第一章「惑星パピル」
第一節:惑星への降下
「本日は、惑星『パピル』への降下シャトルに御搭乗頂き、まことにありがとうございます」
客室乗務員の落ち着いたアナウンスが狭い降下シャトルの客室内に響く。あれから三カ月。ひたすら寝て過ごしたあたしの体はいささかなまり気味なのは否めない。下に降りたらブランクを取り戻すために悪の限りを尽くすんだ。あたしはあたしだ、環境になんか左右されないぞ。そう心に決めてゆっくりと目を閉じる。
「業務連絡、客室乗務員はドアをホールドにして下さい」
アナウンスと同時にシャトルのドアが乗務員の手で厳重にロックされる。そしてエンジン音が大きくなり、快い振動がシートを包む。何回かシャトルに乗ったことがあるけどこの瞬間、なぜか分からないけど胸が躍る。あたしはこの瞬間が好きだ。未知なる冒険への憧れが揺り動かされるのか、なんとなく日常と違う気分の高揚を感じられるからか…
「只今機長から報告が御座いました。目的地のイースト宇宙空港の天候は晴れ、気温23度、湿度41%、ほぼ無風で到着時刻は予定通りとの事で御座います。短い時間では御座いますが、快適な空の旅をお楽しみください」
うん、新しい生活に向けての第一歩は悪くない様だ。あたしは窓の外に視線をやったが、直ぐにシールドが下され窓の外は濃いサングラスを通して見て居る様な風景に変わった。
シャトルのエンジン音と振動が更に高なる。その気配で通路から乗客のベルトの装着状態を確認し終えた客室乗務員達が自分の持ち場の席に着きシートベルトで体を固定する。
「お待たせしました。それでは降下を開始致します。途中、無重力となる事が御座いますので、飲み物等のキャップは必ずお閉め下さい。又、シャトルの運航の妨げとなりますので電子機器の使用はお控えくださる様、お願い致します」
そのアナウンスと同時にシャトルは旅客船のアームから切り離されて地上に向かって降下を開始した。人工重力のしがらみから解き放たれたシャトルは一瞬だけゆらりと揺れ、惑星『パピル』に向かって降下を開始した。絶対負けないぞと言うあたしの鉄の意志を乗せて。
★★★
首都空港とは名ばかりで其処は田園風景に囲まれた、はっきり言って物凄い「田舎」だった。めぼしい建物は360度、ぐるりと見渡しても空港の管制塔以外見当たらない。シャトルも、あたしが乗ってきた旅客船が到着しない限り便は無い様だ。空を見上げると、青い空に白い雲。何という名前なのかはわからないが大型の鳥が一羽、円を描いて飛んでいるのが見える。この状況を一言で説明してみよう。
のどか―――
道端には小さな花々が咲き、遠くに見える山脈の頂上にはまだ白い雪が見えるが平地の陽気はとても良くて眠気を大いに助長する。最近と言っても100年以上前だけど、比較的新しく入植がはじまったか惑星だから仕方がないのかも知れないね。
「はぁ…」
両手に鞄を下げたまま、あたしは無意味な溜息と虚脱感で、その場でぽつんと立ち尽くす。なんか人生終わったんじゃぁないかって思う位、のどかな田園風景…都会の喧騒が懐かしい。ごみごみして、ごちゃごちゃで、訳分からないけど、なんかわくわくするコンクリートの世界が遥か昔の事のように感じる。都会が人を引き付ける要因は、そんな処にも有るんだろうな。
あらためて言う、あたしは都会派なのだ…
そうだ、これから入学する学校で、悪の限りを尽くせば、教師達も
「何、力んでんだ?」
突然、何の気配も無く、あたしの背後から声をかけたのは、聞き覚えの有る声…恭一郎の声だった。三か月監禁の恨みは忘れない。無視だ、無視!あたしは奴の声をテンパー無視してタクシー乗り場に向かって歩き出した。
「おや、怒ってるね?」
え~い、ついてくるな鬱陶しい。それに当たり前だろ、いきなり三カ月も監禁されて、怒らない奴が何処に居る。心当たりが有るんなら連れて来い、もっと積極的になるようにこんこんと説教してやるからさってなもんだ。
それにしても、奴の声は人当たりが異常に良い。どう言う訳だか人を無防備にさせる魔力が有る。刑事なんて商売やってのけてるのはそう言う特技が評価されたんじゃぁないかと思う。取り調べなんかで有利なんだろうな。だが、あたしは、もう絶対に騙されないぞ。奴の態度は営業用だ、油断したら謎ではあるが価値なんて皆無の壺でも買わされそうだ。
「御機嫌斜めだね。街の方に行くんでしょう?良かったら一緒に…」
あたしは、其処まで聞いて、恭一郎に向かってくるりと振り向き、周りの目を気にする事無く目いっぱいの大声で奴に向かって叫んだ。
「い・や・だ!あたしは一人で行く、だからついて来ないで!」
それを聞いた恭一郎は小さく肩をすくめて見せ営業スマイルであたしに答える。
「やれやれ、つれないな。折角、飲酒の件は無かった事にしてあげて、こうやって釈放してあげたのに」
「釈放するなら、もう少し早くしてよね。あたしが船室で一人何考えてたと思うの?」
「飲酒の件を
近くに石が落ちてないか探してみたが空港の構内は綺麗に清掃されてて一つも落ちていない、こんな田舎なんだから石ころの一つぐらい残しておけよと空港のスタッフに心の中で毒づいてみたがそれはあんまり意味がない。いや、今大切なことはこいつとは話してても無駄だと言うことを再認識しなければならないことだ。人当たりは良いが融通の利かない公務員だからな。定年後は年金暮らしが約束されたエスカレーター式の人生を行く役人だ。
あたしは「するか、反省なんか!」と捨て台詞を吐くと、足早にタクシーに乗り込んで空港を後にした。後ろの窓から恭一郎の姿が小さくなって行くのが見えた。何故かは不明だが、相変わらず営業スマイルを崩さない。しかも手まで振って居る。失せろ疫病神、あたしに寄るな触るな近寄るな、自分の人生は自分で切り開くんだと心に誓った。
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