第二十五節:氷の微笑み
「紅茶でいかしら、この時間にコーヒーは無いわよね」
ハル寮長は少し微笑みながら、そう言うと自室横のキッチンに向かって姿を消した。あたしの心は警戒心で一杯に成る。この学園の大人は、信じてはイケないような気がして来た。教師も含めて、このハル寮長も…
「――お構いなく…」
あたしは社交辞令でそう言って、勧められたキッチンの椅子に、ゆっくりと腰かけた。
ダージリンの爽やかな香りがキッチンの中に漂う。レモンが乗ったティーカップがあたしの前に置かれたが、その赤色が気に成って、手をつける気に成らなかった。
その様子を察したのか寮長が、意味新深にこう言った。
「大丈夫、ただの紅茶よ」
ハル寮長の表情は、これまで見た事のない不思議な表情をしていた。何か、こう、得体の知れない、裏の有りそうな表情。あたしを、ここに呼んだのも、普通の事情では無さそうだし、何時もの頼りに成るお姉さんと言う感じは微塵も無かった。裏の有る大人の顔。彼女の表情は、正にそれそのものだった。
ハル療長は、あたしの向かい側にゆっくりと座り、頬杖をついてあたしを見詰めている。
「あなたの疑問を少し解いてあげる」
今にも舌舐めずりでもしそうな彼女の表情は、無言の威圧感が有る。しかし、彼女の話を聞かない訳には行かない。あたしは、hyっとしたら為されているのかも知れない。あたしが、生徒会の仲間になれるかどうかの」
ハル寮長は自分の身の上を話し始めた。
「私は、学生時代、この学校の生徒会長だったの」
あたしの心臓は他の人に聞こえるんじゃぁ無いかと言う位、大きくどきりと脈打った。
「生徒会長には、この学園の事を全て知る権利が有るの、私も例外では無く、前任の生徒会長から、全ての話を聞いたわ」
あたしは、ハル寮長の顔を見詰めた。この人は、あたしが知りたい事の全てを知って居るんだ。そう思うだけで、胸が高鳴って怖い位に神経が研ぎ澄まされる。
「聞いたんですか?その、学園の秘密」
ハル寮長は小さく頷いてあたしに答えたそして…
「赤いスミレとマーチンの関係は聞いているわね?」
「ええ、開拓時代に遺跡を掘り当てて、ナノ・マシンとサーバーを手に入れたって聞いてる」
ハル寮長はそれを聞いてにこりと微笑んだ。
「そう、そこからが問題なの。ニーナは歴代の生徒会長が、今、どうして居るか知っている?」
あたしは、その詳しい経緯を知らない。知っているのは、彼女達の行方が良く分らないと言う事だけだ。
「行方不明だとかなんとか噂されている様だけど、安心して頂戴。皆元気にやっているわ。色々な処でね…」
あたしは、その『色々な処』という表現が気になった。
「色々な処…って?」
「そうね、表舞台では政治家、経済ジャーナリスト、そして学校の教師…」
そこまで言ってハル寮長の視線があたしに向けられる。
「主に、人の前に立つ仕事が多いかしら。勿論技術系の専門分野で活躍してる人もいるけど、そこは、イレギュラー的な人数で、誤差範囲だって言える」
ハル寮長は、そこまで言って、紅茶を一口。そして、話は更に続いた。
「赤い色素…いえ、ナノ・マシンは一定期間摂取する事で、体外から補充しなくても体内で自己増殖して補充する必要が無くなるの。そして、一定の濃度を超えると、サーバーと通信する事が出来る様に成る」
「サーバーと通信?」
「そう、無線通信みたいな物かしら、サーバーの意思を直接見に行く事が出来る。どう、画期的な事だとは思わない?宇宙の意思と通信できるの、これは素晴らしい事だわ」
あたしは、又、ハル寮長の言葉に引っかかった。宇宙の意思?何の事だ…怪しい宗教でもやっているのか、この学校は?
「マーチンが見つけた遺跡に有った『サーバー』は、とてつもなく巨大なデータベースを持っていた。それは宇宙全体の知識に匹敵する大きさだったの。技術者だったマーチンは、それの再起動に成功して、その知識を元に、巨額の富を得た。そして、その額は惑星一つを買い取る事が出来る位の富となった」
あたしは、何となく飲み込めた。つまり、この惑星『パピル』は元々マーチンの私財だったのだ。しかし、私物化されている惑星は他にも有る。特殊な事では有るが、ずば抜けて珍しいと言う訳でもない。
「この惑星の価値は、発見された遺跡に有った。その中のデータベースにね」
あたしは、そこで疑問が浮かんだ…
「未知の遺跡が発見された時は、連邦政府に、その旨を届け出なければイケない筈よね。マーチンはそれをしなかったの?」
「ええ、しなかった。たとえそれがルール違反である事が分っていても、彼はその遺跡を離そうとしなかった…」
「――全宇宙の知恵が…欲しかったから」
ハル寮長は再び深く頷いた。
「その遺跡の場所なんだけど」
あたしには、察しがついた。この前、マーチン記念館に向かった時、遺跡を発見した旨の説明書きが書かれてはいたが、それは酷く曖昧で、場所や規模、どれだけの価値が有る物なのかは、一切の記述が無かった。ただ一言、漠然と遺跡を発見したようだと言う表現がなされていたに過ぎなかった。
「――ひょっとして、それは…この…」
いつもと違うハル寮長は氷の様な微笑みを作ると、あたしに向かってこう言った。
「そう、ここ、この学園が有る場所よ。ここに全てが有る。そして、この全ては、あなたの物よ」
あたしは、一瞬耳を疑った。今、彼女は何と言った?その、遺跡とやらが、あたしの物だと言ったよな…
「――あたしの、物?」
「そうよ、ニーナ。知っての通り、現生徒会長は、もうすぐ学園を卒業する。次の代の生徒会長が必要なの。生徒会の意思は、あなたが生徒会長選挙に立候補する事」
なんだか、話が、とんでもない方向に行きそうだ。あたしは少なくとも、人の前に立つなんて言う事が出来る人間では無い。
「あなたを選んだのはサーバーの意思。あなたは、これを受けなければいけない。選択肢はイエスのみ。ノーの場合は…」
あたしはごくりと唾を飲み込んだ。
「ノーの場合は…」
あたしの質問にハル寮長は黙って微笑んで見せただけで、何も語ろうとはしなかった。氷の微笑みを湛えて……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます