第七節:陰謀の始まり
「え!捕まった子、居るの?」
授業が終わって部屋に戻りユキにその事を話したら、彼女も酷く狼狽した。彼女も携帯電話持ち込み犯だからな。まぁ、それは良いとして、あたしはユキにその時思った疑問を率直に尋ねて見た。
「うん、でも、どうして呼び出し先が職員室で無くて生徒会室なのよ…変…じゃない?」
あたしの質問にユキはベッドに腰掛け、腕を組んで立ち尽くすあたしに向かって上目遣いにはっきりしない口調でこう答えた。
「うん、入学式の日から私も疑問だったのよ。最初の持ち物検査は入学式初日だった。その時呼び出されて帰って来た子は誰も何も言わないし、それは今もおんなじで誰も何も言わないの、変よね」
あたしは小さく溜息をついて、小さく肩をすくめて見せた。それを見て、ユキが更に続ける。
「でね、そんなだから変な噂がだけが飛び交っちゃって…」
ほぉ――
「変な噂って?」
ユキは誰も居ない事が分って居るのにも関わらず、念の為、ちらちらと部屋の中を伺ってから、ひょこっとベッドから立ち上がり、ちょっと頬を染め、あたしの耳元で小さな声で呟いた。
「生徒会長って――百合なんじゃぁ無いかって」
そう言ってユキは再びひょこんとベッドに座り込むと頬を染めたまま黙り込んだ。
あぁ…ナルホドねと、あたしは、なんとなく納得した。これは生徒会長の個人的な趣味。欲望を満たすための行為なんだって――でも、そんな筈はねぇか。あの性格から見て政治的な裏が有るんだと考えた方が自然だね。
しかしながらだ、否定しきれない訳ではない、あのお姉さまぶりは、怪しいと言えば怪しいじゃないか。それを黙認して居る教師達も、その仲間なのだろうか。考えただけで背筋がざわつく。同性愛者を差別するつもりは全くないしマイノリティの主張と権利は過激派的でない限り尊重されるべきだと思う。
そこに政治的な裏が存在してるとすれば公私混同、お代官様と越後屋の関係では無いか。なんかちょっと怒りがこみ上げて来た。悪の限り計画は予定通り続行だ。罪悪感なんて抱く必要は無い、あたしは燃えた、燃え上がった。
「ねぇ、ニーナ…」
一人で盛り上がるあたしを尻目にユキがピンボケな声で割り込んで来る。
「携帯…鳴ってるんじゃ無い?」
「ほ?」
あたしは自分の机の上に眼をやった。そこでは御法度の携帯電話がマナーモードの振動を伝え、誰かから着信していることを告げていたので携帯を手にとって画面の電話番号通知に目をやった。相手は恭一郎だ。又、ややこしい奴が出て来たな。
「はい、もしもし」
あたしは出来るだけぶっきらぼうな口調で話す事を心がけた。そして電話口の恭一郎は相変わらず不必要に爽やかだった。
「やぁ、良い夜だね。満月が綺麗だよ。で、早速だけど今日は何か情報は無いかな?」
彼は、すっかりあたしを自分の部下か何かと勘違いして居る様だった。
「あのね、恭一郎、あたしは、あんたの部下になった覚えは無いのよ。なんであんたに定時連絡しなけりゃならないのよ」
「何を言ってるんだ。折角知合いになったんだから少しは協力してくれても良いじゃないか」
奴の口調に合わせて涼風が吹いた様に感じられる自分の感性が許せなかった。あたしは思わず罪の無い携帯に向かって大声で叫ぶ。
「誰が知り合いだ!だいたい、昼間の出来事で、こっちは頭に来てるんだ、用事が無いなら切るわよ」
あたしの剣幕に恭一郎は全く動じる事は無い。奴は極めて冷静で、あたしの態度なんか鼻で笑っている光景が目に浮かんで来る。同時に怒りの炎は更に燃え上がる。
「じゃぁ、その話を聞こうか。その様子だと、かなり嫌な事が有ったみたいだね」
いらいらする様に冷静なのは、商売柄であろうか。刑事は常に冷静にという事か。あたしも少し冷静になろう、そう思って深呼吸をひとつ。そして昼間の出来事、教頭、生徒会長含めてあたしの推察を混ぜて恭一郎に話した。それに対する彼の反応が「ほう」という淡白な一言のみだったので今後、こいつに情報を流すのは止めようと決心した。嘘でもいいからもう少しオーバーに反応しろよ。
「事情は大体わかったが、ニーナ、君の推理には無理が有る。それに分らない事も」
――なによ、あたしの考えが気に入らないって事?
「いいかい、先ず学園スタッフが百合の集団だと言う件だけど、普通に結婚してる先生だって居る訳だろ、子供だって居る先生もね。そう言う人が居るんだから、全員仲間扱いするのはどうかなと思うんだが。それに現場を押さえた訳じゃない。可能性として拭いきれない事柄かも知れないが確率はかなり低いんじゃぁ無いかな」
――う―ま、まぁ―
「それより何より一番気になるのは、携帯電話だよ。なんでそんなに毛嫌いするんだ?何か不都合が有るのかね、携帯電話を持ってる事で」
携帯電話を持ってて生まれる不都合――か――
「さぁね、何しろ伝統と格式を重んじる校風の学園ですからね。ハイテクなで無味乾燥な電子機器なんて言う無粋な物に対してアレルギーが有るんじゃないの?年配の人ってアナログじゃぁない?」
あたしの意見を聞いて恭一郎は少し考え込んでいる様だ。そして再び喋り出す。
「伝統と格式は利便性を否定するのかね」
若い層の人間は素直に利便性の方を取るであろう、でも、歳をとったり、伝統や格式に拘りが有れば利便性よりも、伝統を取るんじゃぁ無いかしら。
「有り得るんじゃぁ無い?だって、先生は皆、お世辞にも若くは無いわ。一番歳が近い寮長だって二十代の後半よ、多分だけど」
「成程ね。でもそれも推測に過ぎない。確かな証拠は無い訳だ。状況証拠は何件積み上げても一件の実証には叶わないからね。それに携帯電話が普及し始めた21世紀前半ならまだしも、今は星間通信なんてのも開通する時代だよ。携帯電話ごときで騒ぐ方がどうかしてる」
まぁ…確かに…冷静に考えればそうだわよ。
「じゃぁどうしろって言うのよ…」
と、言った処であたしはしまったと思った。これではすっかり恭一郎のペースでは無いか。そう思った時には既に後の祭り、あたしは恭一郎の手先と化してしまったのだ。
「生徒会長と接触するんだ。事実は本人に聞くのが一番手っ取り早いし確実だ」
――はぁ?生徒会長と接触する?
「無理よ!」
「どうして」
「だって、用事が無い、接点が無い物。確かに生徒会室には何時でもおいでって言ってたけど、それは社交辞令と言う物で…」
「いいじゃぁないか。来いって言うなら行って見れば」
「断る、近づきたくない」
人事だと思ってるな。あたしは、ああ言うお嬢様タイプの人種は苦手なんだ。冗談が通用しないしプライド高いし頭良いし…
「どうしても?」
「そう、どうしても」
恭一郎は再び暫く考え込んだ。そして、少し重々しい口調の答えが携帯から聞こえて来た。
「分った、じゃぁ、取引をしよう。これは君にとってもマイナスな話じゃぁ無いと思うんだがね」
取引だと?あたしと恭一郎の間で取引できるネタなんて無い筈だ。と、思ったが相手は刑事、何かネタを持って居るのかも知れないと思った。
「もし、俺の話を聞いてくれたら、君を地球に返すと言うのはどうだい?」
――なにおう?
「恭一郎、今、なんと言った?」
「君を地球に返すと言ったんだ」
帰れる…地球に…でもなんで恭一郎がそんな事出来るんだ?
「とっても魅力的な話だけど、なんであなたがそんな事出来るのよ」
電話の向こうで再び恭一郎が鼻で笑った様な気がした。
「僕は、君のお父さんに雇われた身なんだよ。君の身辺を護衛する為にね」
はぁ?お父さんが、恭一郎を雇ったって、なんで連邦公務員が個人の護衛に出張って来るんだ?黙り込んだあたしを無視して総一郎が更に続ける。
「御指名でね。僕は君のお父さんの護衛もした事が有る。金持ちの有名人は色々と物騒な事に巻き込まれやすいからね。君のお父さんも、その一人と言うのが連邦警察の認識だった。その時に妙に気に入られて君が、この星で長期滞在するから是非護衛にってね」
よ、余計な事を。あたしはこいつの性で三カ月も監禁されたんだ。それに自分の事は自分で出来る。それが証拠に、こうして暮らしてるじゃぁ無い。と、思った処でふと気が付いた。
「旅客船であたしを部屋に監禁したのは」
「そ、君の安全確保の為だ。君は何するか分らないからね」
ぐわ~腹立つ奴だ、今度会ったら、絶対一発ぶっ叩く!怒り過ぎて過呼吸で眩暈がする。しかし、地球に帰れると言うのは魅力的な話では有る。こんな田舎の星は、冗談抜きであたしの性に合わない。あたしは都会のひりひり感が好きだ。この星に、そんなスリルは期待できない。
「――本当に、地球に返してくれるの?」
「勿論、約束する。君のお父さんに掛け合って地球に返してもらう様にする」
恭一郎の声を聞いてあたしは暫く考えた。そしてこう答えた。
「分った。約束よ」
電話の向こうで恭一郎が満足げに微笑んでいる光景が浮かぶ。あたしはゆっくり携帯電話を耳から離すと通話終了ボタンを押して、椅子にすとんと腰かけた。
「誰からの電話?」
ユキが躊躇いがちにあたしに向かって話しかけて来た。
「ん、ああ、ちょっとした知合い」
地球に帰れるかもしれない。そう思うあたしの心は大いに高鳴った。あたしは窓の外に眼をやった。恭一郎の言うとおり見事な満月の夜だった。どういう結果になるのか想像はつかないが、あたしは恭一郎の提案に乗った。地球の、都会の喧騒恋しさにだ。ユキとの生活のも少し慣れてきたがやはりここは喉かすぎる。こういう生活はあと70年くらいしてからで十分だと思った。
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