第22話 徹夜明けの災難①

参ったぜ。まさかまさかだ。

オレが迷子だなんて……な!


昨日、アサシンモンキーを倒したところまでは良かった。

喜び勇んで帰ろうと思ったが、木に目印をしていたのを忘れてあらぬ方向へ進んでしまったのが失敗の原因だ。

普段しないことをいきなりしても上手くいかないってことだな。オレみたいなのは特にそうだ。そんなに器用じゃない。


『はいはい。いいから集中しなよ』

馬鹿。寝ないようにこうやってごちゃごちゃ頭使ってるんだよ!

『大丈夫だよ。そのときは大音量で起こしてあげるから』

普段は勘弁だけど、今回ばかりは助かる。そろそろ眠―――


前方から森の切れ間が見えた!


やったあああ!生還したぞおお!4級冒険者様のお帰りだああ!

思わず体が走り出す。


―――キィン……キィン……

鋭い金属音にすぐ足を止め、自然と体は警戒態勢をとる。


『ヒョウ!サイラスが誰かと戦ってる』


何!?冒険者同士でってことか!?

しょうもないやつらだな。

巻き込まれたらたまらない。茂みから様子を窺うとしよう。


オレの目に入ったのは、一方的になぶられているサイラスだった。

体の至るところを撫でるように切られて血だらけだ。


『酷すぎる!早く助けに行かなきゃ!』


しかし、逆に安心もした。


これだけ実力差があって、サイラスが生きているのだ。これは訓練に違いない。

『え……そうなの……かなあ?』


サイラスに対面しているスーツ姿の男を注視する。

こんな鬼畜な訓練を課すとは、恐ろしい男だ。畏怖の念を込めて、鬼畜オールバックと呼ぼう。

鬼畜オールバックは少し猫っぽい顔をしていて、それがまた、ネズミをいたぶる猫のようだ。


『でもでも、これはいくらなんでも―――』

ああ、これはさすがにやりすぎだ。


オレは茂みから飛び出し、二人に近寄っていく。


「おい!サイラスから離れろ!もう十分だろ?」

「ヒョウ!?なんでここに!?」


サイラスはオレがダンジョンにいると知らなかったのか……迷子になったことは黙っていよう。


鬼畜オールバックは切れ長の目を一瞬丸くし、酷薄な笑いに変わった。


「本番というのは思ったようにはいかないものですね。……次はあなたが楽しませてくれるんですか?すぐ壊れないでくださいよ?」


遠回しな言い方だが、つまり、本番は上手くいかないものだから、訓練が大事なんだ。お前も受けていきなさい。ただし、すぐギブアップは許さんぞ、ということか。


「ヒョウ……逃げろ!絶対に殺される!」


サイラスが必死の形相で言う。

確かに訓練とはいえ、絶対に受けたくない。


「……ごめんなさい、して帰るか」

「そんな状況じゃないんだよ!!!」

「!?」


びっくりしたな。そんな怒鳴る?

……ハッ、そうか。

こっちがなにを言っても無駄だから、黙って逃げるのが正解だったか―――!


「茶番はもういいですよね―――ッ」


鬼畜オールバックは言い終わらない内にサイラスに向かっていく。


「逃げろ、ヒョウ!」


サイラスが叫びながら男の振る短刀に自分の短刀を合わせる。

ただそれだけで足が地面から浮いて後ろに飛ばされる。

力に、レベルに大きく差があるのだろう。

よく見れば、サイラスの腕はボロボロだ。もう数合も受け止められるとは思えない。


しかし、今のオレはそれより鬼畜オールバックが背負っているリュックサックに目を奪われていた。


……とある日、酒場で見た―――指名手配の男の持ち物!

あれは収納袋だ。つまり、盗品があの中に!?

そういえば、手配書の男もオールバックだった。


なるほど全てが繋がったぞ。

鬼畜オールバックは窃盗犯。

それに気づいたサイラスが指摘するも、鬼畜オールバックは逆上。

黙らないと殺す、となぶられている流れだ。


部外者のオレが現れたら、訓練に装うという狡猾さといい、なんて鬼畜オールバックなんだ!


『すごいね!ヒョウ!名探偵だ!』


こいつがあのショーケースの中の武器を盗み出した犯人―――羨まけしからんやつだ!

魔導具好きとして、一線を越えてしまう気持ちは痛いほど分かるが―――オレに会ったのが運の尽きだ。窃盗犯相手なら実力行使の大義名分も十分!


その魔導具はオレのものだ!

『奪い返せてもヒョウのものではないよ!?』


「こいつはオレの敵だッ!」


サイラスの前に出て、ジョーくんを構える。


「ヒョウ!」


サイラスが感極まった声を出す。


「威勢がいいです―――ねッ!」


短刀をオレの胸目掛けて突き出してくる。

はっ―――やい!一瞬でオレの間合いを潰された。


キィン、と金属音が響く。

胸の前に置いてあったジョーくんを打突に合わせられたが―――衝撃で体が後ろに流れる。

鬼畜オールバックは下がった分だけすぐ距離を詰めてくる。


「ドンドンいきますよッ!」


愉悦を込めた声と共に繰り出される短刀は、オレにとって、どれも致死の攻撃。


死を強く感じて、オレの動きが遅く感じる。決して、ゆっくり動いているわけじゃない。

体感時間が長くなっているんだ。

しかし、それでもなお、鬼畜オールバックの動きは早い。合わせるだけで精一杯だ。


呼吸もまともにできない。口を開く余裕もない。

数合の後、鬼畜オールバックは攻めパターンを変えたのだろう。徐々に胸以外を狙い始めた。

致命的な攻撃を防ぐことに集中するので限界で、傷を増やされていく。


この野郎。ジョーくんに傷をつけやがってえええ―――!

『それより体の傷を気にして!』


ここまで耐えられていること自体、普段のオレでは考えられない。

きっと、徹夜でモンスターとダンスってたせいで、心も体もガンギマってるからだ。


『ヒョウ!集中を途切れさせないで!』


むしろ、研ぎ澄まされていくぞ。こいつへの殺意でなあ。

オレには聞こえるぜ。こいつのリュックサックから。オレに助けを呼ぶ魔導具の声が!


『頭の声増えちゃった!?』

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