第23話 徹夜明けの災難②

傷を増やされながらも、喰らいつくオレに対し、鬼畜オールバックは今までよりもう半歩踏み込んできた。


やつの振るう短剣が、オレの構えるジョーくんを下からかちあげる。

その衝撃に耐えきれず、オレの腕は棒ごと持ち上がった。

無防備なオレの腹を目掛けて、やつは鋭く重い蹴りを放った。


【鋭爪脚】


『ヒョウ―――!』


これは―――致命傷になる―――【重量増加】


ガァン、と重量物同士がぶつかったような鈍い音が響いた。

オレはジョーくんを引きずりながら後ろに大きく飛ばされる。


「……何をしたんですか?」

「ハァッハァッハァッハァッ―――」


その質問に答えてやりたいのは山々だが、今までの防戦で枯渇した酸素を補給するのに忙しい。


しかし、やつはジョーくんを引きずったあとに残ったエグれた地面と、オレがジョーくんの先端を持ち上げられずにいるのを見て理解したようだ。


「あなたの魔術は〈重量増加〉でしたか。面白い一発芸でしたが、その武器はしばらく持ち上げることもできないのでしょう?」


そう。スランジに見せたときに知ったが、オレの〈重量増加〉は特に珍しくはない。

いかにも経験豊富そうな鬼畜オールバックは誰かが使っているのを見たことがあるのだろう。


鬼畜オールバックはチャンスだと判断し、速攻で仕掛けてくる。

既にオレの力量を見切ったつもりなのだろう。真っ直ぐ突っ込んでくる。


―――ここだッ!ジョーくん、力を貸してくれ!

オレはジョーくんをオレの身体を中心とした回転に巻き込み、その遠心力で持ち上げる!

本来は、身体の回転による遠心力を棒に載せて相手にぶつける技だ。


時間が止まっているようだ。

体が一回転して、鬼畜オールバックの顔が見えてきた。その顔が驚愕に歪むのが分かる。


心の中で宣言する。

―――犯罪者お前魔導具ものはオレの魔導具ものだ。


重たい愛の嵐ヘビー・ラブ・ストーム


鬼畜オールバックは左から迫るジョーくんを短刀で受ける。

短刀との拮抗は数瞬の内に終わり、短刀は受けた箇所から砕けていく。

そのまま、ジョーくんは鬼畜オールバックの左腕を捉えた。


左側からくの字に折れ、吹っ飛ばされる鬼畜オールバック。

今の衝撃、腕ごと体までダメージがいってるはずだ。もう立たないでいいぞ。


そんなオレの期待を裏切り、すぐに立ち上がる鬼畜オールバック。

それでも、足がふらついている。やはりダメージは入っているのだろう。


一方、こちらも満身創痍だ。

重たい愛の嵐ヘビー・ラブ・ストーム〉は即興で放ったにしては十分な完成度だったが、代償に身体中が限界を超えた反動で、きしんでいる。


『ヒョウ!ツラくてもここしかないよ!』

分かってる!ここでお互いポーションタイムにしましょう、なんて言う気はない。


今度はオレが、鬼畜オールバックに真っ直ぐ突っ込む。

そんなオレを見て、鬼畜オールバックは激情を抑えるように口を開いた。


「悪い癖ですね。どうしても必死なやつを甚振るのが楽しくて、楽しくて一気に壊すのをためらってしまう。結果、窮鼠猫を噛むってやつですか」


―――ここからは後半戦、殴り合いだッ。


「わたしの負けですよ―――」


オレは喋る鬼畜オールバックの目の前に踏み込み、やつの顔面目掛けて拳を振りぬいた。

―――その拳は空を切る。


「あなた弱くなかった」

「後ろだ!」『後ろ!』


オレの背後から聞こえる声に、身体が反応を始めるも―――


「―――」


首を襲った衝撃がオレの意識を刈り取った。




◇ ◇ ◇




オイラはもう死ぬ。

これ以上、やつの攻撃を防ぐのは無理だ。

まだ生きていることだって、やつの気まぐれ。オイラを弄んでいるからなのだ。


ゲートの前を塞がれ、やつの攻撃を防ぐので精一杯だったオイラは森の近くまで後退してきてしまった。

最初から詰んでいた。だから、これでよかったのかもしれない。

助けが来ることは期待できなくなってしまったが、ゲート付近にいてはヒョウもやつに出くわしてしまったに違いないのだから。


そんなときだった。ヒョウが助けに来てくれたのは。


オイラは涙が出そうになった。

この男が発する危険な匂いに気付けない冒険者などいる訳がない。

それでも助けに来てくれたのだ。ほぼ確実に死ぬと分かっているのに。


ヒョウはオイラと同じようになぶられながらも、決して諦めなかった。

使いにくいはずの魔術を逆手にとって油断を誘い、一矢報いてくれた。


しかし、今オイラの前でヒョウがやられてしまった。


きっとヒョウは何が起こったのかも分からなかっただろう。

オイラは遠目に見ていたから気付けただけだ。


やつは自分の影に潜ってヒョウの攻撃をかわした。

そして、その影がヒョウの背後をとり、そこからやつは出てきたんだ。


悔しい。もう少しだったのに。

せめて……ヒョウを先に殺させはしない。


男はリュックサックからポーションを取り出し、左腕を治療している。


オイラは隙だらけのやつに向かっていく。


男は面倒そうにこちらに向き直って口を開いた。


「もう遊びは終わりましたから、死んでいいですよ」


オイラは袈裟切りを繰り出す―――やつはこちらの手首を掴んで止め、もう片方の腕でこちらの腹をエグってくる。


「ごぉっ……」


ただの一撃で全身の力が抜ける。息ができない。次の一撃でオイラは死ぬ。

助けに来てくれてありがとう、ヒョウ。

その気持ちを込めて最後にヒョウを見ると―――立ち上がっている!?


男も気づいたようだ。


「あなた……なぜ意識が。それにその顔……一体何者なんですか?」


男が驚くのも無理はない。


立ち上がっただけでなく、髪は白く、目は黄金色に変わっているのだから。

ヒョウは口調すら変えて男の問いに答えた。


「わたしは勇者。貯まった間借り料を支払わせてもらうよ―――あなたを倒して」


……間借り料?

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