第25話 4級冒険者
女将さんに謝罪したあと、サイラスから落ち着いて話の続きを聞く。
「ヒョウさんが持っていた魔石は売却してもらったので、正式に4級冒険者に昇格だそうです。おめでとうございます」
「あ~、そういえば。色々ありすぎて、随分昔のことのようだ」
「ギルドから事務所に来るように伝えて欲しいと言われました」
「そうか」
「……じゃあ、伝えるべきことは伝えたと思うのでオイラは行きます。ゆっくり体を休めてください」
「そういえば、なんで敬語なんだ?」
「ヒョウさんはオイラを守るために命を懸けてくれた。敬意を表すのは当然じゃないですか!」
そんなことあったか?
……あったのかもしれない。サイラスの高揚した顔を見ていると、そんな気がしてきた。
最近色々と噛み合っていない気がするから、オレの記憶に無くてもあったのだろう。あったに違いない。
「そうか。じゃあまたな、サイラス」
~ ~ ~
サイラスに言われたように、ギルドの事務所まで来た。
「邪魔する」
「こんにちは。お待ちしていました、ヒョウさん」
「わざわざ来てもらって悪かったのぅ。ヒョウ」
中にいたのは、ギルド長補佐のサンドラと、ギルド長のモッズ。
モッズはモッズ爺という愛称で親しまれている。小さくて気のいいおじいちゃんだ。しかし、本質的に荒くれ者の冒険者を束ねる立場にいるだけあって、時折見せる圧が怖い人だ。オレはこの人には頭が上がらない。
「モッズ爺もいたのか。呼び出しって、4級冒険者に昇格って話だろ?」
「うむ。冒険者になってから2ヵ月で昇格。順調ではないか。お前さんを拾ったわしの目に狂いはなかったようじゃな。ヒョヒョヒョ」
「ギルド長……ヒョウさんが冒険者になったと聞いたときは、あのガキ借金踏み倒す気か!?死んだらぶっ殺してやる、とか言ってませんでした?」
……今まで会わなくて良かった。
「ゴホン。これからヒョウ、お前さんは4級冒険者じゃ。残念ながら、この街にはDランクダンジョンしかない。上を目指すなら、他の街へ行くしかないぞ?」
「ああ。準備したら、Cランクダンジョンがある街に向かうつもりだ」
『いよいよ旅立ちだね!楽しみ!』
「そうか。準備といえば、用事はもう一つあるんじゃ。いや、実はこっちが本題なんじゃが」
そう言ってモッズ爺は見覚えのあるリュックサックをロッカーから取り出してきた。
「この街のギルド長として、謝罪と感謝を。本来、ゲートを絶対に通してはならん男とお前さんらを出会わせてしまったのはわしらギルドの怠慢じゃった」
モッズ爺は深く頭を下げた。合わせて、サンドラも頭を下げる。
―――なんという居心地の悪さだ。
「止めてくれ。少なくともオレは自分から頭を突っ込んだんだから自己責任だ。謝罪ならサイラスにしてくれ」
「それじゃ。よくぞ、やつを見逃さず、倒してくれた。〈ゲート・ブレイカー〉はゲートの外側からでも内側からでも使える魔導具。おそらくジェガンはゲートの内側に侵入して、外側にいるギルド員に悟られずに〈ゲート・ブレイカー〉を使うつもりじゃったのじゃろう」
サイラスもそんなこと言ってたな。
魔導具を手に入れたら使いたくなるからな。しょうがないしょうがない。
『犯罪者に寛容すぎるよ!?』
ましてや、三大禁魔導具なんてレア物、オレだって使えるなら使ってしまうかもしれない。
『ここに犯罪者予備軍がいますよ~』
「やつは指名手配犯。懸賞金が掛けられておった。300万ゴルじゃ。サイラスはヒョウに全額やってくれ、と言っておるが、どうする?」
「!?」
心臓がドクンと大きく脈打った。
300万ゴルだって!?
「それと、やつが持っていたリュックサック型収納袋はこの街の冒険者が最近購入したもの。取り調べた結果、その者を殺害し、奪い取ったようじゃ。持ち主が既にいないこの収納袋は冒険者のルールに則り、お前さんに所有権がある」
モッズ爺はオレに収納袋を手渡してくれる。
「―――」
オレは昇天した。
『ヒョウ―――!?』
「―――い!ヒョウ!大丈夫か!?」
「……ハッ」
意識が戻ってきた。最近スイッチのオンオフが激しくて落ちやすくなってるのかもしれない。
手の上にある収納袋を見て、夢じゃなかったことを確認し、胸がいっぱいになる。
「こ、こここれがオレのもの。うぅぅ」
「泣くほどか!?」
モッズ爺はドン引きしているが、そんなもの気にならないくらい今のオレは幸福感でいっぱいだ。
「そ、それで300万ゴルはどうする?借金返済に充ててよいか?」
有頂天になっているオレはこの喜びを分け与えてやりたい気持ちになっていた。
「サイラスと半分半分にしてくれ。あいつがいなければ、オレは鬼畜オールバックに気付かなかった」
「よいのか?」
頷いて、口を開く。
「オレの分は借金返済に充てておいてくれ」
だから、もう帰っていいだろう?早くこの収納袋と二人きりにしてくれ。
「分かった。話は以上じゃ。では、これからの活躍に期待しておるぞ」
「ああ。今のオレは無敵だ」
「そ、そうか」
オレはギルドの事務所を後にした。
~ ~ ~
事務所の外には、スランジがいた。
「……よぉ」
いつも陽気な雰囲気はどこに行ったのやら。実に気まずそうな顔をしている。
しかし、オレは今忙しい。悪いが、構ってやれないんだ。
「どうした?」
「いや……だからその……ゲートでオレたちがジェガンを見逃した。そのせいでヒョウたちが危険な目に。本当にすまな―――」
「許す!お前は悪くない」
オレは喰い気味に告げて、立ち去ろうとする。
「ちょ…ちょっと待ってくれ」
スランジはオレの肩を掴む。
くっ、コイツ。現役冒険者のオレより力強いな。
スランジに振りかえって、収納袋を見せてやり、ハッキリと教えてやる。
「オレは今!この収納袋以外!なにも考えられないんだ!分かるな?」
「…………おぉ。オレが真面目で馬鹿だったってことはよく分かった」
スランジは力が抜けたように、オレの肩から手を外した。
「分かればいいんだ」
憑き物がとれた顔をしたスランジを置いて、オレは帰り道を急ぐ。
『フフフッ』
なに笑ってるんだよ?
『なんでもなーい。そういえば、ヒョウの借金ってあとどのくらいあるの?』
150万ゴル減っても、まだ300万ゴルくらいある。でも、いいんだ。オレにはこの収納袋がある。
収納袋を掲げる。
これだって、店売り価格で200万ゴルは下らないぜ?絶対、売らないけどな!
いやあ、得したなあ。人から魔導具を盗もうなんて不届き者を成敗しただけで、こんな素晴らしい魔導具が手に入るなんて。やっぱり、神様は見てるもんだ!
『でも、ヒョウって触った魔導具を―――』
―――ビリィ
……恐る恐る上げた腕を下ろす。
「―――」
声にならない叫びがギルドの喧騒に飲まれて消えた。
地に足つけるにはまだ早い ~憑かれた男は魔導具に囲まれて生きていきたい~ 無色透明 @mushoku_toumei
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