第24話 徹夜明けの災難③
意味不明な返答をしたヒョウに対して、やつはより一層警戒を強くしたように見える。
距離を一度空け、リュックサックに手を突っ込む。
取り出したのは漆黒の短刀。それもおそらくはただの短刀ではないだろう。
やつが短刀を握り込むと短刀が闇で覆われた。
その間、ヒョウは棒の転がっているところまで歩き、拾い上げた。
「たとえ風貌が変わろうと、あなたの身体は既に悲鳴を上げているんでしょう?元々、地力が違いすぎたんですよ!」
そう言って、短刀を地面に突き刺すと、短刀を中心に、足首程度の高さがある闇が地面を這うように広がっていく。
あっという間に、オイラがいる場所もヒョウがいる場所も闇が覆った。
気付けば、やつの姿は既に消えている―――これでは、どこから来るか分からない。
ヒョウはこの状況が見えてないかのように余裕たっぷりに言い放つ。
「一つ教えてあげる。勇者は使う体を選ばない」
そして、ヒョウは前方に横薙ぎを放つ―――その瞬間、やつが背後にヌルッと現れる。
【影―――
やつが技を放つより先に、ヒョウは技を放っていた。
【嵐・重】
横薙ぎはその勢いを一切殺さずに、身体を軸とした回転運動に巻き込まれていく。
棒がまるで身体に巻き付くようだ。身体を軸に遠心力を付けた棒が、背後に立つやつに勢いを増しながら向かっていく。
さっきのヒョウの技も見事だと思ったが、この技の完成度は別次元だ。
全ての力を無駄にしない全身の連動―――オイラには、いや凡人には決して辿り着けない極みを目の当たりにして、なぜだか涙が出てくる。
「―――ッ」
やつが声にならない叫びを上げたと同時に、棒が直撃する。
やつは目で追えない速度で飛んだ。いや、飛ばされたのだろう。
遠くに転がっているやつを見るに、気絶したようだ……多分。死んでいてもおかしくない。
ヒョウはその様子を見て満足そうに頷く。
「確かに地力が違いすぎたね」
最後にそう言って、倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
開けた荒野だ。前方には見たこともない巨大なサイ型モンスターがいる。
モンスターは一切の前兆なしに角から電撃を放ってくる。
しかし、当たることはない。右に左に、時折後ろに、どこに飛んでくるのか、あらかじめ分かっているかのように安全地帯を踏み続ける。
まるでこちらに当たらないように電撃を放ってくれているかのようだ。
右手一本で担ぎ持つ大剣の重量を感じさせない素早い身のこなしで、あっという間にモンスターの目の前に辿り着く。
【―――】
両手に握り直したと思ったら、既に振り下ろされている。
過程を飛ばして見せられた結果は、目の前に真っ二つで転がっているモンスターの死体。
これが人間の成しえる技なのか……あれ?
まるで他人事のような感想だが、オレは……。
~ ~ ~
「うっ……」
変な夢を見ていた気分だ。
そして、身体中が痛い。最悪の目覚めというやつだ。
目の前に広がるのは見慣れた天井。
「ヒョウさん!」
上半身を起こして声の主を見ると、そこにいるのはサイラス。
「……えーっと……―――」
記憶を思い起こそうとした瞬間、気を失う直前までの流れがオレの頭の中を駆け抜けていった。
なんで気を失ったのかは思い出せないが―――
「そうだ!鬼畜オールバックと後半戦が始まったところで―――!」
周りを見回して、鬼畜オールバックの姿を探す。
あれ?ここは……
「ヒョウさん、静かにしてください。ここはヒョウさんが寝泊まりしてる部屋です。ヒョウさんは、あいつを倒したあとに倒れてしまったんです。あれからもう3日経ちました」
「!?」
オレが!?
アリス!オレはあの鬼畜オールバックをどうやって倒したんだ!?全然記憶がないんだけど。
『……一撃でぶっ飛ばした……かな』
そう……なのか?
ちょっと信じがたくて思わずサイラスにも聞いてみる。
「サイラス、オレの記憶が飛んでるんだが、オレは一撃で鬼畜オールバックを倒したのか?」
「え、ええ。そりゃあすごい一撃でしたよ!」
そうなのか。火事場の馬鹿力ってやつか!
そうかそうか。そんな気がしてきたぞ。
「ヒョウさん、ありがとうございました!オイラ、まさか勝てるだなんて思いもしませんでした」
「ああ。サイラスもよくあいつを見つけてくれたよ」
「ええ。ヒョウさんに倣って内纏の特訓をしていたら偶然に」
オレ?
よく分からないけど、まあいい。
今はそれより―――
「リュックサックは?やつの盗んだ魔導具が入っているはず!」
「はい。それが聞いてくださいよ!あいつのリュックサックには盗まれた魔導具以外にも、〈ゲート・ブレイカー〉が入っていたんです」
「あの三大禁魔導具の!?」
三大禁魔導具は、いずれも街や大勢の人々に危険をもたらす魔導具だ。
三大禁魔導具所持に、窃盗罪。あの鬼畜オールバックは一線を越えてしまった魔導具コレクターだったのか。
オレも彼の攻めの姿勢は見習わないといけないかもしれない。
『あの人は攻めた結果、コースアウトしてるんだよ!?反面教師にしなきゃ!』
ということは―――所持すら禁止されているアレに合法的に触れるチャンス!?
サイラスが話を続ける。
「ギルドの取り調べによると、あいつの正体は指名手配犯のジェガン。しかも、あの『クリムゾン・ジャック』の副団長だって話です。目的はおそらく〈ゲート・ブレイカー〉をこの街のダンジョンに使うことだったんだろうと聞きました。オイラたちは、いま一躍英雄扱いですよ!」
あの『クリムゾン・ジャック』?どの『クリムゾン・ジャック』だよ。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「そんなことより、奪い返した魔導具はどうなったんだ?」
「え、えぇ。魔導具は全部しっかり店長さんにお返ししておきましたよ」
「うおおおおおおお!千載一遇のチャンスにオレは!何故寝ていたんだ!」
アリスううう!目覚まし時計としてのプロ意識はどこに行ったあああ!?
『そんなのないって!』
「ヒョウさん!?」
突然の絶叫ののち、嘆くオレに狼狽えるサイラス。
そんなオレの嘆きを聞きつけてやってきた女将さんが青筋を立てて怒鳴りつけた。
「うるさいよ!!!」
「「ごめんなさい!」」
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