第二節:聖カレナ女子高等学校

 文句無し…生粋のお嬢様学校。本来は幼稚園から大学までエスカレーター式の学校で、偏差値ははっきり言って高い。競争率も並大抵じゃぁないそうで、あたしの学力じゃ逆立ちしたって入れない筈なのに転入許可が出たって事は――両親が裏から手を廻したのであろう事は明白だ。


 姑息な事を、気に入らない――


 あたしは身の丈以上の事はしない。自分を高めたいとは思うが、その手段を不正に見出す事はしない。人生正々堂々、困難は自分の実力で切り抜けて行くのだ。あたしはその事を再度胸に誓って校門をくぐると貰った書類の地図を頼りに学園の受付に向かって歩き出す。まず最初に目に飛び込むのは広い校庭。予想してたよりも数倍以上大きい、それになんと言っても花壇が多い。

 学園全体が花に覆われて居るかの様だった。あたしはちょっと寄り道して花壇の近くまで行ってみた。植えられているのは一種類では無く複数の花々で、どれも良く手入れされている。部活なのか生徒の義務なのかはよくわからないが正直、花の世話はちょっと遠慮したいな。土いじりはあまり得意ではない。


「なるほどねぇ…園芸はお嬢様の必須科目と言う事か…」


 あたしのお母さんは観葉植物を良く育てて居た。緑は無機質な都会の空気を潤してくれる事は理解しているつもりだが、あたしはそれ程興味が無い。子供の頃お母さんの手ほどきで鉢を一つ育てた事が有ったけど、残念ながら根気と愛情続かず可哀そうだけどすぐに枯らしてしまった。ただ、それが妙に寂しくて、お母さんの胸で泣いた。今から考えれば子供の頃はそれなりに素直な処が有ったのだ。今のあたしからは考えられない事だ。こんなにひねくれてしまいましたとさ、ごめんね。

 風に揺れる花々を見渡してから、再び受付に向かって歩き出す。しかし、冗談抜きで広い学園だ。有に街一つ分位、有るんじゃぁ無いだろうか…そうだよなぁ幼稚園から大学まで有るんだから広くない訳はないよね。

 あたしは、おのぼりさん状態で、物珍しそうにきょろきょろとあたりを見渡しながら校舎への入り口に辿りついた。入口は生徒用と職員用に分かれていて初日は職員用の入り口から入って、受付の職員を訪ねる様に指示が書かれて居たので、それに従った。そして受付の男性職員に送付されていた書類を提示すると話は伝わって居た様で、すぐにあたしを連れて職員室に案内してくれた。中々良い段取りではないか、褒めて遣わそう。


★★★


 職員室は独特のにおいと雰囲気が有る。そこは学校唯一、大人達の世界だからだろう。だけどその雰囲気が好きになれない。いや、大抵の生徒がそうなのではと思う。職員室は、呼び出される場所、説教食らう場所、あたしのイメージは、そんな処だ。少なくとも良いイメージも体験もないから無口になって事務員の後を黙って素直について行った。


「ナーロン教頭先生、昨日お話の有った、ニーナ・アンダーソンさんです」


 事務員は職員室の奥にぽつんと離れた机に向かう中年で恰幅かっぷくの良い女性に、あたしの事を紹介した。ナーロンと呼ばれたのは高等部の教頭なんだそうで、お団子に結い上げたブロンドに大きめの鉤鼻に小さな丸眼鏡をちょこんと乗せていかにも口煩そう。おそらくだがあたしの天敵になるであろう予測はノストラダムスの予言並みの的中率を誇る筈だ。

 ナーロン教頭は事務員の言葉を聞いて、おもむろに机から視線を上げると、あたしの姿を見て、にっこりと微笑んだ。人当たりは良さそうな印象だが気を付けなければいけない、恭一郎の例が有るからね。


「まぁ、ニーナ、早かったわねぇ。もう少し時間が掛ると思っていたのに…」


 教頭は、そう言いながら椅子から立ち上がり、あたしの前に進み出た。


「ナーロン・ウィルスよ、高等部の教頭をしてます。宜しく」


 目元の笑い皺が深いのは何時も笑顔で居るからだろう。あたしも自分の事を出来るだけ良い子だと印象付けさせる態度で「こんにちは、ニーナ・アンダーソンです。宜しくお願いします」と、今日一番の笑顔でそう返しいつでも礼儀正しいことをアピールすべく軽く丁寧にお辞儀をして見せた。

「さぁ、じゃぁ早速だけど、寮に案内するわね。高等部は西寮になるの、遠くに山脈が見える眺めの良い処よ。学生に一番人気の建物なの」

 ナーロン教頭は、溢れる笑顔とちょっと大げさな身振り手振りであたしが入る寮の説明をしてくれた。そして二人で職員室を後にして敷地の西側に見える建物に向かって歩き始めた。西の端、大きな針葉樹が2本見えるその麓、3階建て位と思われる建物がかすかに見えた。あたしの足でも歩いて20分位かかりそうな距離に有って改めて、この学校の敷地の広さを実感した。


★★★


「こんにちはニーナ、私が寮長のハル・ミルスよ」


 にこやで快活に迎えてくれたのは意外にも若い女性だった。背が高くて顔の彫が深く、ブロンドの髪をポニーテールにして、寮長と言うよりは、頼りになるお姉さんと言う雰囲気の女性だった。


「じゃぁ、ハル寮長、後は宜しくお願いね。ニーナ、今日はゆっくり休んでね。明日の朝は又職員室にいらっしゃい、担任の先生を紹介するから」


 ナーロン教頭はそう言うと小さく手を振り、校舎に向かって戻って行った。後に残されたのは寮長とあたし…そして、ちょっと失礼かと思ったのだけれど、ハル寮長をじっと見詰めてしまった。その視線にハル寮長も気が付いてあたしに視線を合わせると、に~っと口角を上げて笑って見せた。


「寮長って言うから、もっと年寄りを想像したんじゃぁ無い?」


 図星です――


「え、いえ、そんな事は…」

「いいのよ、世の中の認識なんてそんなもんだわ、さ、こっちいらっしゃい」


 あたしは、そう言って歩き始めた寮長の後ろをついて行く。西寮は見た感じかなり歴史の有る建物の様だった。と、言っても入植がはじまって100年程度だから地球の遺跡並みと言う訳にはいかないけどね。でも、石造りの重厚な外観は結構威圧感がある。寮だと言われなければ博物館の様なこの建物は若干冷たそうに感じられるけど明らかに人が暮らす痕跡が見てとれる。ここには確かに生活が有る。それに、こう言う雰囲気は嫌いでは無い。この、何か潜んでいそうな雰囲気は妙なわくわくがある。


「一年生は3階よ、ちょっと大変だけど、スポーツジムにでも通ってると思って我慢して。そのうち慣れるから」


 ハルが言う通り、さすがに昔の建物だけ有って尺が現代の物と違っていた。昔の建物の方が大ぶりに出来ていると聞いたことが有るが、ここに来れば実感できる。建物は3階建てだ。しかし実質5階分位有りそうでエレベーターとエスカレーターばかりの環境で育ったあたしには、ちょっときつい。確かにスポーツジムとでも思わなければやってられない高さだね。

 階段には各階に大きな窓が有り、風通しも良く日差しもたっぷりと有った。ナーロン教頭が行ったとおり、遥か彼方に空港でも見た雪を湛えた大きな山脈が見てとれた。眼前に広がる牧歌的な風景は、普通、心を癒してくれる物なのかもしれないが、あたしにとっては退屈この上ない風景だった。都会のじりじりする刺激が恋しい。生まれ故郷のあの刺激的な毎日が。


「さ、ここよ。ニーナの部屋。二人部屋だけど広さは十分有ると思うわ」

 ハル寮長の言葉を聞いて、あたしはちょっと怪訝な表情で彼女の顔を見た。

「二人部屋?」

「そうよ、あれ?聞いて無いの。この寮は基本的に二人部屋。相方は今、授業中ね。まだ暫くは戻ってこないわ」


 二人部屋…かぁ。あたしのプライバシーはどうなるんだろう。


「人の輪を尊ぶのはこの学園の基本理念なんだって。自分のプライバシーがどうのこうの考えてるんでしょ、顔に書いて有るわ。大丈夫よ3年なんてあっという間よ。大事な学生時代、しのごの考えるより実際に経験してみた方が早いわ」

 ハル寮長はあたしの不安を言い当てた。さすが、寮長だけの事は有る。人を見る能力は鍛えられて居る様だ。優しそうで頼れそうだが、油断は出来ない相手かもしれない。

「じゃぁ、何か有ったら、声かけて。私は一階の寮長室に居るから」

 ハル寮長はあたしの顔を見てにっこりと笑うと、ゆっくり部屋から出て行った。部屋の中にはあたし一人が取り残された。


「はぁ…」


 何故か溜息が出た。懲役3年と宣告された人の気持ちは、こんななのだろうか…実質は2年半では有るが半年位は誤差の範囲だ。取りあえず荷物の整理でもしよう。手を動かして居れば時間を忘れることも出来るだろう。後は、相方がどんな奴かが問題だ。気が合えば良いのだが…


★★★


「ユキ・ナナセです。宜しくお願いします」


 あたしの相方は、はにかんだ笑顔でてれくさそうにそう言った。ショートボブで艶の有るブロンドと鳶色の瞳。目鼻立ちの彫が深くプロポーションも良くて大人っぽい。しかし、話し方がかなり舌ったらずで、見た目と話し方のギャップが激しい。


「ユキ?なんか、名前が日本人っぽいけど、東洋系の生まれなの?」

「はい、父が日本人で母がロシア人です」


 ナルホド、北方系の血が混じってる訳だ。肌が透き通る様に白いのは、その性なのだろう。羨ましい限りだ。ユキは以外にもお喋り好きで自分の事を色々と教えてくれた。あたしはすっかり聞き役で自分の事は殆ど話す事が出来なかった。


「あ、ニーナさん、そろそろ夕食ですよ。食堂へ行きませんか?」

「ユキ、“さん”はいらないわ、ニーナって呼び捨てちゃってよ。その方が嬉しいわ」

「うふふ、そうね、私もユキでいいわよ」


 ユキが机の上の時計を見ながら、嬉しそうにあたしを夕食に誘ってくれた。あたしも二つ返事で一緒に部屋を出て一階へ降りる。

 食堂は寮の母屋から離れていて、渡り廊下を通り、向かわなければならない。その渡り廊下の向こう側、食堂と廊下のつなぎ目あたりにも花壇が設けられている。そこには鮮やかな『赤い花』が風に揺れて居た。

「花が多い学校ね」

 あたしが無意識にそう呟くとユキが直ぐに答えてくれた。

「そうなんですよ。学校に植えられてる花も寮付近に植えられてる花も、皆、生徒が管理してるんです。なんでも情操教育には植物を育てる事が一番だって言う校長の考えで…」

「…情操教育…ねぇ…」

 あたしは故郷の学校を思い出した。故郷の学校では校門に金属探知機なんかが設置されてて、銃器の持ち込みが無いかどうか厳重にチェックされていた。刃物の持ち込みも禁止されていて、校長曰く、安全で健全な教育の場を確保する、特に上流階級の生徒が通う学校でも有るから、安全面には最新の注意を払い安心して教育を受けられる環境を作る…だとか言っていたが、結局、教育者としての責任を全うすると言うよりは、自分の任期中に事故・事件が起きなければそれでいい、任期が終わったら、明るい老後が待ってるって言う姿勢が、有り々と見られた物だが、環境が変われば人も変わる。この学校は、全寮制で有る事を除けば、結構人間的なのかもしれない…と、思った。

「あ、それでね、花壇の世話も当番で廻ってくるから。基本は同じ部屋同士が何人か集まって、朝、水を上げたり草むしりしたり…」

 あぁ、やっぱりね。当番が廻って来る物と覚悟はしていたが、やはりそういう仕掛けになっていたか。しかも、朝?


「朝…朝って何時頃なの?」

「うん、朝の5時頃よ」


 あたしは絶望の淵から火山の火口めがけて真っ逆さまに落ちていった。下手すると午前中は起きないような生活をしてたあたしにとって、朝の5時など夜中の1時に等しいのだよ。


「ちなみに、どの位のペースで廻って来るの?」

「そんなでも無いわ。人数多いから月に1~2回かなぁ」


 あたしはそれを聞いて少しだけ安心した。あたしは低血圧で朝が歯医者よりも苦手だ。学校も出来れば午後から行きたいと言って両親を困らせた事が有る。そして両親の認識は朝起きられないのは低血圧では無くて夜遊び癖の性だと言われた事も有る。確かに生活が乱れて居たのは認めるが、低血圧は本当の話だ。

 あたしは改めて花壇の花に目をやった。それはゆらりと揺れて、何かを語りかけてよこした様に感じられた。


★★★


 夕食も終わって自室でユキと更に話し込んだ。特に学校事情に関しては、事前に出来るだけ情報を集めておいた方が良いと思ったからだ。そして分った事は、この学園は、生徒会が、かなりの権力を掌握していると言う事。学校行事の開催日程や生活指導も生徒会が自主的に運営しているらしい。

 有る意味、ちょっと厄介な学校である。そして、何となくの想像では有るが、生徒会長は、剛腕で、ちょっと高飛車で。容姿端麗で取り巻きの生徒が居たりとか…あぁなんだか想像が付いてしまう。


 こんこん…


 ドアをノックする音に気が付いて、あたしとユキは同時に音に方向に向かって視線を送る。そして、一瞬二人で見詰め有った後、ユキが其処に向かって「はい」と返事をしながら歩き出した。そして、ちょっと躊躇いながら部屋のドアを、少しだけ開く。

「こんばんは、ユキさん」

 その声に反応してユキは全身を硬直させた。あたしの予想、来るべきものが来た…そう感じた。

「今日付けで学園に転校してきた方、おられるかしら?ちょっと御挨拶がしたくて」

 ドアの向こうから、落ち着いた、でも、ちょっととげのある口調の声が聞こえた。

「あ…はい、おります。どうぞお入りください」

 ユキは部屋のドアを開く。あたしからもドアの外が見て取れた。其処には3人の人物が。

「こんばんは、ニーナ・アンダーソンさん」

 現れた人物を見て、あたしは、ほ~らねと大きく溜息をついた。


「生徒会長のクリス・アロンです。宜しく」


 彼女はそう言うと、にこやかでは有るが、隙のない身のこなしで、あたしの前に進み出ると握手を求めるべく手を出した。あたしも特にそれを拒む理由は無いので同じく手を差出、めでたく握手に至った。

 クリスと名乗った生徒会長は、腰のあたりまであるブロンドに紺色の瞳は意思の強さを示すが如く、優しくも有り厳しくも有った。そして何より、彼女の声は良く通る。立場上、何か発言を求められるのであろう、その時に、自信の無い声は、あまりにも不利だ。人の先に立つ者の条件は、声が通ると言うのも、大きな要素ではないかと、勝手に思った。

 部屋を訪れたのは、クリスだけでは無い、副会長が二人、取り巻きの様について来ていたのだが、クリスの印象があまりにも強すぎて、あまり印象に残らなかった。彼女達には済まないがこれが、正直な処だ。


「さて、ニーナさん。あなたが地球に居た頃の生い立ち、経歴は見せて頂きました」


 クリスが唐突に話し始めたがそれを聞いた正直な感想はおいおいってなもんだった。だって、個人情報がダダ漏れではないか。たかだか生徒会長が、なんであたしの経歴をネットのデータバンクより詳しく知ってるんだ?教師ならまだしも、単なる学生だぞ。

 生徒会長のにこにこは、相変わらず変わらない。何か裏があるんじゃあないかと勘ぐってしまう位の完璧さだ。あたしは何か疑問に思うと、直ぐにそれが顔に出てしまうらしく、隠し事が出来ない性格である。その事は生徒会長にもおそらく伝わって居るであろう。

「さて、ニーナさん。この学園は生徒会が運営していると言っても過言では有りません。その事は、教頭あたりから聞いてると思うのですが?」

 クリスの笑みに更に自信が加わる。自分が事実上の責任者であると言う自信。あたしはそれに押されつつ、ちょっと口ごもり気味に彼女に向かって「はい、ナーロン教頭先生から大体の事は…」と応えて見せた。

「そうですか、なら結構です。失礼ですがニーナ…」

 クリスは慎重に言葉を選ぶ。

「あなた、地球での生活態度に、いささか問題が有った様ですね」

 ほら来たと言う感じ。そうよ、あたしは問題児だったわよ、だからどうした?と、心の中で叫ぶ。しかし、そんな反論は、場数を踏んだクリスには通用しないであろう。ちょっと感に触ったがそれをぐっと飲み込んだ。

「でも安心してね。この学園、いえ、この星の自然と共に過ごしてれば、都会の出来事なんてすぐに忘れてしまうわ。この星の環境は宇宙一と言っても過言では無いのよ、全ての事を解決してくれるの。この学園を通してね」

 ユキがドアの横で頭を垂れている。その理由は直ぐに分った。クリスは自分の言葉に酔う習性が有るらしい。喋り始めたら何時終わるのか予想が難しい…ユキはそれを危惧して落胆したのだ。


 たっぷりと一時間…


 クリスはあたしに向かって学園の素晴らしさを熱心に説きこの惑星パピルの賛美までした挙句、自分の満足感を満たすと、あたしたちの前から立ち去った。残されたあたしたちは、顔を見合わせて同時に深いため息をついた。

「悪い人では無いと思うんですけど…」

 ユキは力の無い笑顔であたしにそう言ってはみたが明らかに疲労の色は隠せない様で、ふらふらとベッドの方に歩いて行くと、ペタンと操り人形の様に座り込んだ。侮れないな聖カレナ学園。 その日あたし達は消灯時間を待つ事無くベッドに潜り込み、深い眠りに落ちて行った。

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