第十節:マーチン一家
あたしは初めてこの学園の図書室に顔を出した。この学園の図書室は建物として独立して居る。図書室と言うよりは図書館である。この建物は学園が出来たのと、ほぼ同時に建設されたと言われていて寮と同じく石造りの重厚な外観で、丸いドーム状の天井が印象的な建物だった。
室内に入ると、ほのかに香るインクと埃っぽい感覚…蔵書の数は全部で何冊になるのだろうか。想像できない程の数である。
あたしは、この学園の生い立ちを調べて見る事にしたのだ。分るかどうかは確証が無かったが、これしか適当な手段が思い浮かばなかったのだ。
ホラー映画で、こう言う場面を見た事が有る。古い建物は何か潜んで居そうな不思議な高揚感を与えてくれる。
この学園には携帯はおろか電子機器による通信手段が無くパソコンの類も導入されていない。従って書籍は電子書籍では無く、紙の書籍のみである。「紙の本」と言うのが逆に新鮮なのであろうか、館内は利用する生徒の数が意外と多い。
あたしはまず植物図鑑を探した。それからこの星の歴史書。ちょっと探すのに苦労したが、何とかその二冊を探し出し、窓際の席に陣取った。そして先ず植物図鑑、スミレの詳細を確認する。
――スミレ――スミレ科スミレ属の総称――花言葉は「謙遜」「誠実」「つつしみ深さ」「小さな幸せ」――
成程、この学園らしい花言葉だ。更に解説を読み進めたが、特にこれと言って変わった事は書かれていない。ごくごくありふれた花である事が証明されたに過ぎなかった。
ただ、気になるのは花の色でピンクと黄色の品種は有るらしいのだが、この学園のスミレは「赤」誰が見ても、これをピンクとは言わないだろう。やはりこれは新種なのであろうか。
通信手段が限られるこの学園だから、名前が外に出て行かないので新種として広まらないのだろうか。どちらにしても、あたしの疑問に答えてくれる結果では無かった。
次に調べるのは、この星の歴史と学園の関係。百科事典並みに分厚いそれは、見ただけで戦意喪失してしまいそうな位だ。あたしはぱらぱらとページをめくり字ズラを眺めて居たのだが、驚いた事に、この学園が星の歴史書に記載されている。当時から、この学園は、星にとって重要な存在だった事が見て取れた。
この星の入植は今から100年前と言われているが、実際にホントのホントに開拓者が移住したのは800年くらい程前に遡るらしい。
当時この星は一面の岩肌に覆われた人が住むには少し、いや、多分に難の有る環境だったらしい。人々は、先ず、この星に植物を繁殖させる事に専念した様だ。所謂、テラフォーミングと言うやつだな。
その活動は、困難を極め、入植した人々は、一人、又一人と星を離れて行ったそうだ。最後に残ったのが「マーチン」という一家。彼は元々はコンピューターネットワークのエンジニアだったそうなのだが自分の仕事に疑問を持って、転身、この惑星の開発団に家族と共に入ったのだそうだ。
マーチンとその家族達の地道な開拓を続け、惑星環境の改善に成功し彼の息子達の代になって入植が再び盛んになり、急速な開発と人口増加が起こったらしい。しかし、有る時期を境に開発スピードが落ち人口増加も頭打ちとなった。その頃に、この学園も創立された様で、当時の写真が残されている。
マーチンの息子、デューン。彼がこの聖カレナ学園の初代学園長である。彼は武骨で不器用、引っ込み思案で照れ屋で間抜けな複雑な性格と言う印象で、その命を終わるまでこの学園で過ごしたのである。
「ふむ…」
テーブルに頬杖をついてあたしは本を閉じた。そして、科貸し出しを受けるべく書士申し出て本を借り受けた。暫くは、この本を読み耽る事になるだろう。あたしはそう思いながら図書室を後にした。
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