第二章「生徒会の陰謀」
第八節:花の記憶
「ねぇ…ねぇってば、ニーナ」
あたしは心配そうなユキの声で現実の世界に引き戻された。昨日の恭一郎の電話以来、つい地球に帰る事ばかり考えてしまう事が多くなって傍から見ると悩み事でも抱えたかの様に見えるらしい。その様子を見たユキがあたしの事を酷く心配してくれているのだ。
「あ、いや、なんでもない、ごめんね、なんか心配かけてるみたいで」
ユキ、ごめんね、あなたはとても良い子だと思う。こんな悪の限り計画を推進しているガサツなあたしに優しくしてくれる。この学園で、友達と呼べるのは今のところあんただけだもん、大切にしなけりゃバチが当たるわね。
そう思ってからあたしは笑顔をユキに向けた。彼女はそれで安心したらしく、ベッドから立ち上がるとバスルームに向かって姿を消した。ひょっとしたらユキと居る時間もそれ程長くは無いかもしれない…そうだ、ユキで思い出した。今朝の写真『赤い花』の写真。検索サイトで調べて見よう。
あたしは再び携帯を取り出すと、ネットに接続して画像検索サイトで『赤い花』の事を照会した。 結果1000件以上のヒットが有った。この花は『スミレ』の一種で珍しい花では無いらしい。園芸ショップで簡単に手に入り割と安価な物だと言う事も分った。しかし、花の色が変わる事は無い品種である事も同時に分ったのだ。
「ナルホドね」
と、言う事は花の色が変わると言う現象は、それ程一般的に起こる現象ではないと言う事だ。この現象も何か裏が有るのかも知れない。明日、恭一郎に報告しよう。
あたしは窓から身を乗り出す様にして音の景色を眺めて見た。そして、ぽっかりと浮かぶ月を見上げて考え込んだ。夜空に見事な満月が浮かぶ。それは氷の様に冷たい光を地上に向かって降り注がせていた。
★★★
さりげなく、そう、出来るだけさりげなくだ。しかし、とてつもない緊張感に押し潰されそうになる。しかし、ここで引き下がる訳に行かない。あたしの地球帰還がかかって居るのだ。
「ねぇ、ニーナ、やっぱし、止めようよ」
ユキは逃げ腰。自分に何のメリットも無い、いや、逆に携帯の件を突っ込まれるのではと言うデメリットの方が大きいからだ。
「大丈夫よ、取って食われる訳じゃぁ無し、同じ人間なんだからさ」
あたしの言葉にユキはちょっと考え込む。
「食われたらどうするの?」
ユキの言葉がぐさっと心に突き刺さる。確かに、有り得ない事では無いな。しかしだ、恭一郎との約束が有る。あたし達は、昼食の乗ったトレイを手に生徒会長の横に、出来るだけさり気なく座った。権力者は、往々にして一般人から避けられる物で、生徒達でごった返す食堂の中でも、彼女を見つける事は造作の無い事だった。
「横、失礼します」
うう、声をかけるだけでも緊張する。あたし達は生徒会長が座っていた横に向かい有って座った。そして、出来るだけ楽しそうに食事を始めた。
暫くして、あたしは、生徒会長の視線を感じた。権力者は意外と孤独な物だ。プライベートは親しい友人が居なかったりする物だ。事実生徒会長の周りには、何時もの取り巻きすら居ない。これは絶好のチャンスではないか。撒いた餌に食いついてこい、そう思いながらちょっとわざとらしく大げさに、身振り手振りを交えて、あたしとユキは食事を続けた。
「こんにちは、ニーナ・アンダーソンさん」
「こんにちは生徒会長。ニーナでいいですよ」
よし、掛かった。一本釣り作戦成功。これで、話すきっかけだけは出来た。
「はい、そうです。先日はありがとうございました、わざわざ部屋まで来て頂いて」
あたしは生徒会長に向かって、不信感をあおらない様に、なおかつ、敵意も悟られない様、細心の注意を払って、そう話しかけた」
「いいえ、良いのよ。あれも私の仕事ですから」
そう言って、にっこり微笑む生徒会長。その顔の裏にはいったい何が隠れてるんだ?
「大変ですね、生徒会長のお仕事って」
先ずは、容疑者を安心させる必要が有る。あたしが彼女にとって無害な人間で有る事を印象付けなければならない。
「ありがとう、心配してくれるの、嬉しいわ」
「ホントに尊敬します。出来る女性って美しく見えますもの」
そして、目一杯、賛美の言葉で持ち上げる。うう、あたしは悪い奴だなぁ。なんか自己嫌悪に陥りそうだ。あたしの賛美に生徒会長は天狗になるかと思ったら、意外にもはにかんだ表情を見せたのだ。これは、いつも喋り出すと自己陶酔する生徒会長の反応とは思えなかった。
「そう言って貰えれば嬉しいわ。こう見えて、意外と地味なのよ生徒会長の仕事って」
地味……ねぇ…あたしは、意外な反応を見せる生徒会長を見詰めながら更に彼女を持ち上げる。なんか嫌な女になってるな、あたし。
「確かに地道な仕事ですものね、でも、やりがいは有るんじゃぁ無いですか?皆、生徒会長の事、尊敬してますわ」
生徒会長は、更に照れた笑みを浮かべ、頬を染めるとあたしに向かって微笑んで見せた。
……うん、この反応。もう少し高飛車に畳みかけて来るかと思っていたのだが、結構可愛い処が有るじゃぁない。
「ありがとう、そう言って貰えると、やりがいを感じるわ」
生徒会長はそう言って、本当に嬉しそうに微笑む。珍しく見せる屈託の無いその表情はリアルに十八歳の少女、それその物に見えた。そして生徒会長は壁の大時計を時計を見て
「あら、もうこんな時間ね。申し訳無いけどこれで失礼するわ、ちょっと生徒会室に寄らなければならないので」
そう言ってちょっと名残惜しそうな表情で席を立ち食器の回収棚に食器を戻すと、食堂から立ち去った。後にはあたしとユキが残される。そして――
「はぁ~~~~」
あたし達は顔を見合わせて大きく溜息をついた。先ずは接触成功と思って良いだろう。目的は達成された。
「でも、なんか意外ね」
ユキは食堂の入口方向を見ながら、ちょっと不思議そうな表情であたしに向かってそう言った。
「意外?何が…」
ユキの「意外」と言う言葉の意味がちょっと理解出来ず、彼女に向かって、そう言い返した。
「うん、生徒会長は、純粋に学園の事を考えてるんじゃぁ無いかなぁ…私のカンだけど、生徒会長は嘘は言って無いと思う」
ユキはあたしの表情を見て、その意見が本気の物だと言う事を認識したらしい。なんかユキに済まないと思った。妙な事につき合わせてしまって。ごめんね、きっと埋め合わせするから…
生徒達の声がさざ波の様な声で満たされた食堂に、授業開始の予鈴が鳴り響く。あたし達は、食器を下げると、それぞれの教室に向かって散って行った。
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