第十一節:ことのなりたち

 際限の無い平面。それはまるで鏡のに輝く床面。そこに狂った様にスミレが咲き乱れ、冷たく輝く紙吹雪が乱れ飛ぶ。紙吹雪はあたしの体に付着売ると同時に、すうっと体の中に吸い込まれ血液に溶けて体を巡る。


 ――花達がわら


 あたしを取り囲み花達が嗤う。その嗤いは酷く不愉快、頭の中で響き渡り割れんばかりの勢い響き渡る。

 呼吸が荒い…過呼吸。心臓の鼓動も激しくなり飛び出すのでは無いかという感覚にあたしは思わず蹲る。そしてやっとの思いで頭を上げたその視線の向こう、真黒な人の影。髪の毛の長さやプロポーションから女性と判断されるがはっきりした事は分らない。


 彼女はあたしを呼んで居る…手を差し伸べている。彼女の手を取らねばならない…


 あたしは差し出された手を握る。するとそこからあたしは彼女の中に溶けて行く。まるで泥水の様に――


 あたしはベッドに起き上がり、号泣して居た。両手で顔を覆い夢がエスカレートして行く恐怖と現実の境目の曖昧さによる不安…焦燥感。そして何かにとりこまれるのではないかと言う恐怖と落胆。月夜はぼんやりと周りを浮かび上がらせた。あたしの視線の先で、赤いスミレがゆらりと揺れた。


★★★


 恭一郎の話によれば、連邦警察の鑑識でスミレの分析を行うのだそうだが、鑑識も忙しいらしく、事件になって居ない案件に関しては動きが鈍い。一カ月ほど時間がかかるそうだ。それでも税金で食ってる身かと突っ込みを入れたい処だが、まぁ、時間は山ほど有るのだから、のんびり構えて居よう。そう、のんびりリラックスする時間が無いと、連日連夜の悪夢に耐えられそうにない。あたしは教室の窓からグラウンドの様子をちらりと見た。そこには体育の授業風景。こんな気分の時には、体を動かせば気分が晴れるのだが、今日に限って体育の授業が無い。全て座学になって居た。


「じゃぁ、次、ニーナ読んで貰える?」


 歴史の教師の御指名で、あたしは「はい」と返事をしてから教科書を持ち続きを読み始めた。


 悪の限り計画、行動指針、授業は不真面目に――では無かったのかと、自分で自分に突っ込みを入れて見たが、あんまりあからさまにやると目立ち過ぎて、つまはじきにされそうだ。その変の匙加減が難しいのだ この計画は。と、言う訳で、御指名の期待に応えた後、あたしはお役御免で席に着いた。


 そして、もう、指名される事も無かろうと、今、教師が説明して居る場所以外の処をぱらぱらとめくり、書かれている字面を目で追った。歴史の教科書は、殆どが宇宙史で連邦政府が樹立されるまでの経緯が色々と書かれている。悲惨な戦争をも乗り越えて、政権は統一され今の体制に落ち着くまで約二千年。

 過去の事なんてどうでもよいのだが、基本は押さえておかないと、タダの軽い女になってしまいそうなので、ちょっとは勉強するのだ。しかし、活字の本、紙の本である。地球で教科書と言えば携帯端末いっちょで済んだのだが、この学園は、かたくなに紙の教科書を使っている。効率から考えれば電子書籍の方が遥かに良いではないか。必要な処を検索するにもマークするにしても。

 この学園はアナクロだ。電子機器が一切ない。テレビすら無くて、情報源はもっぱら紙の本とラジオと噂話。皆、この環境を不便に思わないのだろうか…確かに人間慣れる物だから慣れてしまえば不便は無いのかも知れない。でも、もう少し電子機器を導入しても良いと思うのだが。


「ねぇ、この学校って、電子機器が殆ど無いわよね…」


 あたしは休み時間、隣の席のクィールと言う子に、そう聞いて見た。


「そうよねぇ。もう少し…せめて教科書は携帯端末にして貰いたいわよね。重いのよ、紙の本って」


 彼女もあたしと同じ意見だった。


「先生に、その事、提案して見た事、有るのかな?」

「――うん、以前、かなり昔らしいけど、それを提案した子が居る事は居る見たい」

「で、どうだったの?」


 クィールは、心から残念そうな表情を作り「学生時代に経験すべきは、利便性では無くて物事の基本だ。紙の本は全ての基本であるから、このスタイルを変える事は無い…ですって」と言ってあたしの瞳をじっと見詰めた。


 まぁ…一理あるか。電卓の使い方は社会に出てから覚えろと言う事か。基本は筆算と言う事ね。


「教頭が変わらない限り、永久にこの学園はアナログなままよ。皆、諦めてる」


 クィールは、そう言って、小さく肩をすくめて見せた。あたしはそれを聞いて机に頬杖をつくと、はあっと大きく溜息をついた。

 あたしもつられて溜息を一つ。そして何気なくグラウンドに目をやると、ジャージ姿の背うと会長を見つけた。授業前と言う事で、珍しく取り巻きを連れて居ない。彼女が一人で居るのを見るのは結構新鮮な事だった。そして、案外フレンドリーな事も。生徒会長にクラスメート達は、結構親しげに声をかけるし生徒会長も同様だった。

 普通の女子高校生…そうしか見えない。あたしは思った。この学園は平和で何も事件など起こり得ないのではないかと。

 あたしは生徒会長の姿を目で追いかける。すると、彼女は、あたしの視線に気が付いたかの様に、こちらに向かって振り向くと、にっこりと微笑んだのだ。その微笑みは、氷の様に冷たく、獲物を狙う肉食動物の様だった。


 背筋が凍る――


 あたしは思わず窓の影に身を隠す。やっぱり普通じゃぁ無い。何かが起こる。あたしはそれを確信した。

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