第十三節:秘密への接触

「あ~叫ばないでぇ!」


 あたし達はナルルにわっと飛びつき口を反射的に抑えて、叫び出しそうな彼女を何とか収める事に成功した。

 まぁ無理も無い。若い女子の花園に男が何の前触れも無く、いきなり、しかも窓から、のそっと現れたもんだから軽いパニックになるのは確かに分る。が、此処で騒がれては元も子もない、兎に角、静かにして貰わなければ困るのである。


「恭一郎、来るなら来るで、一言言ってよね」


 あたしは、こいつを許した訳では無いが、外界の情報源は、こいつしか居ない。しょうがないから頼りにしてやって居るのだ。


「まさか、こんなに人が集まってるとは思わなかったからな」


 何のつもりか分らんが、恭一郎は、持ち前の過剰な爽やかさをサングラスでも使わなけりゃ眩しすぎるって言う位、振りまいて見せた。そして、困った事に、スェルの様子がおかしい…バックにハート模様が見えて居る様に感じた。

 スェル、こいつはか弱い乙女を三か月も平気で監禁する奴だ。見た目とは裏腹にSッ気が有るぞ、悪い事は言わないから止めておけ。

 恭一郎は不必要な爽やかさをパワーアップさせ懐から携帯端末を取り出すと、あたし達に向かってそれを提示する。


「ニーナに頼まれてた例の『スミレ』の分析結果だ」


 皆の視線が携帯端末に集まる。


「赤いスミレはこの世に存在しない。明らかに新種なのだが、色が違うだけで別段普通の物と変わりは無い…と言うのが鑑識の分析結果だ。まぁ、珍しいから商売はできるかもしれんがね」


 あたしは、その結果を聞いてちょっと脱力した。何か有ると踏んだのだが、色以外は何の変哲も無いタダのスミレ。あたしの第六巻も大した事が無いなと感じた。


「このスミレがどうかしたのですか?」


 スェルが不思議そうにそう聞いたので、あたしは、赤いスミレと生徒会の間に何か関係が有るんじゃぁ無いかって踏んだ事を皆に説明した。


「――あのぉ、わたくし、明日、花壇当番なんです」


 ナルルが控えめに手を上げながらそう告げた。


「それで、生徒会長もメンバーなんです。だから、良く観察して参りますね。今の話で、見方が少し変わって、別の事に気が付けるかもしれませんから」


 ほんわりした笑顔を浮かべてそう言うナルルは、ちょっと輝いて見えた十代特有の好奇心の輝き。お嬢様の中のお嬢様と言う感じの彼女が冒険して見ようと言うのだから、彼女に任せて見ようと思う。


「じゃぁ、俺はこれで、又来ますから」と爽やかに言葉を残して立ち去ろうとする奴に対して「はい、お待ちしております」と、自分の胸の前で手を組みスェルが何も考えて居ないのではないかと言う口調でそう言った。 


 いかん、スェルが完全に落ちてしまった。大事な戦力が失われた様で残念極まりない。お願いだから目を覚まして欲しい、奴は意外と腹黒いんだから…


★★★


 何かに流されている…あたしは必死でもがいているのに、その流れに逆らう事が出来ない。その流れは深紅で深い。


 何処かに落ちて居る、それを感じる事は出来たが、底が見える事は無かった。無力なあたしは、深紅の流れに飲み込まれ深い淵に向かって落ちて行く、金色の紙吹雪と共に…


「ぜい、ぜい、ぜい――」


 息が荒い、汗も酷い。この悪夢は何時まで続くのだろうか。あたしは向かい側のベッドで眠るユキを見た。月明かりに照らされる彼女の顔は、まるで無垢な妖精の寝顔の様だった。

 彼女は、この夢を何時から見なくなったのだろうか。あたしはベッドから起き上がり外の様子を伺った。大きな窓の外に浮かぶ月は冷たい光を放ちながら輝くだけで何も語ることはなかった。


★★★


「――生徒会長は、来ませんでした」


 自分の性でも無いのにナルルはちょっと済まなそうにスプーンを口に当てながら、消え入りそうな声でそう言った。


「なんだよ、総大将はサボりかい?そんなんで示しがつくのかよ」


 ケイラがちょっときつめの口調でそう言うとスェルがうんうんと頷いた。それを見たナルルの表情が更に曇る。ナルル、あなたの責任じゃぁ無いから気にしないで。


「生徒会長って、花壇当番に出ない事って良く有るの?」


 あたしは、それがちょっと不思議だったのでそう尋ねて見たのだが「そんな事は無いぞ。あたしが当番の時は見た事有るよ」とケイラがスープ皿をスプーンで掻き回しながら呟く。


「じゃぁ、今日は、たまたまと言う事で御座いますか?」


 ナルルの言葉に皆が考え込む。少なくとも、生徒会長はサボっちゃぁイケないよね。花壇当番って有る意味、プライオリティの高いイベントの筈ではないか?ハル寮長が仕切る位だから簡単にキャンセルする訳には行かない行事では無いのか?


「まぁ、束縛されたくないから偉くなるって言う考え方も、有るには有るよな」


 ケイラは乱暴にそう言い放つと冷えかけたチキンスープを口に運んで、ほぅっと一息ついて見せた。


「もう少し、突っ込んで考えないとイケませんですわね」


 ナルルの瞳がきらっと光った様に思えた。あたしは知っている。この手の性格は本気にさせると怖い事を。彼女もユキも、その一員ではないかと推察できる。二人で組んだら無敵の筈だと思った。


「――ぐ、具体的に、何をするのかな?」


 あたしは恐る恐るナルルに尋ねた。そして彼女は躊躇う事無く「虎穴に入らずんば虎子を得ず」落ち着き払ってきっぱりそう答えた。あたしは力いっぱい心の中で突っ込んだ、誰が虎の穴に入るんだ。と突っ込だ。そして何故かあたしにに皆の視線が集まっているのに気が付いた。


「――あたし?」


 あたしは自分を自分で指差しきょろきょろと皆を交互に見て助けを乞うてみたのだが、状況に変化無し。


「ニーナさんなら学園に来て日も浅いですし、分らない事も色々有ると思うんですよ。だから、それを利用して生徒会長に近づくんです」


 ナルルの瞳がちょっと怖かった。ほら…思った通りでこの子は怖い。


「よし、じゃぁ決まりだ。ニーナが学園生活で困ってる事を生徒会長に聞くふりをして彼女に近づく。話の内容は…」


 ケイラが楽しそうにそう言ったのを遮ってスェルが割り込む。


「この学園は基本的に途中編入はされない事になってるんです。まぁ、ニーナみたいにおっきい会社や政治家が後ろに居ると話は違うみたいなんですけど、基本は幼稚園から大学まで一貫教育が基本ですから、生徒会もニーナの事は想定外に近いなじゃぁ無いでしょうか。だから、ニーナは生徒会にもマークされてると思います。そしてターゲットが懐に飛び込んでくる事を拒まないと思うんですよ」


 ふむ、ナルホド、無菌栽培するには、それが都合良いのだろうな。


「はぁ…」


 だが、ナルルの言葉にあたしは溜息しか出なかった。しかし、それ以外の方法が無いのであれば、この作戦で行くのもいた仕方が無いので有るか。朝の日差しは今日も麗らかで気持ちが良い。これであたしの気分も晴れれば良いのだがと願う…

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