第21話 暗躍②

ボスから命じられた任務は〈ゲート・ブレイカー〉をネルンのゲートに突き刺すこと。


〈ゲート・ブレイカー〉は短刀型の魔導具で、極稀にダンジョンから発見されるタイプの量産不可能なレア物だ。

そして、この魔導具はギルド関係者なら誰もが知るくらい有名な代物である。

なぜなら、所持すら禁止され見つかれば重罪となる三大禁魔導具の一つとして知られているからだ。


効果はゲートを広げ、壊すこと。ゲートとダンジョンは密接な関係にあるのだろう。ゲートの壊れたダンジョンはまさにルールが壊れる。ゲートを通じて現実世界にモンスターが溢れ出すようになるのだ。


そうなれば、街に住む一般人を守り切れるものではない。

過去にこの魔導具を使われたダンジョンがあった都市は数年の間に廃墟に変わった。


唯一の救いは、ゲートが自動的に修復されていくこと。5年もすれば元通りになることが分かっている。


今回の任務の目的は、種まきだ。

ネルンの街は、我々『クリムゾン・ジャック』の拠点とする街・ザンバーに隣接している。

そこを『クリムゾン・ジャック』の構成員が牛耳る街にしたいのだ。


つまり、ゲート・ブレイカーで一度まっさらにしたネルンを、街の再興に乗じて我々のものにする。


遠回りなやり方だが、誰にも気づかれずに街を乗っ取っていく。

それが、『クリムゾン・ジャック』の、ボスのやり方なのだ。


収穫は4、5年先になるだろうが、その頃にはザンバーを完全にボスが掌握しているはずだ。


唯一の懸念は、ネルンに常駐している元冒険者だ。

ネルンへ向かう途中で殺した男の情報では、数は3。

おそらくゲート前に交代で張り付いている。


少しばかり潜伏して見張りのレベルを計るべきだろう。


~ ~ ~


1週間近くかけ、確実な任務遂行が可能であると確信を得た。


見張りは想定通り、内纏を常時行ってはいない。あれでは、わたしに気付くことはあり得ない。

Dランクダンジョンに出入りしている現役冒険者は4人。

いずれも身のこなしや内纏の練度を見るに、5級冒険者か、精々4級冒険者止まり。


障害とはなり得ない、いや、利用できる。わたしのダンジョンへの潜入を助ける「道」として。

利用するのはその中でも行動ルーティンが規則正しい二人。こいつらが次にダンジョンに入るのは朝。


明日の朝が決行日だ。




◇ ◇ ◇




明日で契約も終わりか。

自分でも意外だったが、少し残念に思っていた。


ヒョウが4級冒険者になるまで近くで見ていたいと思ったからだ。

自分より上にいくやつは誰でも好きになれない。そう思っていたのだが。


ヒョウを見ていたいと思った理由はヒョウが凡人だから。

出会いの日こそ、こいつは自分とは違うやつだ、と思ったが、次の日にヒョウの狩りを見て分かった。


棒の振り方も走り方も、身体の動かし方にセンスが感じられない。凡人だ。

この世界にいるのは身体を動かすことに特化した才能を持つやつばかりで、オイラはそれをずっと横で見ていたのだ。


毎日のように、朝早くダンジョンから汗だくで出てくるヒョウを見て、相当なトレーニングをしていることは察しがついていた。

この1週間、ヒョウの動きが変わったようには見えなかった。

きっと誰にも違いが分からない。

そんなことはヒョウだって分かっているんだ。

自分は凡人で、トレーニングが必ずしも報われるものではないと。

それでも―――前に進みたければやるしかないんだ。


オイラだって、ヒョウと同じく5級冒険者だった頃は頑張れた。

4級冒険者になり、次のステージを体感して折れてしまったからこそ、自分の未来を信じ続けることが凡人にはどれだけ難しいか、よく分かる。

ヒョウはどこまで自分を信じ続けられるだろうか。


オイラは数日前から内纏の鍛錬を始めた。ちょっと頑張ったところで期待する結果が得られないことなど分かっている。

だが負けられないじゃないか―――凡人代表として。後輩に。


~ ~ ~


最近は早起きするようになったからだろうか。

体の調子が良い。ベッドから身を起こし、ダンジョンに向かう準備をする。


今日でヒョウと契約が切れるが、朝のトレーニングを一緒にするくらいはいいだろう、と思ったのだ。

ヒョウが頑張る姿はオイラにとって良い刺激になる。

せめて、ヒョウがこのダンジョンにいる間だけでも。そう思っていた。


ダンジョンゲートが見えてきたところで、背後に誰かいるような気がして振り向くが、誰もいない。


「気のせいだった?」


独り言を言い、ゲート前のスランジ達に挨拶をして、ゲートを通る。


まだ、ヒョウは来ていないようだ。


ダンジョンに入ると、いつも通りに内纏のトレーニングを始める。

内纏のトレーニングはひたすら自分の内にある魔力の流れと向き合うことだ。

ベストな流れになるよう細かい修正を加え続け、それを無意識下でできるレベルにしなければならない。

体を動かせば、微妙にベストな流れもズレるところがまた難しい。


そんなトレーニングを始めた瞬間、気付いた―――誰かがいる。

すぐ周りを見渡すが、誰もいない。

だが、内纏をしている今なら分かる、いや、魔力の流れを感じ取ろうと意識を強めていたからこそ気付けた。


素早く短刀を取り出し、自分の影に―――


―――キィィン

金属同士がぶつかり合う音が響いた。


弾かれた!?

影から人の腕が出ている。その手に握られた短刀が、オイラの短刀を弾いた!?


狼狽するオイラの目の前で、影から男が出てくる。


オイラは思わず後ずさる。


長身細身の体躯にオールバックにした黒髪、30前後の男だ。

切れ長の目からはおおよそ情といえるものを感じない。


「Dランクダンジョン如きに出入りしている冒険者がわたしに気付くだなんて、思いもしませんでしたよ。ゲート前の間抜けな元冒険者よりよっぽど有能じゃないですか」


その男の声を聞くたびに吐き気がする。

こちらを褒めるその言葉には実力差からくる余裕が感じられた。

だから、決して本人は殺気の類を出しているつもりがないのだろう。しかし、その手の空気に敏感なオイラは感じ取ってしまう。


これは―――強烈な死の匂い。どれだけの屍の上に立っているんだ。


「予定が狂いましたが、まあいいでしょう。あなたが何も感じずに死ぬか、苦しんで死ぬか、それだけの違いですから」


ゲートは男が背にしている。男の攻撃をやり過ごして、あそこまで逃げ切れるか!?


吐き気が強くなった―――来るッ!

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