第十二節:仲間達
物理の時間が始まって直ぐ、あたしの前の席から内緒のメモ用紙が廻って来た。教師の目を盗んで、きょろきょろとあたりを見回すと真中、位の生徒が一人、自分の方を向いて微笑んでいた。小さく手までひらひらさせている。
あたしは、そのメモ用紙を広げ、中の文面を読んだ。
「今夜、ニーナさんの歓迎会をしたいんだけど、御都合は如何?」
だ、そうだ。ふむ、宴会かぁ。これは皆と仲良くなる大チャンスじゃない。それに賑やかのは大好きだ。あたしは、ノートの切れっぱしに「OK」と書いて前の生徒に手渡す。そしてメモ用紙は、クラスメートの手をかいして送り主に向かって戻って行った。送り主は、文面を確認してから、こちらに向かって再び微笑み、さっきと同じく手を振って合図してよこした。
うわぁ、なんか楽しみ!久しぶりに心が躍る。宴会だぁ宴会だぁ!でも、寮でやるのか…寮則では基本的に他の人の部屋を訪問するのは禁止なんだけどな。ま、いっか。ばれなきゃ大丈夫よね。うふっ。
★★★
夕食後、宴会のメンバーがあたしの部屋に集まった。集まったのは3人程、あたしとユキを入れて合計5名。二人部屋ではちょっと窮屈だが、それはいた仕方が無い。我慢我慢。それにあんまり大声で騒ぐのも禁止だ。ハル寮長にばれたら罰則を食らいそうだ。
でも、その秘密意識がワクワクを助長する。なんでこんなに楽しいのだろう、イケない事って。
集まった面々は自己紹介を済ませ、食堂の売店で買ったお菓子や飲み物を持ち寄り、取りあえず乾杯した後、お喋りが始まった。
この学園に居るからには、彼女達も
良いチャンスなのであたしは生徒会の事を切りだして見た。
――案の定、皆、黙り込んでしまった。
しかし沈黙は一瞬だけで彼女達は再び一斉に話し始めた。生徒会と生徒会長に関しては、色々と怪しげな噂が有るようで、裏返せば話題としては豊富なネタの宝庫なのである。
「生徒会長を食堂で見た事が無いわね」
褐色の肌とショートカットが魅力的なスェルが不思議そうな表情でそう話した。
「そうそう、生徒会長って身元がはっきりしないって言う噂があるわよね。この星で生まれたらしい事は分ってるんですけどねぇ」
ちょっとおっとりして、ユキと話が合いそうなナルルがポテトチップを齧りながらそう呟いた。
「地球連邦のお偉いさんの娘だってあたしは聞いてるけど、違うのかな」
少し大人っぽくてブロンドでスタイルも良いケイラが皆を見渡しながら身振り手振りを加えてそう話す。
皆の話を総合すると、生徒会長は正体不明で身元が良く分らない…と、言う事になるのだが…
「でも、そんな人が生徒会長なんかになれるの?だって、選挙…したんでしょ?」
あたしは、それが少し不思議でそう尋ねると「選挙…うん、まぁやった事はやったらしい…けど…」と言いながらケイラが少し不満そうな表情であたしを見詰める。
「やった事はやったって?」
「うん、立候補者が他に居なかったらしいのよ。立候補しようとした人は他に何人か居たみたいなんだけど、結局、見送っちゃったんだって。なんか圧力がかかったんじゃないかって噂も有るのよ…」
ケイラの話をひったくってスェルが人差し指を立ててちょっと深刻な表情でこう話した。
「それに、入学してすぐに生徒会長なんて信じられないじゃない、あり得る?」
あたしは、なんじゃそりゃと思った。生徒会長って、入学してからすぐ、生徒会長だったんだ。それは確かに不自然だわね。
「そんでもって、ここ三年、信任投票ばっかしで、新しい生徒会長は選出されてないのよ。おかしいわよ絶対に」
スェルとナルルがが目配せを交わして大きく何度か頷いた。
「もうひとつ、これもあくまで噂なんだけど…」
そう前置きしてケイラが再び話し出す。
「卒業した歴代の生徒会長…行方が良く分らないんだって」
なんだか話が飛躍して来たな。この学園はエスカレーター方式で、高校を卒業すれば、自動的に大学生になるんじゃぁないのか?と言うあたしの疑問の表情にケイラが気が付いたのか、更に話が続いた。
「でね、生徒会長は実はクローンで同じ人が複数居るんじゃぁ無いかって…」
おいおい、話がぶっ飛んだぞ。
連邦の憲法でクローン人間の製造は禁止されてる筈じゃぁ無いか。第一、そんな事をして誰が得をするんだい?と心の中で突っ込んで見た。
「卒業した歴代の生徒会長は、三年かけて、この学園で知識を習得して、いろんな星に配置されるの。で、裏のネットワークを構築して宇宙連邦の力を影で牛耳るって言う噂が有るんだけど」
それを聞いて全員で顔を見合わせる。
「そんな訳…無いか…」
言い出しっぺのケイラがにやりと表情を崩し、後頭部をぽりぽりと掻きながら、ばつの悪い笑顔を作って見せた。皆もそれを見て苦笑いする。冷静に考えて、別に裏で何かする必要なんて無いじゃぁないか。堂々と表でやった方が何かと都合が良いと思うのだが。まぁ、世の中色々な考えの奴が居るから、無責任に裏社会で暮らしたいと思う奴も居るのかも知れない。
あたしは話が、かたっ苦しくなりそうな気がしたので、さり気なく地球での暮らしに話を戻す。そして、あたしの歓迎会はそつなく終了して、ハル寮長にも生徒会長にもバレる事無く無事に終了した。そして新しい友達だ。あたしは彼女達を大切にしたいと思った。
食事が賑やかになるのは良い事だと思った。昨日の三人とユキ、それにあたしで朝食の食卓を囲む。
あたしは昨日の「食堂に生徒会長が居ない」と言う言葉を思い出して周りをぐるっと見回して見た。確かに居ない。生徒会の取り巻きの面々が居るのは確認出来たが生徒会長本人が居ない。
「確かに、生徒会長…居ないわね」
あたしは小声でそう呟く。その呟きにケイラが反応する。
「でしょぉ、少なくとも、あたしは此処で生徒会長を見た事が無いのよ…不思議よね」
確かに…でもあたし達と食事の時間帯が偶然合わないだけかも知れないとも思った。学園と言う小さな世界では有るが責任者である事に変わりは無い。あたし達が考えているより忙しいのであろうか、ひょっとしたら生徒会室に出前なんて言う可能性もあるではないか…
「たまたま、じゃぁ無いの?」
あたしは、皆にそう聞いて見た。それに珍しくナルルがおっとりと否定した。
「三度以上は必然ですわ」
ねぇという仕草で、ユキとナルルが頷きあう。やはりこの二人、波長が合うらしい。
「あの、さ、少し調べて見ない?」
スェルがいたずらっ子の様な表情でそう切り出した。
「――うん、ちょっと面白いかもね」
ケイラが口調とは裏腹に興味深々そう答えた。ナルルはちょっと困った表情。あまりこの手の冒険には出たくないと言う感じだった。それはユキも同じ。そして何故か決定権は、あたしの返事に委ねられる。
「そうね、ちょっと面白いかもね」
あたしは、退屈な学園生活よりも、少し刺激的な状況が好きだ。反対する理由は無いし生徒会長には確かに不思議な行動が見られる。
何が起こったと言う訳ではない…いや、それが不思議なのだ。この学園では何かが起ころうとしている、いや、もうすでに起こっていて、そのことに誰も気が付いていないのでは。あたしは、そう確信した。
★★★
うららかな日差しの中での座学と言うのは、かなり辛い物が有る。窓際後方の特等席では、授業の言葉も子守唄に近い。
駄目だ――眠い。大体が、毎夜見る妙な夢の性で良く眠れないのは事実だ。保険の先生にでも相談しようかなと、本気で思う今日この頃だ。
こちん
あたしの頭に何かがぶつかり、それが机の上に転がる。あたしは、はっとして教室の中を見回すとケイラが視線を送って居るのに気が付いた。あたしは、机の上に転がってる物が手紙で有る事に気が付いて、周りを気にしながらそれを開く。ケイラのコントロールは絶妙だ。あたしの頭に当てて更にそれを机の上に落とすんだから。こんな事をやり慣れてるんだろうか?此処はお嬢様学校じゃ無かったのか――
しかし彼女達の行動を、あたしは否定しない。ひょっとしたら一生付き合う事になるかもしれない。そう思うと、自然に笑みが湧いて来るのを抑える事が出来なかった。
あたしは、いそいそと手紙を開き、中の文面を確認した。
『今、生徒会長が廊下を通った』
ん?授業中だぞ。この前もそうだった。生徒会長は授業を放棄する権利が有るんだろうか。文面は更に続く。
『手に赤いスミレを持っている』
あたしは、誰も居ない廊下に目をやった。しまったな。春の陽気でうつらうつらしている場合じゃぁ無かったかも知れない。グラウンドを良く見たら、生徒会長が通った事を確認出来たかも知れない。
あたしは、こちらを、ちらちらと見るケイラに向かって小さく手を振り、文面を確認した事を伝えた。
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