第十四節:生徒会の陰謀Ⅰ
「良い御天気ですね…」
我ながら、なんちゅう間抜けな接触方法だ。ド・ストライクの直球勝負。技巧の「ぎ」の字もありゃぁしない。あたしは昼休みに教室の前で一人佇み生徒会長が通りかかるのを只管待った。彼女は昼休み、校舎をぐるりと一回りするのだそうだ。その目的は不明だが、そう言う習慣が有るとケイラが言っていた。そして、この間抜けな接触が実現した訳だ。
急に声をかけられた生徒会長は、あたしの顔をみてにっこりと微笑む。
「こんにちは。ニーナ、ニーナ・アンダーソンさんでしたよね」
相変わらず隙が無い。にこやかでは有るが取りつく島が無い冷たい微笑みだ。政治家が得意なあれで有る。あたしは彼女が完璧なお嬢様だと言う事を改めて実感した。
「は、はい、あの、この前は、どうも…何回も部屋まで来ていらして頂いて…」
蛇に睨まれた蛙と言う奴は、こう言う気分を味わっているのだろうか?
「いえ、良いのよ。わたくしの責任は生徒の不安を解消する事です。何か不都合な事が有ったら、遠慮なく言って下さいね」
そう言って生徒会長はあたしの前から立ち去ろうとした。そこであたしはちょっと探りを入れて見る。
「スミレ、奇麗ですね…」
生徒会長は表情を崩さず、あたしに向かってゆっくりと振り向いた。そして…
「本当ですね、赤い物は珍しいの。この学園にしか無いんじゃぁ無いかしら」
あたしの錯覚かも知れないが、彼女の表情が少し曇った様に感じられた。それにあたしは別に『赤いスミレ』の事を言った訳ではない。あたしの視線の先に有るのは黄色いスミレだ。あたしは更に「へぇ、この学園にしか無いんですか?」と言いながら、瞳だけで彼女に視線を送る。しかし、彼女は怯まない。
「――ええ、そうよ。この学園で作られた品種。ちなみに、作ってるのはわたくしよ」
そう話す生徒会長の口調には、明らかに警戒心が聞き取れた。もう少し、突っ込んでみようか…しかし、残念ながら時間切れ。授業の予鈴が鳴ってしまったのだ。
「ニーナさん。今日はお話が出来て嬉しかったわ、又、今度お話しましょうね」
彼女はそう言うと踵を返し取り巻き二人と一緒にあたしの前から立ち去った。
「はぁ――」
地の底から湧き出る様な溜息を一つ。そして周りを見渡せば、何故かあたしに視線が集中している。あたしの行動の何処に問題が有ったのだろう…
「さ~てさてさて、授業授業!」
意味の無い空元気でその場を取り繕うと、あたしは教室の中に引っ込んだ。そして席について授業の準備をしながら考えた。取りあえず生徒会長に軽くジャブをお見舞い出来たのは確かだ。手ごたえは有った。これは大きな一歩と言えるだろう。
午後の日差しは相変わらず麗らかで平和その物だった。
授業が終わって、部屋に戻って何気なくこの前失敬してコップに差しっぱなしにしておいた『赤いスミレ』を見た。そして、あたしはちょっといや、かなり驚いた。
「黄色…」
確かにスミレは赤かった。それは生徒会長が、あたしの部屋に出張って来た時に、彼女もそれを認めて居るし、ユキだって、赤だと言った事を記憶している。そして、コップの底に僅かに溜まった赤い層…
赤いスミレなんて無いんだ…なんかの理由で赤くなってるだけなんだ。そう思った瞬間、あたしは携帯を取り出して電源を入れシステムが立ち上がるのを待った。連絡したい相手は恭一郎…
悔しいから携帯のメモリーに恭一郎の電話番号を登録していない。あたしのささやかな報復だ。しかし、指が番号を覚えてしまったのは何とも癪に障る。しかし、外界との連絡は奴としか出来ないこの状況だ。贅沢は言ってられない。
「もしもし…」
「おや、珍しいね、君から連絡して来るなんて、どう言う風の吹き回しだい?」
声だけであたしと分るとは、こいつかなり女癖が悪いな…と思いながら電話口から聞こえる恭一郎の声に耳を澄ますと奴の声以外に何か音楽が混ざって聞こえた。どうもそれはジャズの様だ。そこであたしはぴんと来た。
「あ~てめぇ、呑んでやがるな?」
あたしの指摘に、奴は全く動じない。それどころか、逆に開き直って居る様にも感じた。
「おや、良く分ったね。雰囲気が良さそうなバーが見つかった物でね。大人の特権と言う奴かな。この星はバーボンの名産地なんだ、今度一緒に呑んでみるかい?」
マジむかつく…
こんな奴に頼みごとをしなけりゃならないなんて、あたしのなけなしのプライドがガラガラと音を立てて崩れて行く様に感じられたしかしだ…
「あのさ、頼みが有るんだけど」
一応低姿勢に話している。頼みごとなんだからしょうがない…
「ん?頼み?」
「そう、急ぎのね」
恭一郎は一瞬沈黙…市民の税金で食ってるなら、ちゃんと話を聞け!
「――ほう、急ぎね何だい」
んにゃろ、
「あのさ、この前の『スミレ』の件、もう一回調べてよ。あの花、赤いのは何かの色素で元々は黄色い花なのよ」
恭一郎は電話口で何かを考えて居るのだろうか、返事が無い。
「もしもし、聞いてるの?」
「ああ、聞いてるよ。スミレの件だろ?」
そう答えた恭一郎の声は、あたしの錯覚だろうか、ちょっと反応が鈍い様な…爽やかさも、ちょっとパワーダウンしてる様に感じられた。
「良いかい、ニーナ」
恭一郎の口調が急に変わる。そして有ろう事か奴はあたしに向かってこう言った。
「この件は、もう終わりにしよう」
あたしは耳を疑った。
「なによそれ」
「いいか、落ち着いて聞いてくれ、これは高度に政治的な判断が必要な問題かも知れない。君は普段通りの生活を送ればそれで良い。もし希望するなら地球に帰るのも選択肢に有る…」
こいつ何かあたしに隠してるな…と、思った瞬間、何故か背筋が凍った。背後に敵意の有る視線が感じられた。あたしは携帯を耳から離すと、そおっと後ろを振り返る。
「携帯端末は、持ち込み禁止…知ってるわよね」
ハル寮長、それに、生徒会長。マスターキーで部屋の中に入って来たらしく、通話中の現場を押さえられては言い訳は出来ない。
「こちらに渡してちょうだい」
ハル寮長が、あたしに向かって右手を出した。あたしは無駄な抵抗とは知りつつ、ハル寮長に強い口調で尋ねた。
「どうして、携帯がイケないんですか?この学園はアナログ過ぎると思います。たかだか携帯端末に、そんなに目くじら立てなくても良いじゃないですか」
あたしの抗議にハル寮長の表情が変わる。心優しく頼れるお姉さんだと思っていたハル寮長の表情は、生徒会長が見せる冷たい笑顔に変わって居た。あたしは、抗議自体が無駄だと判断して携帯を切ると、ハル寮長にそれを差し出した。
「寮則違反、特に携帯端末の持ち込みは重罪よ、あなたには一日反省室に入って貰います。こっちへいらっしゃい」
反省室とはまた古風な物が有るのだなと思った。要するに独房でしょ?はっきりそう言えば良いではないか。この学園の反省室とはどんな場所なのであろうか流石に心細くなるのを感じたが、あたしは、その程度ではめげない自信が有る。筈だったのだが…
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