第二十八節:地球連邦の意思

 夜風は昼間の熱を吸い上げて何処いずこへと連れ去ってくれる。あたしは、ぼんやりと窓の外を眺めながら、これからどうするかを考えた。


「生徒会長…か…」


 彼女はあたしに全てを見せてくれた。その意図が良く分らなかった。本当にあたしに期待して居るのか、それとも、不穏分子は自分の手元に置いておいた方が秘密の漏洩が防げると考えたのか…


 まぁ、何れにしても、次の手は、あたしのが持っているのは確かだろう。あたしは窓に頬杖を突くと、綺麗な満月を見上げて物思いに耽った。考える事は色々ある。この事は、皆には暫く黙っていようと思った。折角結束が固くなって来た「悪だくみ同好会」では有るが。これは悪だくみの範疇を超えている。極めて高度な政治判断が必要ではないかと思われたからだ。


「よぉ」


 あたしの目の前に、突然奴が現れた。声を出さないで耐えるのに必至のあたしを恭一郎は、例の営業スマイルで答える。もう、女子高に忍び込む事も、銀杏の木をよじ登る事にも罪悪感は無い様だ。連絡が取れる物なら、即座に教育委員会に連絡して、厳しく罰して貰う処だが…


「ニーナ、君に伝えたい事が有る」


 恭一郎は大真面目で、何時ものちゃらさを微塵も見せずにあたしにそう言う物だから、あたしも伝える事が有るから、奴を部屋の中に招き入れた。そして彼は部屋の中に上がり込んで、開口一番こう言った。


「良いか、良く聞け、お前は出来るだけ早く、この星を出るんだ。」


 は?何を言ってるんだこいつは…


「連邦警察と連邦宇宙軍がこの事案に積極的に介入すると宣言した。これは犯罪として認識された。もし、軍や警察が乗り出したとなれば、この星に住む者全員が容疑者と言う事に成る」


 そこまで奴が言った処で、あたしには、どうしてもはっきりさせておきたい事が有った。


「あのさ、恭一郎、犯罪って言うけれど、何も起こって無いじゃない。何が犯罪なのよ、そこから説明して欲しいんだけど」


 そう、あたしには、何が犯罪なのか分らなかったのだ。マーチンが無断で遺跡を発掘して訳の分らない、サーバーとか言う奴を見つけた事?赤いナノ・マシンに汚染される事?それとも…


「しょうがないな、順序立てて説明しよう。先ず、犯罪の名称だが『国家転覆罪』この星の奴らは、地球連邦政府の乗っ取りを企てている」


 あたしの感想は「はぁ?」の一言だった。なんで、そんな事になるんだ。


「先ず、あの、赤い色素『ナノ・マシン』と呼ばれている物だが、あれは、通信機能を持っている。そして血液中での濃度が一定量を超えると、その人物がサーバーの通信端末になる」


 あたしは恭一郎に答えた「そんな事は知ってる」と。


「問題なのは、ここからだ。サーバーには大規模なデーターベースが存在する。その内容は、宇宙連邦に取って公開して欲しく無い内容が含まれている」

「政府が隠したくなる理由って?」


 恭一郎は一瞬口を開きかけたが、そのまま言葉を飲み込んでしまった。


「残念だが、お前さんは、知らない方が良い。黙ってこの星から出るんだ。ご両親には俺からちゃんと説明する」


 あたしは、その恭一郎の言葉にひっかかった。


「両親には話せて、あたしには話せない無いようなの?」

「ニーナ、困らせないでくれ、頼むから、黙ってこの星から出るんだ」


 あたしは、本気で恭一郎が嫌いになりかけた。だって、大人には話すけど、子供には話さないって言う事でしょう。あたしは十分大人だ。現実に対処する能力だって十分有るんだから。そこから導き出される結論はただ一つ。


「嫌よ。あたしは出て行かない。乗りかかった船だもの。最後まで見届けたいわ」


 恭一郎の言葉に更に力が入る。


「君には無理だ」

「なんでよ、子供だって思ってるの?だったら余計なお世話よ。あたしは十分大人、この程度の問題、解決して見せるわ」


 あたしは両腕を組むと、くるりと恭一郎に背を向けた。恭一郎の溜息が感じられた。


「あのな…マーチンが見つけたのは…」


 あたしは、ゆっくり恭一郎に向かって振り返る。


「――異星人の痕跡だ」


 あたしは一瞬言葉を失った。そして恭一郎にオウム返しに聞き返す。


「異星人の痕跡?」

「そうだ。この惑星パピルは地球球人類が進出する前に、別の文明が到達して居たんだ」


 あたしは恭一郎の言葉に何も言う事が出来なかった。絶句するあたしを一瞥して彼は更に続ける。


「マーチンが遺跡を発掘していた当時、この遺跡の正体は、昔の地球人が惑星探査に出した人工衛星の残骸と思われて居たんだ。断片的では有るが、マーチンの発掘成果は地球連邦にも、色々なルートから入って来ていて、連邦宇宙軍内でも簡単な調査がされていたんだが、実害は無いだろうと言う結論で、無断で遺跡発掘をしていたマーチンは野放し状態にされていた」

「でも、それがどうして異星人の遺跡だって言う事になった訳連邦宇宙軍は直接調べに来たわけじゃぁ無いでしょうに?」


 恭一郎は、窓の外を指差す。其処に有るのは赤いスミレ…


「あの色素がナノ・マシンだと言う事は以前話した通りだが、更に突っ込んで調べて見た結果、地球人の制空域には、それと思われる物質が存在しない。つまり、未知の物質だと言う結論を得たんだ。ただの、ナノ・マシンで過去に医療用で開発された物に酷似している者が有ったから、分析段階で情報が、ごっちゃになったんだ」


 なんだ、宇宙連邦軍の失態か。こんな大事な事を間違えましたで済ませられる物なら連邦警察も必要無いんじゃぁ無いかと思う。だから躍起になってる処も有るんだろうな。


「一番問題なのは、あのナノ・マシンにはウィルスの様な働きが有る。自己増殖機能の他に進化する…亜種に変わる性質も持っている事が分った。だから、連邦宇宙軍は、この星毎ごと隔離してしまう処置に出る事にしたそうだ。その処置が終われば、この星への一切の出入りが出来なくなってしまう。ニーナは一生この星で暮らしたいか?」


 恭一郎の言葉に流石にあたしは焦った。たしかにこの星は常春の気候で済み易い事は認めるが、出入り出来なくなるとなれば話は別だ。あたしは地球に帰りたい。あの、ごちゃごちゃで騒がしくて無性にわくわくする地球に。

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