を名乗った。それに彼女は『この宇宙船』と言ったな。あたしは疑問が更に深くなり、女の子に向かって、こう尋ねた。


「あたし?、あたしはニーナ、ニーナ・アンダーソン。あなたは一体どこから来たの?」


『私は……』


 女の子の声はそこまで言うと、あたしの目の前に宇宙空間の立体映像を出してきた。宇宙空間と思しき物を惑星パピルを中心に立体映像で表示した。そして隅の処に輝点が一つ。


『私は、この惑星から約一万四千光年離れた惑星“シード”から来たの』


 あたしはちょっと驚いた。帰郷を望む、このコンピューターは一万四千年の間、宇有空間を彷徨い、何かの理由でこの惑星に降り立って、遺跡に成る位長い間、ここにいたということなのか。


「ねぇ、コロナ、あなたどこか壊れたの?だから飛び立てなくて此処に居るの?」

『……ううん、鍵を取られたの』

「鍵?」

『エンジンの鍵…それが無いと私は……』


 コロナは又、悲しそうな口調に成った。彼女の声は旨に響く。しかし、あたしは未だ、聞きた事が山ほどある。そして更に尋ねた。


「その、エンジンの鍵とやらが有れば帰れるの?」

『うん、宇宙船の本体も損傷してたけど自己修復機能でなんとか元に戻ったの。でも、鍵が必要なの。それが無いと私は…』

「なるほど、分った。鍵は何とかしてあげる」

「ほんとう?」

『コロナ』は心の底から嬉しそうにそう言った。


 なんとなくだが、全貌がはっきりしてきたような気がした。そしてあたしがやらなきゃいけないのは“鍵”を探すことだ。誰がそれを持ってるか?そんなものは察しが付く、きっと生徒会長が持っている。さて、どうやって取り戻そうか。あたしは悪の思考を総動員してその手段を考えた。


「待っててねコロナ、鍵はきっと取り返すから」

『うん、ありがとう、お姉ちゃん』


 コロナの声に明るさが戻る。そして、彼女の笑顔が見えたような気がした。

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